2ー5 ぷり☆くらっ!

 プリクラの筐体が並ぶフロアに着くと、そこにはもう既に人で賑わっていた。


 カワイイ系の加工ができる台、キレイに映る台、そしてメイクを勝手にしてくれるタイプの台などが並び、今も女子高生達がワイワイとデコレーションをして楽しんでいる。


 そして、クレーンゲームコーナーとプリクラコーナーを隔てる門には、次のように書かれていた。


『男性のみのご利用お断り』


 それはぼっち、それも彼女のいない男子にとって死刑宣告にも等しいものだった。


 当然、翔はこれまで一度もここに入ったことがない。


 何より、プリクラを撮るという行為も、これが初めてだったのだ。


 それに、つばさてゃは女の子としか思えないほど、可愛い容姿をしているが男である。


「ひ、ヒビキさん……男同士じゃダメ、みたいです……」


 翔は手をモジモジとさせ、目線を泳がせながら言った。


 その仕草だけでも、ヒビキにとっては破壊力抜群である。


(カワイイ……)


 ヒビキは翔に見惚れながらも、翔の手を握り、


「大丈夫、姿は完全にカップルなんですから」


 と、笑顔を見せた。


 しかし翔の足は、まるでそこだけ石像になってしまったように動かない。


「でも……ルールが……」


 翔にとって、規則は絶対。


 それはまるで呪いのように、翔を縛っていた。


 ヒビキと、初めてのプリクラを撮りたい。しかし規則がそれをよしとしない。


 そんな葛藤の中で、次第に足が重力を感じていく。


「たまには、いいんじゃあないですか?」

 

 とその時、ヒビキは呟くように言った。


「ヒビキさん?」


「たまには破っちゃってもいいんじゃあないですか? ずっと真面目に過ごすって言うのも、疲れるじゃないですか」


 その言葉は、綾音として、普段から翔と言い合っている彼女の心から来るものだった。


 生真面目に生きていたとしても、それが全て良い方向に行くとは限らない。


 まして、ルールに縛られすぎて楽しくない日々を送っていては、本末転倒だ、と。


「だからつばさちゃんも、たまにはちょっと悪い子になっていいと、オレは思うんです」


「……悪い、子に……?」


「それに、男の娘と彼氏が一緒に入っちゃいけません、なんて書かれてないでしょう?」


 ヒビキはおちゃらけた様子で、わざとらしく言う。


 翔にとって、それは何よりも救いになる言葉だった。


 そして、翔は心の葛藤を振り払うように顔を左右に振ると、振り切った笑顔を見せた。


 その笑顔はいたずらっ子のような、嗜虐的でとても可愛らしい笑顔だった。


「それじゃあ、ヒビキさんも同罪ですね」


「同罪、かぁ。つばさちゃんと同じ罪を背負うなら、悪くないかも」


 二人はクスッと笑いを溢しながら、プリクラの撮影コーナーの中に入っていく。



 ***


 

 撮影コーナーの中は、まるで小さな撮影スタジオのようだった。


 目の前にカメラ付きの操作パネルがあり、背後には背景を変えるためのグリーンバックカーテンが貼られている。


 それ以外は全てが真っ白に染まっている。


「凄い……これが、プリクラ……! 凄い、撮影スタジオみたい……!」


「へぇ、今ってこんなスタイルもあるんだ。今度ひよりと撮りに来ようかな」


「ヒビキさん、何か言いました?」


「ああいや、独り言。それより、画面見てください」


 ヒビキは言って、目の前の操作パネルを見るように促す。


 そこには、撮影スタイルのサンプルとして、加工された二人の姿が映っていた。


 翔の顔は地雷系メイクの上から更にメイク加工が施され、より目が大きく、更に唇に真っ赤なリップまで付けられている。


 それは男装をしているヒビキも例外ではなく、ヒビキの顔にも加工が施されていた。


「ふふっ、ヒビキさん可愛くなってる! やっぱりヒビキさん、女装似合うんじゃないですか?」


「ほ、本当? ちょっと、照れるなぁ……」


(そりゃあアタシ、女の子だし。女装も何もないんだけど……)


 だが、憧れのつばさてゃの口から「可愛い」と言ってくれたことが、とても嬉しかった。


「それじゃあヒビキさん、このユメカワスタイルにしましょう!」


「はい!」


 元気よく返事をして、スタイルを選択する。


 するとカメラが起動し、そこに小さくサンプル画像が表示される。


『最初は、両手でハートのポーズ!』


 まず最初に表示されたのは、女の子二人が両手で小さなハートを作っている写真だった。


「えっとヒビキさん、これはまずどうしたら?」


「写真と同じポーズを取れってことですよ。こんな風に」


 そう言ってヒビキは、カメラに向かってハートを作る。


 人差し指を軸に、中指で上の部分を作る、少し難しいタイプのハートである。


 いつも友人とプリクラを撮影している綾音にとって、それはとっても簡単なポーズであった。


 しかし翔はどうすれば良いか分からないまま、とりあえず両手を少し丸めてハートを作る。


『3、2、1! パシャッ!』


 機械が言うのと同時に、シャッターのフラッシュが光る。


『次は可愛い子猫ちゃんのポーズ!』


 続けて、猫のように丸めた手を顔に持ってくるポーズが指定される。


 これにヒビキは少し恥ずかしさを覚えつつ、猫のポーズを取った。


「うぅ、これはちょっと恥ずかしいかも……」


「ヒビキさんも照れるんですね。にゃんにゃん」


 一方、翔は気付けば乗り気になっており、カメラに向かってあざとく子猫ポーズをする。


(つばさちゃん、すごいノリノリだ……! か、カワイイっ!)


『3、2、1! パシャッ!』


 その調子で、二人は次々と指定されたポーズを取っていく。


 頬に手を添える虫歯ポーズ。


 今度は親指と人差し指の先を合わせた、小さなハートポーズ。


 そして、最後の一枚。


『最後は~、ずっと一緒! ハグのポーズ!』


 指定されたのは、ハグのポーズだった。


 いや最早これをポーズと言ってもいいのだろうか。


 突然の指示に、二人の心臓はドキリと跳ね上がった。


(ひ、ひ、ヒビキさんとハグ!? しかも、カメラ目線で……)


(つばさてゃを抱きしめていいの!? こんなに小さくて可愛いつばさてゃを、アタシの腕で優しく、抱きしめていいの……っ!?)


 二人が動揺するのも無理はなかった。

 

 指定されたからとはいえ、推しと一緒にハグをするなど、それは一生に一度あるかないか。


 むしろ、それでドキドキして仕舞わなければ、心臓が止まっているようなものだ。


 しかし機械は二人の心情など知らずに、一秒、また一秒と二人を急かす。


 と、その時だった。


「ヒビキさんっ!」


 翔は意を決し、ヒビキの身体に抱きついた。


 ツインテールに結った髪が揺れ、ふわりと甘いシャンプーの香りがヒビキの鼻腔を突く。


(恥ずかしいけどっ、インフルエンサーとして、男としてっ! ここで知り込んでたら、意味がないッ!)


『3、2、1! パシャッ! こんな風に撮れたよ!』


 目を開けると、画面には撮影された写真が映し出されていた。

 

 そこに映る翔は目を瞑り、抱きしめられたヒビキは顔が真っ赤に染まり、今にも噴火してしまいそうなほど火照っていた。


(こんなに顔を赤くしたヒビキさん、初めて見た……)


 だが写真のヒビキは、火照りながらもどこか微笑んでいた。

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