1-終 『ヒビキ』の正体

 翔、もといつばさてゃと連絡先を交換したヒビキは、解散後、住宅街のある一軒家の前で立ち止まった。

 三角屋根が特徴的な、二階建ての住宅。一見それほど代わり映えのない、ごく普通な一軒家。そこを囲う塀には「天道」の表札が付いている。

 ヒビキは塀を潜り抜け、ポケットから取り出した鍵で玄関ドアを開ける。


「ただいまー」


 気の抜けた声で帰ったことを伝えると、早速ヒビキは二階へと駆け上がる。

 そして、何室かある中の、階段側に位置している部屋――「AYANE」と、お菓子のようなデコレーションが施された看板が掛けられた扉を開けた。


「はぁ、疲れた~」


 少し高めの声で、疲れをため息に乗せて吐き出しつつ、ヒビキは銀色の髪に手をかける。

 髪はすんなりと外れ、中からネットに封印された金髪が現れる。更にネットの封印を解くと、黄金の絹のように艶やかな長髪が解き放たれた。

 更に、着ていた服を脱ぎ、モコモコのパジャマに身を包む。


「ったく、男ってのは何でああやって自分の欲ばっか考えるのかなぁ」


 そう言いながらヒビキ、もとい綾音はベッドに倒れ込む。

 イケメンコスプレイヤー『ヒビキ』。その正体は、石護高校2年のギャル、天道綾音だったのだ。

 綾音は、受け取った『つばさてゃ』の連絡先をじっと見つめ、満足そうな笑みを浮かべる。


『友達、是非よろしくお願いします』


 ダメは元々で聞いてみて、遂に友達として繋がった綾音。その嘘のような出来事に、未だ実感が沸かなかった。

 だが、すぐにつばさてゃから送られてきたメッセージとスタンプが、段々とこの出来事が〈本当のこと〉であると教えてくれる。

 やがてその感情は限界を突破して……


「はぁぁぁぁぁん! つばさてゃと、友達になっちゃったぁぁぁぁぁん! しかも生つばさてゃ超超超、に可愛かったんだけどぉぉぉ! これが現実とか、もうアタシ死んじゃうかもぉぉぉ!」


 文字通り〈限界化〉してしまい、本能のままに悶えた。

 最早、自分でも何を言っているのか、何が現実で何が夢なのか、綾音自身よく分かっていなかった。

 ただ一つ、自分が今とてつもなく〈幸せの絶頂〉にいるということだけは、理解できていた。


「でも、つばさてゃさえ居れば……憎き生徒指導の犬、如月翔の小言にだって耐えられる! ありがとうつばさてゃ、永遠に愛してるぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~ぅ!!!!!」

「綾音~! 晩ご飯どうするの~?」


 その喜びの雄叫びにも似た声は部屋中にこだまし、母親の言葉が綾音の耳に届くことはなかった――――。

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