既読スルーの世界から。

長谷川 ゆう

既読スルーの世界から。

「マジか」

ミカは自分の部屋で、スマホを持ったまま、ぼんやりと画面を見ていた。


中学1年生から好きだったカズマに自分の勇気を総動員させてLINEで告白したものの既読スルーで終わる。



卒業まではあと3ヶ月もある。今までは友人でクラスメイトだったが、明日の月曜日からは何だろうか。


とりあえずロボットのように明日の支度をして、ロボットのように家族4人で夕食を食べ、とりあえず小学生の弟のクダラナイ話に気持ちもなくロボットのように笑い、ロボットのようにお風呂に入ってベッドにもぐった。


その間に走馬灯のように3年間が頭をかけめぐる。最初に初めて向こうから声をかけてきた1年生、友人以上になりそうだった2年生、そしてつい数日前だ。


「俺、ミカみたいな女子タイプなんだよなあ。付き合ったら楽しそう」

思わずカズマが言った言葉をベッドの中で復唱してしまう。


どう考えても脈のある会話だった金曜日。散々悩んで送ったLINEの告白は、あっさり既読スルーされた。


脈なし?ミカの脈は早鐘のようにウルサイくらい鳴っている。



3年生がほとんど高校に合格し、後は卒業のみだが行きたくない......。モヤモヤした気持ちのままミカは眠りに落ちた。



「ねえ!どうだった?」

これもまた中学1年生から仲の良い友人のマユだ。告白する事も言っていた。


「既読スルー」

ミカが何とか独り言のように呟くと、ホームルーム前の騒がしいクラスの中で、マユとミカだけがお通夜のように静かになる。


「あれだけ、思わせぶりな態度で?」

マユの言葉にロボットのようにうなずく。


「あれだけ、タイプだ言っといて?」

うなずく。


「あれだけ、友人のセンタとミカの話しをしながら匂わせておいて?」

うなずく。


「は?」

うなずく。マユの口がこれ以上悪くならないためにもミカは無理に笑顔を作った。


「仕方ないよ、卒業まであと3ヶ月だし、私は大丈夫。」言いながら声が震えていた。今まで3年間、カズマからの既読スルーも未読スルーも1度もなく、さすがにこたえている。


教室にカズマとセンタが入ってきた。下を向くミカをよそにマユが呪いを送るかのように睨んでいる。


席がカズマとミカは隣なのだ。地獄でしかない。センタはマユの隣の席だ。


「お、おはよう。カズマ、センタ」

何事もなかったかのようにミカが声をかけると、カズマは無言でうなずき席に座る。


嘘でしょ?せめて今までどおり話してよ!叫びそうになりながら、ミカは自分の席に座った。


その日の内容のない授業をこなし、ロボットのように1日が終わる。頭の中が完全にフリーズしていた。


ホームルームも終わり、教室に生徒が数人しかいなくなった時だった。


「ねえ!カズマ、ミカのLINEを既読スルーって何なの?あんた、せめて返信しなさいよ!」

普段は穏やかなマユだが怒らせると怖い。ミカは怖くて下を向いていた。


話しだしたのは、当人ではなくカズマの友人のセンタだった。


「ミカがタイプって言っただけだろ?真に受けて迷惑してんのカズマなんだよ」

え?カズマは告白の話をセンタにまで話したの.....。


ミカは、ますます下を向いた。最悪だ。何が最悪なのか分からないくらい最悪だ。


「はあっ?センタに聞いてないし、そもそも何であんたが知ってんのよ!」

マユの苛立った声が教室内に響き、まだ残っていたクラスメイトが少しざわつく。


おどおどしたように、ミカの横でカズマが口を開いた。その声は3年間一緒にいて1番小さく、1番ミカの心を抉った。


「まだ卒業まで3ヶ月あるし、俺が行く高校は進学校で恋愛とか駄目なんだ。それに、ミカは好きだけど3ヶ月もしたらバラバラだろ?」

いつも優しくてサバサバしていたカズマが、こんなに保身のために動く男だとは、卒業を3ヶ月前に初めて知る。


3ヶ月?進学校?好きだけど?バラバラ?

どの言葉もミカが送ったLINEの内容である、好きです。付き合ってください。返事を待ってます。の答えにもなってない。


「だいたい、卒業前に告白って迷惑だろ?せめて卒業式の日にしろよ」

いつも、はきはきと話すセンタの言葉が、今日は粉々になっていくミカの心を踏んづける。


「センタ、あんたは友人でも関係ないでしょ!」

マユの言葉が遠くなっていく。


何とか立っていたミカは、カバンを持ち震える声でマユに帰ろうと、うながすのがやっとだった。


「俺達、友達だよ.....な?」

カズマの言葉は確認なのか、告白の返事なのか分からないままミカは無言で、マユの手をつかみ教室を出た。


夕日の綺麗だったオレンジ色の空から冬空へと深いネイビーに色が変わる。


隣で歩くマユは、ずっとカズマとセンタの悪口をマシンガンのように話してミカを励ましてくれている。


LINEの通知音が聞こえて、ミカの体がビクリとした。


勇気も底をついたが、見ないのも怖い。マユに一緒に見てもらった。


「ミカ、俺、高校は親に期待されてるんだ。分かってくれるよな?彼女とか、今はいらないんだ。困るんだ。迷惑なんだ。」


カズマから来たLINEの文字が涙で歪み始めて、涙が止まらなくなった。既読にしたままミカはスマホをスカートのポケットに無理くり押し込んだ。


分かってくれるよな?困るんだ。迷惑なんだ。

何度もその言葉が頭をグルグルまわって、気がつけば声をあげてミカは泣いていた。


私の告白は、困って迷惑以外のなにものでもなかったのか。それなら何で脈ありのように言ってきたんだ。


泣き続けるミカをマユがずっと抱きしめていた。


卒業式までの3ヶ月、ミカは学校に行けなくなった。1番好きな人が1番会いたくない人になるなんて、人生で起こるとは思わなかった。


両親には心配されたが、行く高校も決まっていたせいか、ミカが学校に行かないのは受験の疲れだと思われ休むのを見逃してくれた。


1週間に1度はカズマから「学校では告白された事を言わないから、ミカもお願い」と言うLINEがきた。


その後にセンタからもLINEがきた「失恋なんて、誰でもするんだよ、カズマが心配してるから学校に来いよ」



友人からの援護までしてもらって、カズマは情けなくはないのだろうか。1度も恋愛経験のないセンタに言われたくもない。


既読スルーのままミカは、スマホの電源を落とした。悲しい気持ちとカズマが保身にはしり馬鹿にされている事から怒りの気持ちがめちゃめちゃだ。


マユは、2週間に1度はミカに会いに来てくれ、今までどおりお菓子を食べながら卒業式や高校が楽しみだとたわいない話をして帰っていく。


卒業式当日、何とか学校にミカは行った。体調不良での休みと連絡していたせいかクラスメイトには、卒業式に出られて良かったと言われた。


カズマとセンタは、チラチラとこちらを見るだけで話しかけてはこない。


テンションが奇妙に高いクラスメイトと卒業式をミカだけは落ちこんだまま終えた。


「ミカ、あの.....」

いつの間にか、横にカズマがいた。


「ミカは、本当に好きなタイプなんだ.....」

このごにおよんでまで、保身か。私が好きだった人はこんなにも、駄目な奴だったのか。


少なくても私はスルーはしない。


「そっか、そうだね。ごめんなさい!私はカズマ君の事は好きじゃないです!」

そこら中に響く声でミカは、カズマに頭を下げた。周りの卒業生がざわつく。


え?カズマ君、フラレたの?ざわつく中で、誰かが話し出して私とカズマにも聞こえてきた。


「えっ、違うっ、告ってきたのは、ミカで!」

こんな男を私は好きだったのか。クダラナイ。


「本当にごめんなさい!でも、お互い高校生活は楽しもうね!」

やけくそのような言葉が、青空にまで広がる気分だ。


カズマ、卒業式にフラレるなんて幸先悪いわー。どこからか男子の声も聞こえる。


まっすぐカズマを見ると、カズマの顔は真っ赤だった。私はカズマと違う。目の前の人にはスルーはしない。


自分の気持ちは、ちゃんと自分で伝える。ミカは3ヶ月ぶりに微笑んだ。


高校入学してから、半年後に風のうわさでカズマが違う高校の女子と付き合っている噂を聞いたが、ミカは泣かない。



なぜなら


「ホームルーム始まるぞ、ミカ」

ミカの隣には、LINEもSNSも興味のない、スマホを電話か電子書籍にしか使わない、少し変わった彼氏がいるからだ。


「うん、行こう」

ミカは、彼氏の左手に右手をすべりこませて歩き出した。



泣いていた小さな世界から、ネットの世界よりも、ミカの世界は広がっていくばかりだ。









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既読スルーの世界から。 長谷川 ゆう @yuharuhana888

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