2ー2 自分から動く勇気

 それから数日、翔は待ち合わせ場所に指定したカフェで、カプチーノを飲んでいた。


 髪型はいつもの桃髪ハーフツイン。

 白一色のロリータで着飾り、新しく取り寄せた厚底ハイヒールを履き、ヒビキが来るのを今か今かと待っていた。


 いわゆる〈量産型〉ロリータのファッションである。


(また、やっちゃった……)


 翔がこの中央区に来たのは、午前10時頃。因みに待ち合わせの時間は、11時。

 とどのつまり、早く来すぎてしまったのだ。


 遅刻しないよう、○○分前行動をするべし。生真面目な性格故に抜けなかった、翔の無意識による行動だった。

 ある種の職業病のようなものである。


 そこに、ヒビキとの買い物、拓眞以外の友人と遊ぶといった初めての経験に対する緊張が、翔を急かしてしまった。

 

(それに、エスコートしますって……)


 待っている間、翔はヒビキとのやりとりを振り返る。


『喜んで! エスコートします!』


『そ、そこまでしなくても……』


『いえ! 男として、ファンとして当然ですッ! それにこの前みたいな、変な虫がついたら大変ですもの!』


 ヒビキは相当、翔のことが心配なのだろう。


 確かにこの前みたいなことがあったら大変だ。

 それは翔も理解していた。


 しかし同時に、ヒビキがいかにつばさてゃのことを大事に思っているのか、それを知った瞬間でもあった。


(やっぱり話してみるものなのかも。歌星君が言ってたみたいに……)


 心の中で呟きながら、数日前、友人の拓眞と会話していた時のことを思い出す。


 ***


「それじゃあ、ちょいと貸しておくんなし」


「なんで古風なしゃべり方?」


 お昼休憩の最中のこと。ヒビキとの関係について相談した翔に、拓眞は手を差し伸べながら言った。

 翔は「変なことしないでね」と釘を刺しつつ、拓眞を信用してスマホを渡す。


「まいど! ほな、俺ちゃんに任しとき!」


 そう言って、拓眞は何の躊躇いもなくポチポチと文字を打ち込んでいく。


 その指は途中で止まり、拓眞は翔の方を向いた。


「ところで翔ちゃん、今週の土日は空いてるかね?」


「な、何急に?」


「いやあ、ご参考までにねん。そこんところどうなのよォ?」


 近所のオバチャンのような声と口調で言いつつ、グイグイと近付く拓眞。


 彼の破天荒なノリに置いてかれながらも、翔は「土曜日なら……」と答える。


「おうっ! ありがとサンバッ!」


「けど、何でまた暇な日を……まさかっ!」


 拓眞の策略にまんまと嵌まってしまった! とすぐに気付いて、翔は慌てて振り返り、拓眞からスマホを取り返そうと試みる。しかし――


「フッフフッフ……だがもう遅いッ!」


 拓眞は腕を伸ばして取り上げ、器用な動きで、


 ――スパッ!


 と、メッセージを送信した。そして、送った内容を見せるように、スマホを返却する。


『今週の土曜日、買い物に行きませんか?』


「わあああ! 歌星君、なに勝手にメッセージを――」


「翔ちゃんはお堅いんだもん! 男なら、こういう時は待つんじゃあなくって、自分から行動するってのが筋ってものじゃよ!」


 言って、拓眞は翔の肩をポンポンと叩く。

 すると早速、メッセージに既読が付き、一秒の間を置いてからメッセージが返ってくる。


「おっ、即返信じゃない! 健気な男、嫌いじゃないわッ!」


 同時刻、綾音もといヒビキから送られてきたメッセージにドキドキする翔を横目に、拓眞は温かい目で見守る。


『もちろんです! エスコートします!』


「う、嘘……OK貰えちゃった……」


「な? 言っただろ?」


 驚く翔に、拓眞は飄々とした態度で言う。そして、昼間の青空を見据えながら、


「友達ってーのは大体こんなもんだ。進展ねえなって思った時は、お気楽~に自分から行動してみるもんだぜ?」


 まるで自分に言い聞かせるように、しかし翔にもしっかりと伝わるように、言葉を紡ぐ。


「翔ちゃんは考えすぎなのよ。別に、真面目ちゃんである所は、俺ちゃん嫌いじゃあねえけどよぉ~、友達付き合いくらいはハメ外して甘えちまっていいんだぜ?」


「歌星君……」


 その言葉に、翔は自然と表情が緩む。


 昔なじみの友人にして、唯一つばさてゃとしての自分を曝け出すことのできる人物。

 翔は、彼のいい加減な、しかし、的確なアドバイスに何度も助けられてきた。


 そんな翔に、拓眞は「さて……」と呟くと、


「んじゃあ、アドバイス代と〈恋愛の神〉による買い物デート受講料として、俺ちゃん様に唐揚げを捧げなさい……」


 両手を広げて、唐揚げを催促する。

 その態度を見て、翔は思わず、クスクスと笑ってしまう。


 しかし不思議と悪い気はしない。むしろ自分の心が軽くなっていくのを感じていた。


「もう、さっきの感動返してよ!」


 ***


 場所は戻って待ち合わせの場所。


 拓眞に背中を押された時のことを思い出しつつ、(自称)恋愛の神による『歌星流買い物デートの極意』を復習していると、背後から優しい声が聞こえてきた。


「つばさちゃん」


 ヒビキの心地良い低音ボイスで、翔、もといつばさてゃを呼ぶ。


 しかしそれに気付いていない翔は、じっとスマホを見つめている。

 緊張と集中のあまり、自分が「つばさちゃん」であることを忘れてしまっていた。


「つばさちゃん」


「みゃあっ!」


 二度目の呼びかけに、翔はやっと気付いて身体をビクリと震わせた。

 後ろを振り返ると、心地よい風のような笑顔を浮かべたヒビキがいた。


「お待たせしました、つばさちゃん」


「ひ、ヒビキさん!」


 久々の再会に心を躍らせ、翔はつい頬を赤らめてしまう。

 その理由は、ヒビキの服装にあった。


 下は黒い革靴に白のジーンズ。上は紺のロングカーディガン、その中に白いシャツを着ている。

 モノトーンをテーマにしたコーデに、ヒビキの高身長が上手く溶け込み、そのスタイルの良さを活かしていた。


「え、えと……お久しぶり、です」


「もう一週間ぶりですね。つばさちゃんも、相変わらずお似合いで」


「そんな、ヒビキさんもカッコイイですよ」


 言って、翔は思わず俯いてしまう。

 それと同時に、ヒビキの頬も赤らんでしまう。


(嘘、ヒビキさんめっちゃスタイルいいんだけどっ! モデルさんじゃん、もう!)


 目の前に映るヒビキの姿は、まるでファッション雑誌の写真から飛び出してきたような、とても洗礼された姿をしていた。

 たしかにこれほどのスタイルの良さであれば、どんなコスプレも似合ってしまう、と翔は思った。


 それと同時に、平静を保ちつつ、ヒビキの心の中も、


(嘘、ホワイトロリータのつばさてゃ、めっちゃ可愛いんだけど‼ それにさっきの驚いた猫ちゃんみたいな声も相まって、マジで天使にしか見えないって‼ ヤバいヤバい、落ち着け天道綾音、いやヒビキ! 今日はアタシがエスコートするのよッ!)


 激しく暴れる心臓と、限界寸前まで昂ぶった感情を押し殺し、笑顔を作る。


「すみません、待ちましたよね……」


「はっ」


「ん?」


「いい、いえいえ。ボクもついさっき、来たばかりですので。アハハ」


 嘘である。一時間前から既に来ていた。

 だが、翔は『買い物デートの極意』を思い出し、その通りの答えをしたのだ。


『いいか翔! 買い物デートの極意その壱ッ! 「ごめん、待った?」と言われたら、「今来たところ」と返すべしッ!』


 それが本当に正解なのか、その答えを翔は知らないが、信頼している(自称)恋愛の神が伝授した極意なので、翔は信じることにした。

 

 すると、ヒビキは何かに気付いた表情を浮かべ、しかしすぐ笑顔を浮かべながら、


「それじゃあ、行きましょうか。つばさちゃん」


 と、手を差し伸べた。

 翔は最初こそ戸惑ったものの、ヒビキの屈託のない笑顔に背中を押されたような気がして、その手を取った。


(ひ、ヒビキさんと手……繋いじゃった……! すごい手スベスベ、爪も長い……! あああ、変な汗とか掻いてないよねぇ?)


 と、不安そうに翔は考える。

 

(ヤバい、つばさてゃの手あったかい……! しかもこの触り心地、マシュマロみたいなんだけどぉぉぉ!)


 お互い心の中で緊張しながら、二人は中央街のデパートへ足を踏み入れていった……。

 その背後から、忍び寄る影がいるとも知らないで。


「なるなるほどほど。アレが噂に聞くヒビキ殿にござるか……。これは実に興味深い、《恋愛の神》アンテナがブルンブルンでござりますわ」

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