2ー3 つばさちゃんに看取ってもらえるなら

 中央街のデパートといえば、石護市屈指のデートスポットである。


 誰が最初にそう言い出したか定かではないが、週末になるとこの辺りは一気に恋愛ムードになるらしい。

 右手側を見れば、プリクラの前で楽しそうに戯れる女子高生達。左手側を見れば、コーヒーをお供に作業をする学生やサラリーマンの姿が窺える。

 そして、多くの客が行き交う道の真ん中に、つばさてゃとヒビキの二人が手を繋ぐ光景が広がっていた。


 しかしその心の内は、緊張からか微妙なムードが流れていた。


(どどど、どうしよう。こういう時って、まず何をすれば……)


 緊張から頭が真っ白になり、翔は必死に次の行動について考える。

 だが同時に、自分から誘っているのにノープランという、無責任な状況に焦りを覚えていた。


「つ、つばさちゃん。まずは、どこに行きましょうか」


 緊張を察して、ヒビキは声をかける。


「そう、ですね……」


 その答えに、翔は思考を巡らす。そんな時、ふとブースの一角が視界に入った。

 ロリータなどガーリー系の衣装を取り扱ったブランド店だった。その時、翔に電流が走る。


「まずは服! 新しい服を、一緒に見てほしいです!」


「服ですか⁉」


 咄嗟の発案に、ヒビキは思わずドキリとする。

 しかしそれは、意外だとか入りたくないといったようなものではない。

 

(それじゃあアタシ、つばさてゃの試着シーンを生で見ちゃうってこと⁉ 待って待って、絶対何でも似合うに決まってるじゃない!)


 想像する度に、色んな服を試着する翔の姿が次々と浮かんで来る。

 普段は画面越しにしか拝めなかったつばさてゃの七変化。それを今、間近に見ることができるというのだ。

 更に、そこで直々に一推しコーデを教えて貰えば、普段の姿――綾音として友達と遊ぶときのコーデの参考にもなる。


 まさに今、ヒビキの脳内では爆発的な計算が立てられていた。


「ヒビキさん、やっぱり後がいいですか?」


「い、いえいえとんでもない! 男ヒビキ、今日一日は荷物持ちでもボディーガードでも、何でもお付き合いいたしまひゅ!」


 最後に噛んでしまった。だが、自信満々に宣言した彼の気持ちを受け止め、翔はクスッと笑顔を見せる。

 その瞬間、ヒビキの胸にハート型の弾丸が撃ち込まれた。


「ひゃうっ!」


(つばさてゃのエンジェル笑顔スマイルキターーーーー! 今日なんて全身真っ白だし、これは最早天使を超えて子猫、子猫を超えて猫天使やぁぁぁぁぁッ!)


 まだ買い物を始めてから30分も経っていない。しかしヒビキの心臓は限界寸前まで到達していた。

 鼻からは興奮のあまり鼻血が出始め、頭も少しのぼせて、ほわほわした感覚を味わっていた。


「ヒビキさん、鼻血出てますけど……」


「気にしないで、つばさちゃん。いつものことだから」


「余計心配ですよ! 本当に大丈夫なんですか⁉」


「うん。つばさちゃんに看取って貰えるなら、それも本望……」


「死なないでください! とにかく、これ使ってください!」


 そう言って、翔はポケットからティッシュを取り出し、ヒビキに手渡した。

 ヒビキはそれを受け取って鼻を拭いつつ、思わず口を開ける。


(このティッシュ……つばさてゃの匂いがする……!)


 鼻腔を突く極上の香りは、どんなブランドの最上級な香水でも再現できないほど、極上のもの。

 それが今、自分の鼻血と交わっていく。その背徳感たるや、今までに味わったことがないものだった。


 そう、背徳感。その甘美な響きは、ヒビキの感情を激しく揺さぶった。


「ありがとうございます。このティッシュは、大事に――家宝にします」


「そんなのすぐ捨ててください! ヒビキさん、本当に大丈夫ですか?」


「……はは、はい! 大丈夫、です!」


 全くと言っていいほど、大丈夫ではなかった。

 だがそれを知りつつも、翔はクスッと鈴を鳴らすように笑って見せた。


「それじゃあ改めて、服選びしましょうか!」

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