第8話

目を開けると、

白い天井が見えた。


あれ、変わっていないのか。


また同じ施設か。



自分の体に触れた。



元の自分の体だった。



30歳の現役で働く俺の体。



どこも異常がないように思えた。



ガラッと勢いよく、

病室の引き戸が開いた。



そうか、

ここは施設じゃなくて

病院か。



結愛がビニール袋に何かを入れて、

やってきた。



「律?!」



こちらの様子を見て、

すぐに抱きついてきた。



涙を流して喜んでいる。



「律!!!

 目覚めたんだね。

 良かった。

 ずっと、倒れてから

 眠っていたんだよ。

 全然起きないから死んじゃったのかと

 思った。」


「いーーー、いやいや。

 病院にいるんだろ。

 ほら、点滴もしてるし、

 心電図も普通に動いてるだろ。

 てか、大げさだなぁ。

 鼻からチューブで人工呼吸器って…。

 え?俺、どうしてこんな格好?」



「ふざけて薬の飲み過ぎ演技するから、

 本当にたくさん薬飲んだみたいだよ。

 もう、焦ったわ。

 救急車呼んで、病院に運ばれるまで

 ヒヤヒヤでさ。

 死んだら、結婚もしてないのに

 財産分与とかどうするのか

 変なこと考えるし。」



「…てか、金の話かよ。

 俺の体の心配じゃないのか。」



「あ、あ、ははは。

 それは冗談だけどさ。

 でも、なんであんなことしたの?」



「あんなことって…。

 俺はラムネ菓子をがぶ飲みしただけだぞ。」


「ラムネ菓子?

 そんなのなかったよ。

 市販薬の風邪薬がポロポロ落ちていた。」


「嘘だよ。

 俺、薬なんて飲んでない。」



「あれ、でも待って。

 私、いたずらで

 射的屋の、

 ラムネ菓子を風邪薬の瓶に

 入れたけど…それのこと?

 でも、部屋の中に落ちていたのは

 アルファベットのマークの

 風邪薬だったけどなぁ。」



「俺は、

 ラムネ菓子のつもりで飲んでたけど…。」



「でも、倒れてたよ。

 なんで?」



「それはわからない。

 なんか、意識飛んで…。」



 突然、頭の中で鈴が鳴る。

 猫の鳴き声が聞こえた。


 空中に白い猫がふわっと現れた。


 虹色の瞳が光る。



「うわ、またこの猫。

 なんでここに。」




「律、何してるの?」




「え、だから、ここに猫が。

 結愛は見えないのか?」




「大丈夫?」



 透明な姿チカチカとに変える猫は、

 逃げまわっている。



 俺は、追いかけようとベッドから

 跳ね起きた。

 


「律、どうしたの?

 まだ、点滴終わってないよ。」



「悪い、今、それどころじゃない。」



 ブチっと点滴の針を抜いて、

 逃げ回る猫を追いかけた。


 特に何かするわけじゃない。


 白い猫が無性に気になった。



 幽霊のようなその姿が一体何なのか。

 何を言いたいのか。


 猫の後を追って、

 病院の廊下を駆け出した。



 一瞬姿が消えたかと思うと、

 階段を登っていく姿が見えた。


 スリッパの音がパタパタと鳴った。



 俺は、白い猫の後を追い続けた。



 行き着く先は、病院の屋上だった。



 だだ広く、ビルやマンションが

 立ち並んでいる街が見えた。



 空には、うろこ雲が整列するように

 ふわふわと浮かんでいた。



 冷たい風が頬を打つ。




 緑のフェンスのふちに

 白い猫はそっとおりた。



 じっとお互いに見つめ合った。


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