21話

 クラリッサら4姉妹へのプレゼントは恙なく終わった。

 その上でまだ夕飯には早い。まぁ、当たり前ではある。

 撤収をはじめたのが昼の2時。脱出まで1時間もかからなかった。

 調理もカル=ロスが手伝ってくれたので思いのほか早く終わったし。


 そのため、クラリッサらには自由に過ごしてもらうことにした。

 酒とつまみを供し、後はあなたがホストとしてほどよく会話などする。

 まずは定番と言うか当然のこととして、カル=ロスらを紹介した。


「カル=ロス・ケヒです」


「アストゥム・カーマインです」


「鑑晶です」


「薬袋秋雨です」


 各々が名乗るが、クラリッサらはちょっと困った顔をしている。

 あなたでも初見の『アルバトロス』チームの識別は難儀した。

 クラリッサらに識別を強要するのは無理があるだろう。


「このハイパー女たらしはともかく、私たちを見分けるのは難しいと思います」


「なので、見分けなくとも構いません」


「私たちは情報共有ができていますので、質疑応答には応じることが可能です」


「あとはなんかうまい具合に話を合わせるのでなんとかかんとか」


 それでいいのだろうか。まぁ、いいのだろうが。

 友好関係を構築するという意味では問題があり過ぎる姿勢な気がする。


「それでいいのかしら……? まぁ、いいと言うならいいのよね……私はクラリッサよ。この子たちのお姉ちゃんなの」


「ドロレスだよ。私は次女だね」


「アンジェリカよ! 三女よ!」


「ブリジットなのです。四女なのです」


 そう言えば、ファミリーネームはないのだろうか。


「もちろんあるわよ。カーマインよ」


 アストゥムと同じである。

 なにか縁故が……?


「ないと思うわよ。だって、赤が好きだからカーマインって名乗ることにしただけだもの!」


 そう言ってクラリッサが胸を張る。ちっさ。

 では、アストゥムの方はどういう由来なのだろう?


「うちの宗教だと位階の称号が色なんです。私の位階は赤なので、その色をファミリーネームとして使ってるだけですよ」


 なるほど、そう言う。

 たしかに位階などを分かりやすく色で示すことは多い。

 あなたの信ずるウカノも白と赤を縁起のいい色と好んでいる。

 それに伴って、女性神官は赤と白の服を着る仕来りになっているらしい。

 あなたも赤を好んで纏っているが、これは幼少期から好んでいるだけだ。


「って言うかなんなら、アストゥムって言う名前も赤と言う意味です」


「こりゃ赤い」


「赤い!」


「赤さはどうでもいいー!」


 アストゥムの名前が赤いことはよく分かった。

 そうなると、クラリッサらとは特に何も関係はないらしい。


「まぁ、偶然の一致ですね」


 そう言うことらしい。

 まぁ、名前被りはよくあることではある。

 今までなかっただけで。





「お招きいただいて悪いのだけど、先に装備の手入れを済ませてもいいかしら?」


 自己紹介を終えたところで、クラリッサがそう申し出て来た。

 報告書の提出が終わり次第、こちらに来たのだろう。

 それならば装備の手入れが済んでいなくともおかしくはない。


 あなたは遠慮せずやってくれと頷いた。

 装備の手入れは大事だ。特に銃は。

 使った後の火薬カスの掃除をしないとすぐ錆びる。

 あなたもエルグランドで銃は使ったことがあるのでよく分かる。

 手入れがめんどくさいので石を投げる程度にめんどくさい。


「たしかにね。叶うことなら使わないでおきたいわ」


「手入れにだってお金がかかるしね」


「弾だってタダじゃないのです」


「そもそも銃撃って危険行為だもの。できる限りはやらない方がいいのは当然ね」


 たしかにそれも問題だ。

 銃は弓と違って、矢玉に消耗品を使う。

 弾頭は回収できれば再利用できるが……。

 火薬は再利用不可能なので金がかかるのだ。

 矢は2回や3回くらいなら再利用できる。

 そう言う意味で銃弾は矢よりずっと金がかかる。


「銃弾はジューンが調達してくれるけど、700発で銀貨5枚も取るし……」


NATOネイトー弾を調達してもらってる手前、文句は言えないけどさ……」


「でも、高品質で高精度弾なので正直銀貨5枚は安いのです」


「そうなんだけどね……銃弾が好きなだけ支給されてた頃が懐かしいわ……」


 ジューンは銃弾まで調達してくれるらしい。

 ああいうのは軍需物資として統制されていることも多いが……。

 まぁ、専売品の酒や塩を平然と調達しているあたり、法に触れる代物の可能性が高いが。

 そう言えば、カル=ロスたちは弾薬をどうしているのだろう?


「『四次元ポケット』にメチャクチャ大量に詰め込んでます。調達先は普通に店で買いました」


 単純にいっぱい持っているだけらしい。

 無難と言うか、普通過ぎてつまらない。


「つまる、つまらないで武器選んでるわけではないので……」


 まぁ、それもそうだ。

 カル=ロスたちなりに考え抜いて、遊び抜きで選定した武器なのだろう。

 煮詰まった装備は結局、無難になって面白くないことが多い。


「そうですね。しかし……その、クラリッサさんたちの、その銃は……」


「うん。分かってる。皆まで言わなくてもいいわ。頭がおかしい銃使ってる自覚はあるの。笑ってもいいのよ」


「フッフッフ……ホハハハ! フフフフ! ヘハハハハ! フホホアハハハ!」


「ここまで全力で笑われるとは思わなかったわ……」


「しかし、何だってこんな変な銃使ってるんです? もうちょっとマシな銃もあるでしょうに」


「性能は本気だから……」


「ちょっと持たせてもらっていいですか?」


「どうぞ」


 カル=ロスが断ってから銃を持ち上げる。

 持ち上げると同時に顔を顰め、構えてさらに顔を顰める。


「おっっっも……! なんですかこれ。ダンベル?」


「8キロあるわ」


「軽機関銃でいらっしゃる?」


「ごめんなさいね、そんなザマでも自動小銃なの」


「あと、このノコギリはいったいなんですか?」


「作ったやつがノコギリが好きで……」


「ガンスミスなのに……? 諸元はどんな感じですか?」


「全長1025ミリ、銃身長495ミリ、作動方式はショートストロークピストン、ロータリーボルト。フリーフローティングバレル。60発複列箱型マガジン」


「諸元がどう聞いても軽機関銃なんですがそれは」


「は、8キロあるから軽機関銃にしては軽めだし……?」


「自動小銃にしては重過ぎるでしょうよ。自動小銃名乗っていいのは5キロまでですよ」


「自動小銃らしく、オプション装備がつけられるわ! 見なさい! 汎用グレネード投射機がつけられるわ!」


「重量は?」


「1.5キロ!」


「40mmグレネードのようなので、砲弾は約300グラムですね。9.8キロ。やっぱり軽機関銃では?」


「セレクターレバーを操作すると、なんとセミオート射撃が可能なのよ!」


「では自動小銃ですか……」


 そこで納得するのか。

 認定ラインがいまいちよく分からずあなたは首を傾げた。

 流れるような会話にあなたは踏み込めない。

 銃にはあんまり詳しくないのだ。

 撃つとうるさい、当たると痛い。

 その2つが分かっていれば十分だ。


 そんなあなただから、銃剣を使うとうるさいライフルは欲しい。

 きっとギュンギュン言って、バリバリ切れるのだろう。絶対面白い。

 あなたはつまるつまらないで武器を選んでいる。


「あなたたちはどんな銃を使ってるの?」


「私たちですか。全長730ミリ、銃身長229ミリ。作動方式はショートストロークガスピストン、ロータリーボルト。重量は無装填状態で2.6キロ、20発弾倉装填時で3.3キロ、サプレッサ装備で3.9キロです」


「羨ましい軽さしてるわね……」


「私たちはCQB前提なので、銃身長切り詰めたら自然とそうなりました」


「なるほど。運用場面の違いもあるのね」


「……迷宮の中だと、CQBも多いのでは?」


「でもね、銃剣付きピストルとか、パイルバンカー付きサブマシンガンとか頭のおかしいものは使いたくないの」


「チェーンソー付きライフルに負けず劣らずの際物揃いですね……」


 あなたは俄然興味が出て来た。

 銃剣はよく分からないが、パイルバンカーとは?

 ライフルに駆動ノコギリをつけるバカだ。

 パイルバンカーとか言うのも絶対に頭のおかしい代物に違いない!


「ねぇ、なんだかものすごい張り切ってる人がいるんだけど」


「気にしないでください。この人は面白そうな武器はとりあえず使って見たがる人なんです」


「そうなんだぁ……」


「そうなんですよぉ……」


 なぜか2人に白い目で見られてしまった。

 なんで?




 まぁ、そんなこんなで談笑しながら武器の手入れをし。

 そろそろいい頃合いだろう、というところであなたは食事を饗した。

 大鍋一杯のカレー、やはり同様に大鍋一杯のライス、ばかでかいハードチーズ。

 そこに牛豚のカツレツ、スピナッチ、オーバジーンなどのトッピング。

 目玉焼き、ゆで卵、ソーセージなども乗せ放題、食べ放題だ。


「カレーだわ……!」


「カレーだね……」


「カレーよ……!」


「カレーなのです……!」


 血縁を感じさせる反応だ。

 あなたは好きなだけお食べと促した。

 そして1人に1枚ずつ皿を渡す。

 後はセルフサービスで好きなだけ食べればいい。


「お母様、皿もう1枚ください」


 何に使うのだろう?

 そう思いつつも、あなたはカル=ロスにもう1枚皿を渡す。


「あ、私にもください」


「私も私も」


「あ、私も欲しいわ!」


「私にも1枚欲しいのです」


 なぜかみんな皿をもう1枚欲しがる。

 なんで? 皿1枚あれば事足りるはずだが……。


 そう思っていると、カル=ロスがライスを盛る。

 それはもうてんこもりに。これ以上乗らんだろ、ってくらいに盛る。

 もうこれにカレーかけたら溢れるだろってくらいに盛る。

 そして、カル=ロスは欲しがったもう1枚の皿にカレーをよそった……。


 なるほど、そう言う目的のためにもう1枚……。

 都度おかわりをするという考えはないらしい。

 まぁ、たぶん、立つのが面倒とかそう言うアレなのだろう。

 しかし、なんと言うか、ライスの減りが……。


 あなたは不安になって、クロモリにライス足りるかなと尋ねた。


「……足りないのではないでしょうか?」


 あなたは慌てて追加のライスを炊きにかかった。




「うん、うまい!」


「カレーは飲み物」


「こりゃうめぇなこらうめぇな。たまんねぇ、たまんねーな、うまい」


「無限に食えます」


「久し振りのカレーなのです。目いっぱい食べるのです」


「胃に限界まで詰め込むわ!」


「甘いわね、私は肺とか鼻腔にも詰め込むわ」


「死ぬからやめた方がいいよ」


 すごい……いや、すごい……。

 なんだ、この吸い込みの激しさは。

 信じられないスピードでカレーとライスが消えていく。


「普通の目玉焼きには塩コショウと醤油ですが、カレーに限ってはソースと決めています」


「ほうれん草をドバーやって、ソーセージと一緒に食べると天の国が見える」


「ゆで卵の黄身を3個くらいほぐしたルーを食べるとまろやか過ぎて胸がでかくなります」


「心臓発作を恐れなければ、チーズをライスと同量だけ乗せることが可能です!」


 『アルバトロス』チームは元々よく食べる方だった。

 だが見苦しくないように、行儀よく食べる。

 だが、今日は明らかにいつもの倍くらいの勢いで食べている。

 その上で、3倍くらいの量を食べている。

 行儀のよさが変わらないのは幸いか。


「クラリッサ・カーマイン軍曹、喫食のおかわり、ねがいまーす!」


「それ刑務所混ざってるのです。ブリジット・カーマイン伍長、カツ丼カレー自作するのです!」


「カレーにはラガーよりも、ガツンと強いスタウトが意外と合うんだ」


「無限に食べれるけど、さすがに入らなくなってきたわね……! ジャンプの振動で胃の隙間を無くせば……!」


 そして、クラリッサらカーマイン姉妹も勢いが凄い。

 小柄で幼げな見た目にそぐわない勢いで食べている。

 『アルバトロス』チームにも負けないのではと言うくらいだ。

 そんなにカレーが好きなのだろうか? なんで?


 カレーなんて所詮は香辛料をたっぷり使った煮込み料理でしかない。

 たしかに美味ではあるが、他の料理とそこまで隔絶した味か?

 あなたもクロモリも勢いの理由が分からず首を傾げている。


「私たちの故郷では、カレーライスは国民食と言えるほど大衆に受け入れられていた料理なんです。まぁ、嫌いな人がほぼいない料理と言いますか」


 そこでカリーナがそんな調子で補足してくれた。

 クラリッサらとカリーナは同郷なのだろうか?


「と言うより、『トラッパーズ』は全員そうですね」


「どこかの土地で、地場の人間で編成された軍の部隊とかなのでしょうか?」


「クロモリさん、いい線いってます。その認識でほぼ間違いないです」


 なるほど、そう言う……。

 まさか、カレーライスがそこまでクリティカルヒットするとは。


 国民食的な感覚で言うと、あなたの場合はなんだろう。

 ソバの実を使ったおかゆ……いや、ジャム入り揚げパン?

 たしかに、あのあたりの料理は普通の料理よりも大量に入るが……。


 カレーライスの場合、香辛料の刺激で食欲が増進される。

 文化的に定着した大衆食がそうならば、余計に量が入るわけだ。


 だからと言って、ここまで食べるとは思わなかった……。


 2回目に炊いた米も全部売れてしまった。

 この調子では3回目も炊かなくてはいけないだろう。

 自分が食べるヒマもない。だが、招いた以上は腹いっぱいにしてやらなくては可哀想だ。

 あなたはすきっ腹のまま3回目の炊飯に精を出していた……。

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