22話
『アルバトロス』とクラリッサらの胃に目いっぱいカレーを詰め込んだ。
胃どころか頭蓋とか肺にまで詰め込んでそうなくらいだった。
全員の腹をパンパンにし、これ以上食ったら死ぬ……というくらいにした。
そして、あなたはきわめて、そう極めてまれなことに。
クラリッサをベッドに呼ぶことをみずから断念した。
あなたが自己都合で女をコマさないなど滅多にあることではない。
まぁ、理由は、なんと言うか……。
そう、なんと言うか、あなたは色んな特殊性癖に対応はできる。
ただ、対応できるだけであって、別段そこまで好んではいない。
クロモリが血を飲みたいと言えば出すが。
べつにクロモリの血を飲みたいとは思わないし。
サシャがギロチンやを使いたいと言えば受け止める覚悟はあるが。
べつにサシャを斬首に処したいとは思わない。
つまり、そう……アレがイヤなのだ。
接頭辞として『クラリッサの』とつくとしても。
あなたは間違っても、ゲロゲロしたものは好んでいない。
性行為を乱暴に括るとしたら。
液体を出すこと、出させることになる。
しかし、上の口から出させるのは……。
そう言うわけで、あなたはクラリッサとの逢瀬を断念した。
安全策を取ってなにが悪い……。
翌朝、あなたは朝食を済ませた後、前哨基地の商業エリアへと出向いていた。
昨日の戦闘でマガジンにやや不調があったとか。
なのでガンスミスのところで代替品を買いに行くところだ。
「弾ならジューンのところでまとめ買いすればいいんだけど」
「これ、ロールのオリジナルだからね……さすがにジューンのところじゃ売ってないから」
そう言うことらしい。
この一帯における商業エリアは基本、外部の商人が来るところだ。
だが、『トラッパーズ』内でも工房などが必要な作業もある。
そうした工房類や作業場が必要な者が拠点を構える場所でもある。
その一角、工房が設置された区画のひとつに。
ロールの武器工房『弾薬庫』はある。
「こんにちは~。ロール、いるー?」
その石造りの工房内では、煌々と火の灯った炉があった。
その炉をじっと見つめているのは枯れたコートを纏った少女だ。
その少女はゆらりと立ち上がり、こちらへと向き直る。
「……カーマイン姉妹か。何用だ?」
職人と言うよりは狩人みたいな服装だ。
ボルボレスアスの飛竜を狩るアレじゃなくて。
普通に獣とか鳥とかを狩る方の狩人。猟師とも言うが。
「マガジンの調子悪いから、新しいのちょうだい」
「そうかそうか……新作がある。見ていけ」
「いらない」
「買う必要はない。ただ、見ていけ。損はさせん」
「まぁ、見るだけなら……」
渋々と言った調子でクラリッサが頷く。
そして、ロールと呼ばれた少女が机の上の物体を取る。
あなたはそれがはじめ、なんなのか分からなかった。
なんかの楽器かと思ったほどに変な形状をしている。
「24連装斉発銃……どうだ」
「頭おかしいんじゃないの?」
クラリッサがにべもなく吐き捨てた。
でもそう言いたくなる気持ちも分かる。
その、大量のパイプが連なっている代物。
ロールが言うところの24連奏斉発銃。
24本銃身を連ねたらどうなるか?
24発同時に撃てて最強に見える。
すばらしい……あまりにもすばらしい。
限りなき発想の直線運動。その極み。
アホ過ぎて絶対に使いたくない。
1回撃ったら24本分の銃身掃除しなきゃいけない。
面倒くさすぎて髪の毛が抜ける。
でも、コレクションとしては欲しい。
「クックック……分かっている、皆まで言うな……こんなものはジョークのようなものだ」
「ふーん……」
なんと、これですら本題ではないというのか!
あなたは驚き、さらにはドキドキして来た。
これよりもっと頭のおかしい代物があるなんて!
24連装斉発銃も買うが。
そのロール渾身の武器もぜひ買いたい!
「これだ……」
「これは……この……えっと……その、なに、この……え? なにこれ?」
ロールが持ってきたもの。
それは騎兵向けのウォーハンマーに似ている。
しかし、ヘッド部を大型に拡大している。
並みのウォーハンマーの2周りは大きいか。
威力重視の大型化ではあろうが。
ここまでくると騎兵向けのものではない。
冒険者向け。対モンスター用のハンマーだ。
「なんで……のこぎりが生えてるの……?」
そして、そのヘッドの打撃部。
そこには円形のノコギリが6つ並んでいた……。
「対大型モンスター向け爆圧槌は覚えているか?」
「覚えてるけど……」
「あれはヘッドに可動部を作り、打撃によって火薬を炸裂。その反作用によりヘッドをさらに打ち込む構造だった……」
「バカみたいに重いことと、1回使ったらカートリッジ入れ直す必要があること、反動がキツイことを除けば悪くないって聞いたわ」
「そう、その反動だ。反動を軽減しつつ、より威力を向上させるためにはどうすべきか……私は必死で考えた」
「……で、これ?」
「そうだ……カートリッジ炸裂の爆発力を打突に用いるのではなく、回転運動に用いる……ショットガンスターターに着想を得た」
「つまり、これで殴るとのこぎりが回ると」
「左様……打突時のごく短時間の接触、その間の威力向上のためだ。ごく短い駆動時間も問題にはならない……」
最高。天才。すばらしい。これ欲しい。
あなたはそのように意気込んでロールに詰め寄った。
この最高にイカしたノコギリハンマーをぜひ売って欲しい。
「すばらしい……これほど早く購入者が現れるとは! 銘入りでお売りしよう。なんと掘るかね?」
そんなサービスまでしてくれるとは!
あなたはウキウキしながら自分の名前を伝え、そのように掘ってくれと頼んだ。
「大変結構。すぐ取り掛かろう」
ロールがハンマーとタガネを手に作業をはじめる。
あなたは最高にトンチキな武器が手に入ってご満悦だ。
この大陸に来ていくつか武器は手に入れた。
カイラから買ったパペテロイの高性能な剣とか。
ソーラスの迷宮で手に入れたまったく壊れない剣とか。
まぁ普通の剣に、よく切れるとか、頑丈とかの付加価値をつけただけ。
そこに来てこれだ。
爆発する。
ノコギリが回る。
敵はズタズタ。
こんな面白そうな代物、買わないわけがない!
「ゲーミングPCを大喜びでピッカピカに光らせるタイプね……」
「そうだね。キーボードどころか、マウスパッドとかヘッドセットも光らせるタイプだね」
「部屋の壁にLEDで変な装飾つけるタイプの人なのです」
「そんなんじゃダメよ! 本当の派手好きからすると地味過ぎるわ! もっと腕にサイリウム巻くとかさ!」
なんだかよく分からない評価をされた。
だがまぁ、言わんとするところは分かる。
あなたは派手好きで、変な武器とは大抵は派手なものだ。
ノコギリがついてて爆発して、回る。
そんな面白すぎる武器、好きに決まっているではないか!
「完成だ。君、存分に使い、殺したまえよ……」
ヘッド側面部にあなたの名が刻まれた回転ノコギリハンマー。
それがロールの手によりあなたへと渡される。
あなたは大喜びで受け取り、値段はいくらかと尋ねた。
「金貨40枚でよかろう」
ウォーハンマーにしちゃバカみたいに高い。
まぁ、魔法を付与した武具に比べれば格段に安い。
あなたは何も文句を言わずに金貨を払い、さらに予約を頼んだ。
つまり、この回転ノコギリハンマーの追加注文だ。
なにもエンチャントせずに使う品と。
たっぷりとエンチャントして使う品。
あとは感触を確かめ次第、友人にプレゼントする分も欲しいか。
最終的な注文数は分からないが、少なくとも追加で1本は欲しい。
「聞いたかね、諸君。この世には私のすばらしき遊び心に満ちた武器を評価してくれるものがいるのだ」
「この変人が調子に乗るから高評価しちゃだめよ」
クラリッサに窘められたが、あなたは本気だ。
この最高に面白すぎるハンマー、必要十分な性能があれば広めたい。
1回使ったら壊れるとか、1回使ったら物凄く煩雑な手入れが必要とか。
そう言う実用性の低さがなければ断然広めていきたい。
だってこの武器、最高に超絶に面白いし。
「すばらしい……! 君、そうとも……つまらないものはそれだけでよい武器ではありえないのだ」
実によい言葉だ。あなたは笑顔で頷いた。
もっとこういう感じのやつちょうだい。
面白げなやつは絶対に買うし。
性能が必要十分なら追加注文する。
ぜひともいろいろ見せて欲しい。
「大変結構。君のような面白き者を求めていた。君のためならば、この『弾薬庫』の扉は常に開かれている」
言って、ロールがあなたへと奇妙なものを渡して来た。
それはライフルの弾丸を模した、枯れた色合いのチャームだ。
それを円形の薄い金属板で6つ纏めている。いわゆるスピードローダーと言うやつだ。
ふつう、これはリボルバー式の拳銃に素早く弾丸を装填するための道具だが……。
「君、みだりに『弾薬庫』の扉を開けたり閉めたりせよ……そして、存分に火遊びとかしたまえよ……」
あなたの手へと渡されたチャームの質感はよい。
この渋く枯れた色合い、銀と銅の合金、朧銀と言うやつだろう。
非常に手の込んだチャームで、これだけで結構な価値がありそうだ。
これはいわゆる、会員証とか、VIP顧客の識別用アクセサリーか。
こういう特別に手の込んだ品で顧客の素性を判別することは珍しくない。
まぁ、ガンスミスとかの武器職人がそれをやるのは珍しい気がするが。
「笑納されよ」
あなたはありがたく受け取った。
これがあれば『弾薬庫』は歓迎してくれるということだ。
実にいい職人と知遇を得られた。
あなたは最高に満足していた。
「まともな武器作んないのよ、こいつ……大丈夫?」
「まったく、まともであることのなんとくだらないことか……武器であろうが、笑えた方がよい」
「変な武器使って負けたら笑えないのよ」
「君はそれでよいのだろう。戦いの場ですらも『遊び』とする者たちは軍人には程遠い。ゆえ、君たち『軍人』には理解できなくとも当然なのだ」
あなたにはロールの感覚がよくわかる。
ちょっとの面白さがあった方が、ずっとよい。
実用性だけよりも、ずっとずっと、よい。
人間は強い。ちょっとやそっとでは壊れない。
戦場の塵に塗れ、雨に打たれても、溶けはしない。
人間は間違っても砂糖なんかで出来てはいない。
だが、同時に人間は間違っても鉄で出来てはいない。
人間は肉で出来た儚い生き物だ。
それは柔軟で強靱かもしれないが……。
硬くはなく、幾度も打ち据えれば壊れる。
だからこそ遊び心が必要だ。
人間が人間であるためのよすがとして。
戦場の過酷さに壊されないための遊び心が。
「その理屈は分かるわ。たしかに、効率だけで出来た軍隊は脆いもの」
「うん、少しの遊び心、心を慰める嗜好品は必要よ」
「けど、これは遊び心が過ぎると思うの」
「遊び5割くらい入ってるのです」
それはまったくごもっとも。
せいぜいハンマーにエロい絵姿彫り込むとか。
綺麗な飾りつけをして遊ぶとかくらいが普通だろう。
機能面にまで遊び心を求めるのはやり過ぎである。
でもまぁ、あなたはそんくらい遊びがあってもいいと思う。
この辺りの感覚は本当に人によるので、理解されないのもしかたない。
レインやフィリアなんかは理解してくれないと思うが。
サシャなんかはこういうのに多少なりと理解はしてくれる。
一番理解してくれるのはおそらくソーラスのセリナか。
彼女は損得で動かないように、合理だけで戦わない。
扱う術理が合理の下にあるからこその遊び心と言うか……。
まぁ、人それぞれだ。
今日はともかく、このハンマーの感覚を試したい。
あなたはさっそく迷宮に行こうと促した。
「わかったわかった。でも、その前にマガジンの予備ちょうだいな」
「そうだったな。少し待ちたまえ」
そう言えば最初の目的はそれだった。
あなたはちょっとはしゃぎ過ぎたと自戒した。
迷宮に行くまでの道中、あなたはハンマーの振り心地を試した。
ハンマーとしての出来はちゃんとしている。
重量がしゃれにならないが、重心設計がちゃんとしている。
普通の人間には振れないだろう。70キロくらいあると思われる。
全金属製のシャフトだが、粘り強い鍛造構造だ。
木製シャフトでは打突時の衝撃に耐えられないのだろうが……。
この鍛接構造でただの丸いシャフトを作ってるのはちょっと初めて見た。
普通、これは剣を鍛造するために使う。そのくらい手間がかかるのだ。
金貨40枚も納得と言うか、足が出てるんじゃないかと言う手間のかけ具合だ。
「クソ重ハンマーをびゅんびゅん振り回してて怖いのです」
「当たったら一撃で木っ端みじんね……」
「あの速度で振り回せるなら、威力を底上げするのこぎりいらないんじゃ?」
「まぁ、威力はあって損しないから、いいんじゃないかしら!」
使えば使うほど、職人の心意気が分かると言うか。
ふざけた遊び心が詰まっているが、注ぎ込んだ技術は真摯だ。
ロールの職人としての意地みたいなものすら感じる。
ロールの想いに応えるためにも、しっかり使ってやりたいものだ。
そして、満足いく性能であることを祈りたい。
友人たちに自信をもっておすすめできるハンマーであって欲しい。
あなたはハンマーに多大な期待をかけ、迷宮攻略を望んでいた……。
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