23話
武器というものは、見た目の印象からくるものとは実情が違うことが多い。
レイピアは細身で優美なので軽やかに使えそうに見える。
だが、細身であってもロングソードより長いので重さは同等。
そして重心位置の都合で、体感重量がロングソードより重い。
なので扱うにあたっては実はロングソードより難しい。
そして、大型武器ほど扱うのに熟練が必要なものは少ない。
頭の足りないでかぶつが適当に振り回していそうに見えるが。
実際はナイフやら槍を使うよりも、ずっとむずかしい。
軽く短い武器はなんだかんだ適当に振り回してもなんとかなる。
だが、大型武器は適当に振り回せない。適当に振り回すとそれだけで体を壊す。
ちゃんと振り回せる時点で十分な熟達が必要な武器。それが重量武器。
つまり、今回購入したノコギリハンマー。
長いので爽やかに
このサワーハンマーは、非常な熟達を必要とする武器だった。
なんせ並みの重量武器より遥かに重い。
常人には持ち上げるのも困難なほど。
冒険者なら持って振り回せるものも少なくないが。
単純に重量だけ見ると大型種族向け武器に近い。
これを使いこなせる技術と膂力。
それを併せ持った上で、遊び心を持つ者。
あなたと言う主を得たサワーハンマーは幸いだ。
なぜなら、敵を粉砕する武器の本懐を味わえるのだから。
うなりを上げてサワーハンマーが奔る。
それはトロルの大腿に直撃し、その大腿骨をへし折る。
そして、衝撃により、内部のカートリッジが炸裂した。
瞬間、あなたの手にかかる火薬の反動。
そして、ノコギリが吼え立て、凶悪な回転をはじめる。
「ギエアァァ゛ァ゛ァ゛――――!」
2対3連装のノコギリが回る。
それは肉を引き裂き、骨を砕き、抉り飛ばす。
血と肉の飛び散る破壊力にあなたはご満悦だ。
足を砕かれ、肉も抉られ。
もはや立つことすら叶わない。
トロルがゆらりと崩れ落ちる。
あなたはトロルの頭部を殴りつける。
いまだノコギリの回転が止まらぬうちの打撃だ。
その破壊の剛撃が頭蓋を砕き、脳髄を飛び散らかした。
サワーハンマーの抜群の威力が伺える。
そして、それを見守っていたクラリッサらが嫌そうな顔をしている。
今回同行させているクロモリなんか、目を反らしているほどだ。
「えっっっぐ……!」
「威力が凶悪過ぎる……」
「でもこれ、ハンマーの能力じゃなくて、お姉さんのパワーが凄いだけなんじゃ……」
「でも、パワーなくてもノコギリの回転は凶悪なのです」
たしかに、クラリッサが言う通りではある。
あなたは石ころで大抵のモンスターを粉砕する。
それがサワーハンマーに代わったらなおさらと言うだけ。
この破壊の惨状はあなたの膂力が凄いだけだ。
「やっぱりそうよね?」
しかし、実際にこの武器はそんなに悪くない。
使用したカートリッジを排出し、再装填するのは面倒だが。
ノコギリの駆動はちゃんとしているし、手入れも聞く限りではそう面倒ではない。
そして、ノコギリの殺傷力が思った以上に凶悪だ。
専用のノコギリをわざわざ作ったのだと思うが。
かなり目の粗いノコギリで、フランベルジュに近い。
目が粗いので肉がほじくり出され、治癒が困難になる。
「えっぐ……」
「しかもあの剣で斬られると、傷口の表面積増えるからね」
「つまり、細菌感染がしやすくなるのです」
「破傷風とかで死ぬわね! 凶悪過ぎるわ!」
そして、なにせノコギリだ。
ノコギリは目が1つ1つ左右に張り出している。
本来、木を切る用途ではあろうが、これは傷口を余計に広げるため。
まったく、まこと殺傷に秀でた凶悪な刃だ。
遊び心に満ちているが、殺意にも満ちている。
まったくいい武器だ。あなたはサワーハンマーを気に入った。
「えぐすぎる……」
「ま、まぁ、味方が強いのはいいことだから……」
なんだか微妙な擁護だ。
やはりちょっと残虐すぎるか。
しかし、今日はぜひともこれを使いたい。
申し訳ないが、今日は我慢してもらうとしよう。
あなたたちは昨日と変わらずに次々と進んでいく。
モンスターはそれほど凶悪なものはいない。
最も強いのでもリッチくらいで、大抵はそれ以下。
まぁ、リッチは結構強いモンスターではあるのだが。
やはり、ギミックの方に手こずらされる。
1度解除したらそれで終わりとはいかないらしく。
昨日と同じく血を注いでいかなくてはいけなかった。
「これ、私たちが不死身だからいいけど、並みの人間だと厳しいわよね……」
「私たちはいくら絞ったところでノーリスクで回復できるからね」
「お姉さんの方は大丈夫なのです?」
「貧血とか大丈夫? 水分補給した方がいいわよ?」
アンジェリカが水筒を差し出してくれたのでありがたく1口もらう。
べつに喉は渇いてないし、普通に自分の水筒もあるが。
それはそれとして水筒から飲ませてくれるなら飲む。
さておき、あなたの消耗は確かに大きい。
しかし、あなたは自前で回復魔法が使える。
なので、失血による消耗は魔力の消耗に置き換えることができる。
あなたの魔力は膨大で自然回復量もそれに準ずる。
このくらいの消耗なんのことはない。
「ならいいんだけど。無理はしちゃだめよ?」
「そうそう、失血の消耗って気づきにくいものね」
「失血してるのに気づかず手当が遅れて失血死、なんてこともあるからね……」
「コンディションを気にかけなくてはだめなのです」
そこまで気遣われると不思議な気分だ。
いつもはあなたが気遣う側だったのでなおさら。
クラリッサらはコンディションが常にほぼ万全だ。
仮に怪我したり、失血しても、すぐに治ってしまう。
聞く限り、蘇生は他の者からのアクションが必要らしいのだが。
どうも怪我に関しては純粋に自然治癒力が次元違いらしい。
瀕死の重傷を負っても、10秒くらいで完治してしまう。
なのでクラリッサらは怪我も失血も自然回復する。
だから彼女たちにとって、気にかけるべきは自分ではない。
自分以外の不死身でないだれか、なのだ。
まぁ、二日酔いは自然回復しないようなので。
どうも毒や病気などは管轄外らしいが……。
3層では大型の水盆を血で満たさなくてはいけなかった。
余裕で失血死するほどの量で、回復魔法、それも高位のものの使用が必須。
性格の悪さがものすごい滲み出ているギミックだ。
「不死身の私たちに任せておきなさい!」
「そうそう、適材適所だよ」
「リスクのない私たちの方が妥当よ」
「お姉さんは休んでてくださいなのです」
と、申し出てくれたが、それでは申し訳ない。
失血と言う行為を他人にだけやらせるのは酷く申し訳ない気持ちになる。
クロモリはともかく、あなたは回復の手段が豊富にある。
そして、それで消耗した魔力は数分足らずで回復する。
なのであなたもたっぷりと血を搾りだした。
次なる4層では天秤が設置されていた。
片側には鳩を模したブロンズの像が置かれている。
そして、天秤の支柱にはタカが止まっている。
天秤の皿のサイズはかなりのもので、人間が乗れそうなほどだ。
「なにかしらね。何か乗せろってことなんでしょうけど……」
「血をたっぷりと入れられる深さではないよね」
「ハトとタカ……なにか示唆的なのです」
「ハトに、タカ、ねぇ……なにかしら……」
あなたにもちょっとわからない。
なにかしらの意図を感じさせる図だが。
「今まで血を出して来たわけだから……」
「ここで出せとなると、固形物だよね」
「……肉?」
「可能性は高いのです」
しかし、肉を乗せるとなると、血よりも消耗が激しい。
肉体の欠損は相当な回復が必要になるのだ。
あなたはクロモリにも意見を求めてみた。
「タカに、ハトですか……ヨコワ王とタカとハトの逸話ではないかと」
ヨコワ王ってだれだろうか。
「伝説上の王です。極めて優れた善政を敷き、人々を導いた聖王として知られるのですが。その王が即位する前、王子であった頃にタカに追われたハトが懐に飛び込んで来たというのです」
だいたいなんとなく話の顛末が読めた。
ハトを救うために、タカになにか自分のものを差し出すのだろう。
たぶんだが、ハトと同じだけの重さの自分の肉とか。
あるいは自分の子供、または自分の妻とか。
人を救うことは痛みを伴う。
その上でそれが出来るものは尊い。
まして、それが動物相手ならばなおのこと。
たぶん、そんなところではないだろうか。
この手の逸話は名君には割とよくある。
「簡潔に言いますと、ハトを救うために、ヨコワ王はハトと同じだけの量、自らの肉を切り取って天秤に載せます。しかし、天秤は動きません」
ちょっと違ったようだ。
たぶん、命の価値は人でも動物でも同じとか。
命は命でなければ購えないとか、そう言う感じの話のようだ。
「なんかどっかで聞いたことある話ね……」
「私が聞いたことあるのはヘビとスズメとぼんさんの話なのです」
クラリッサとブリジットも似たような話を聞いたことがあるらしい。
この手の教訓めいた昔話や逸話はどこも似たようなものと言うことだろう。
「ついに業を煮やした王が自ら天秤に乗ると、ようやく天秤はつり合います。そして、そこでハトとタカが王を褒め称えます。自らたちは天の御使いであり、自らを犠牲にしてまで命を救おうとしたことはすばらしいと。そして、王の肉体は神の慈悲により蘇ったとされます」
どうやら最初にしていた予想であっていたらしい。
フェイントとはなかなかやるではないか。
「……あの、なぜ「よくもやってくれたな」と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべてらっしゃるんですか?」
さて、そうなるとこの天秤に乗せるべきは肉か。
しかし、逸話通りだとすると、どれだけ乗せても無意味。
最終的には誰かが乗らなくてはいけないのではないだろうか。
「じゃあ、私乗るのです。死んだら蘇生よろしくなのです」
「よろしく~」
まぁ、今回はノーリスクの蘇生が出来るクラリッサらがいる。
そんな彼女らが天秤に乗ってみるのは自然な話だった。
しかし、ブリジットが天秤に乗っても、天秤はピクリとも動かない。
「あれ?」
「つぎ、次鋒出なさい!」
「次女ドロレスいきまーす。ぐおごごごー」
なんて言いながらドロレスも乗る。
それによって天秤が少しばかり浮き上がった。
やはり、量っているのは物理的な重さではないらしい。
しかし、2人が乗ってようやく少し浮くとなると。
命の数ではなく、なにか別の物の量、重さだろう。
「う~ん……2人とも降りて」
「はいはい」
「なのです」
ドロレスとブリジットが降りる。
「お姉さん、悪いんだけど、試しに少し乗ってもらえないかしら?」
あなたはよし来たと天秤に乗る。
すると、ガッシャンと音を立てて天秤が落ちた。
あなたの体重が超絶的に重いわけではないだろう。
いや、あなたの体重は装備コミで10トン超えているが。
やはり、これは生命力とか魔力とか。
そう言った目に見えない力の量を測っているのだろう。
「やっぱり、体重とか命の数とかじゃないわよね」
「……ハッ! もしかして!」
ブリジットがなにかに気付いた、という顔をした。
そして、真剣な顔で尋ねて来る。
「お姉さんは……攻めなのです? 受けなのです?」
突然なんの話だろうか?
あなたは面食らいつつも、リバだよと答えた。
「つまり、ネコでありタチなのです……ネコは、13個の命を持つのです!」
「ネコの意味、違うわよね?」
たぶんそうじゃないと思う。あなたも頷く。
「純粋に生命力とか魔力が私たちより多いだけだと思うわよ」
「2個と13個であそこまで顕著に違うってこともないでしょうしね!」
「でも……よしんばお姉さんが342万4868個くらい命を持っていたとしたら?」
「不死身同士の殺し合いになってしまうのです」
まぁ、あなた自身が乗って動くことは分かった。
であれば、次は少しずつ条件を変えて試してみればいいのだ。
「と言うと?」
あなたは少し考えて、自分の手首を切り飛ばしてみた。
回復魔法でさっさと治しつつ、手首をぽいと天秤に乗せる。
瞬間、ガッシャンと音を立てて天秤が勢いよく落ちた。
あなたの手首を乗せただけで、人間は乗っていない。
つまり、手首に含まれる何かで天秤は稼働している。
「躊躇なく手首スパンとやったわね……」
「えぐいのです」
「そして秒で生えて来たわ……」
「手首フェチが大歓喜だね」
魔力か生命力かは分かりかねるが。
今まで血液でやっていたのが肉に変わっただけではある。
しかし、出血すればいいのと、肉を切り取るのでは、話が違う。
やはり、肉を切り取るのには壮絶な痛みが伴う。
あなたみたいに痛いことに慣れ過ぎてしまっている人間はそう居ない。
もしかしたら、そう、あくまでもあなたの予測だが。
この迷宮のギミックは悪辣ではないのかもしれない。
なんだかあなたはそんな気がして来た。
これは悪辣なのではなく、犠牲の許容度を試しているのではないだろうか。
迷宮攻略のためにどこまでやれるか。そんな意図すら感じる。
この迷宮を『アルメガ』が作っているのだとしたら。
やはり探索者を試している……のではないだろうか。
まぁ、犠牲を強要する試し自体が悪辣と言えばそうではあるが。
「うーん……なるほど。血から肉に変わったとなると、次はなにかしらね……臓器を出せとか言われるんじゃないでしょうね?」
「私たちなら出してもいいですが……」
「でも、今回の天秤でダメだったものね……」
「私たちの臓物じゃ満足してくれないかもね」
たしかに、求められる水準が結構高い。
クラリッサらでは少し足りていない。
クラリッサらよりも少しばかり上の力量を持った者たち。
それが4~5人程度のチームを組んだ上で。
なおかつ、回復魔法が使えるものがいて。
そんなバランスのいいチームならばクリア出来るギミックだ。
もうここはあなたの血肉で強引に突破してしまおうか。
それこそ臓器が要求されたら、そのタイミングで考えればいい。
「ううーん……魔力とか生命力の量的な問題だと、あなたに頼った方が手っ取り早いものね……」
「純粋な物量は私たちで解決できるんだけどね」
「微妙な気持ちにさせられる役割分担なのです……」
「あの、その、えっとね。お姉さんに犠牲を強いる点についてはその……」
アンジェリカが少し困ったような顔をする。
しかし、意を決したのか、真剣な顔で言う。
「クラリッサ・カーマイン、アンジェリカ・カーマインが腹を切ってお詫び致します」
それ、何か意味ある……?
あなたは意味が分からず訝った。
どうせ蘇るのに割腹自殺する意味は?
「そうだよ。そんなんじゃダメだよ。クラリッサ・カーマイン、アンジェリカ・カーマインが処女を捧げてお詫び致します」
最高。それなら文句無し。
あなたは喜んで歓迎すると答えた。
もちろん、あなたが抱かれるのでもOKだ。
「なんで私の処女を捧げるのよ! ドロレス、あなたの処女を捧げなさい!」
「嫌だよ」
「この場合、怒るの私よね? どっちにせよ私が割腹したり抱かれたりしなきゃいけないのなんで?」
「まったく、騒がしいお姉ちゃんたちなのです!」
唯一、蚊帳の外に置かれたブリジットがやれやれと言う態度を取る。
まったく、愉快な姉妹である。
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