2ー6 コスプレはディナーの後で。
「す、凄い……! これが、プリクラ……!」
ガコンっ、と排出口から出て来たプリクラを手に、翔は感動していた。
横に二枚ずつ連なった小さな写真の中に、恥ずかしがりながらも、楽しそうに笑顔を浮かべている二人の姿が収まっている。
何より、この時初めて翔は〈女の子がプリクラを撮る時の気持ち〉を理解した。
「どうでした、つばさちゃん。いつもの自撮り撮影とはまた違った面白さがありますよね」
「はい。それに、初めてがヒビキさんだったので、すごくいい思い出になりました……」
「そうかなぁ。ちょっと照れるなぁ」
「あっ、そうだ!」
ふと思い出したように、翔は排出口の近くにぶら下がっていたハサミを手に取ると、縦一直線にプリクラの写真を切った。
そして、二つに分割したうちの一つを、ヒビキに手渡した。
「確かこういうのって、ここで半分こにして分けるんですよね! アニメの知識でしかないですけど」
「あ、ありがとうございます」
礼を言って、ヒビキはそっと写真を受け取る。
改めて見てみると、最後に撮影したヒビキの顔は赤くなっていた。
だが、翔は全く気付いていないようで、初めて手にするプリクラを前に嬉しそうな表情を浮かべている。
(まあ、つばさちゃんが喜んでくれたのなら、何も言うことはない)
「そうだヒビキさん!」
「どうしましたか、つばさちゃん?」
「あの……もし良かったら、次はヒビキさんのコスプレ衣装とか、見てみたい、です」
突然、翔は緊張しながらもそう言った。
プリクラを見つめていた時に、ふとヒビキがコスプレイヤーであることを思い出したのだ。
「コスプレ、ですか。そうですね……」
(そういえば、最近テストとかで色々忙しくって、コスプレもできてなかったわね。それに、つばさてゃにコスプレ見せるのも初めてだし……)
「ダメ……ですか?」
翔は自然と、今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら訊く。
その甘えん坊な子猫のような表情は、ヒビキの心に突き刺さり、YESとNOの狭間で揺れ動いていた決断の指針が、YESの方へと激しく傾いた。
「はい、是非! 実はちょっと気になっている衣装がありまして……」
「へぇ~! それって、どんな衣装なんですか?」
「そうですね、最近『執事系』がトレンドみたいですので。燕尾服を何着か」
***
そうして、デパートから移動すること徒歩5分。二人は中央区一のサブカルスポット、もといコスプレ専門店に足を踏み入れた。
店内には今大流行中のアニメのオープニング曲が流れ、入り口近くにはつい最近アニメが完結したばかりの現代バトル作品のキャラクターが着ていた衣装が飾られている。
その奥には、放送していた時代を気にせず、アニメキャラクターの衣装が沢山並んでいた。
「うわぁぁぁ! あっ、これって昔流行ってた剣客漫画の衣装じゃないですか? それにこっちは、伝説級とも言われているロボットアニメの――」
あまりアニメを嗜まない翔にとって、どれがなんのアニメ作品の衣装なのかは、殆ど分からなかった。
しかし、殆どの人が知っているような作品や、昔流行っていた懐かしのアニメ衣装を前に、ふいに懐かしさがやって来た。
「それに、ここはちょっと値は張るけど、その分衣装のクオリティも高いんですよ。良かったら、つばさちゃんも1着買ってみませんか?」
「うーん、けどボク、そこまでアニメ詳しくないので……」
「大丈夫ですって。今ならニャマズンプライマリーとは、ウェブリッカーズとかのサブスクで見放題ですし」
言うとヒビキは、ハンガーラックにかけられていた、魔法少女のようなドレス衣装を手に取った。
「これなんかは、12話完結ですけど作品のクオリティも高いのでオススメですよ」
「えっと、これは……ウィザード★マジカ? 名前だけなら聞いたことありますけど、確か結構人が亡くなってしまうアニメだと……」
「まあ、それはそうですけど。でも、ちゃんと最後には……あっ」
一瞬喉から顔を出しそうになったネタバレに気付き、ヒビキは慌ててそれを飲み込んだ。
その様子があまりにも面白かったのか、翔は思わず吹き出した。
「ふふっ。別に、ボクはネタバレされてもOKな人ですので。全然、気軽に言っちゃってくださいよ」
「いいえ、それはつばさちゃんの楽しみを奪ってしまうので、たとえつばさちゃんのお願いでも、こればかりは言えません! ……ただ」
「ただ?」
「面白いのは、確かです。それは保証します」
ヒビキは胸を張って、自信満々に言う。
と、翔は彼のその自身のある姿に、
「それじゃあ、休みの日に全話見てみようかな」
翔は笑顔で返し、主人公が着るピンクの衣装を買うことにした。
そして、
「それじゃあヒビキさんは、執事さんの衣装でしたね」
「だね。それじゃあ、早速試着してきます」
ヒビキはお目当ての燕尾服を手に、店奥の試着室に入っていった。
しかしその時、翔はふと、足に違和感を覚えた。
気合いを入れて履いてきたハイヒールは、新品の綺麗な姿を保っている。特にヒールが折れているワケでもない。
だが、なぜだか足にヒリヒリとした感覚がある。
(……気のせい、かな)
普段はローファー(革靴)しか履かなかったから、慣れていないのだろう。
そう結論付けて、ヒビキの着替えを待つ。
***
「つばさちゃん、終わりました!」
数分後、着替えを終えたヒビキがカーテンの向こうから声をかける。
足の違和感を気にしつつ、「どうぞ」と翔が返事をすると、二人を隔てていたカーテンが開いた。
その奥に立っていたのは、少しドSっ気の入ったクールな執事だった。
「っ……!」
清涼感のある銀髪、スラリとしたスタイリッシュな身体と身長をこれでもかと見せつける燕尾服。そして、汚れ一つとしてない、純白のグローブ。
更に、ヒビキ本来の細く鋭い眼光が、まるで冷酷無比な皇子様のように演出している。
「どう、かな。似合ってるかな……?」
「は、はいっ! とてもお似合いです……」
「本当!? っていうか、そんなにフラフラして大丈夫ですか?」
ヒビキは慌てて、倒れそうになった翔を抱きかかえる。
それは図らずも、漫画のキスシーンのような構図になり、自然と周囲に真っ赤な薔薇の花びらが舞い散った。
「えっ、何あれ……皇子様?」
「今日って、何かのイベントだったっけ?」
「いやぁ? コスプレイベントは来週だろ?」
そのあまりにも完成してしまった状況に、やがて翔の心臓は破裂寸前になるまで激しく鼓動する。
「ひ、ヒヒ、ヒビキさんっ! 人が、人に見られてます……!」
「あっと、ごめんなさい……。怪我は、ないですか?」
「はい。何とか」
立ち上がった翔は、スカートを払いつつ、そっと心臓の位置に手を置いた。
ドクドク、ドクドクと、未だに鼓動が荒れ狂っている。そして、静かに鼻の前を通り抜けた香水の香りに、頭がくらりとしてしまう。
(……この感覚って、もしかして……)
「うん。つばさちゃんからお墨付き貰ったし、これ買おうかな」
「あっ、それじゃあボクも、お会計済ませてきますね……」
そう言うと、ヒビキは着替えるために再び試着室へ。翔は、先に衣装の会計へと向かった。
しかしその途中。
――ズキッ!
「痛っ」
突如、翔の右足に痛みが走った。
指先を圧迫されているような、骨に負担がかかっているような、そんな痛み。
(まずい……! これじゃあまた、ヒビキさんに気を遣わせちゃう……!)
翔は焦った。このままでは、折角の買い物が台無しになってしまうかも、と。
そして、翔が出した答えは――
(なんとしても、この痛みは隠さないと!)
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