‡ 4発目_撃鉄聖女の清き祝福
耳をつんざく悲鳴。悪魔の腹に大穴が空き、そこから紫炎が噴き上がる。
いかに頑丈な防護服も内側は脆いのか、のたうち回るたびに裂け、穴が増える。衝撃で
一緒に床の魔法陣も焼き潰されていく。
対峙するレウレは、さながら東方の拳法使いのような体勢で、曲げた片膝を掲げていた。焦げて破れた脚衣の下、関節部分から銃口が覗いている。
「お断りします。わたくしがお慕いするのは、主だけですから」
ソント大聖堂が擁する『祈る兵器』――それは超人的な
対悪魔用の銃は生身では扱えない。それに悪魔は催眠を得意とするため、只人が誘惑を
レウレは愛銃を再装填し、しばらく銃口を突きつけていた。青藍色の義眼を瞬かせ、かの邪悪な気体が完全に燃え尽きたことを確認せねば、仕事が終わったとは言えない。
――いや、今回に限ってはまだ残業がある。
煤と化した悪魔に念を入れて聖水を振りかけたあと、その最後の一滴を、振り向きざま『吊るされた男』にも浴びせた。
「……どうしましょう、この方」
ぽつりと呟いて、男の頬をぺちぺち叩いてみるが、目を醒ます気配はない。
何度じっくり改めても、やはり彼の薄桃色の皮膚の下には、ただの血と肉しか詰まっていなかった。
*
数時間後、町内の宿の一室にて。レウレは煤だらけの身体を清めた。
残りの湯を手桶に汲んで、ちゃぷちゃぷ鳴らしながら寝室へと運ぶと、ちょうど寝台の上で男が眼を醒ましたところだった。
「あら、お目覚めですか」
「……あ……? ……なんか寒……」
「服はこちらに。でも着る前に身体を拭きましょう」
「? ……ってうわぁ俺、裸!? なんで!? ていうかここどこ!? あんた誰!?」
「まあ、ふふふ」
咄嗟に前をシーツで隠す全裸の男に対し、レウレはくすくす笑って答えた。
「わたくしはソント大聖堂のレウレと申します。失礼ながら、貴方が眠っている間に、身体を調べさせていただきました」
「……えぇぇ……いや
「慣れておりますので」
慣れてちゃダメだろ、と男は思ったが、やはりレウレは動じない。
ともかく顔を真っ赤にした彼の身体を拭ってやり、血で汚れていた服の代わりに借りものの修道衣を着せる。
そして宿の主人が厚意で用意してくれた温かい粥をいただきながら、改めて話をした結果――。
男には記憶が一切なかった。どこの誰で、なぜあんな場所にいたのか、何ひとつ憶えていないという。
ちなみに警察によれば、この町の失踪者一覧にも彼に当てはまる人物はいない。
さすがにこれにはレウレも困った。
そもそも生け贄という前例がない。たいていは殺して皮を奪うか、洗脳して手駒にするものだ。
死体を儀式に利用することはあっても、生きたまま吊るすのは初めて見た。
仲間を連れてくるべきだった、と聖女は内省した。魔法陣を記録する暇と余裕がなかったのが悔やまれる。
とにかく珍しい例には違いない。だからこの男自身が何か特別な人間なのかもしれないと思い、全裸にして隅々まで確認したのだ。
結果とくに異常はなかったが、あるいは悪魔がとうとう撃鉄聖女の眼を欺けるようになった可能性もある。その場合は新たな擬態を見破る技術を開発せねばなるまい。
つまるところ、何もかもが不明でも、次の手はもう決まっていた。
「貴方にはソントで審問を受けていただきます」
「はあ、わかりました」
「拒否なさらないんですね」
「しょうがないっすから。何も憶えてないんじゃ、逆にほっぽり出されるほうが困るし……。ある意味『教会で保護してくれる』ってことでしょ」
「ええ、そうとも言えます」
改めてレウレは彼を観察する。
黒髪に緑色の眼をした若い男、歳は自分よりいくらか若く、おおよそ二十歳前後といったところか。
肌は色白で、あまり日焼けをしていない。農夫ではなさそうだ。体格は平凡な中肉中背、替える前の衣服はどこにでもいる町民風であったし、どこかの都市の人間と考えるのが妥当だろう。
全身くまなく調べたけれど、大きな傷や刺青といった、個人を特定できそうな突出した特徴はなかった。
ううむ。見れば見るほど、地味な顔立ち。
「……あのぉ」
美女にじっと見つめられて落ち着かないのだろう、男は困ったように頭を掻いた。その仕草もあまりに凡百だ。
あまりにも平凡すぎるので逆に不安になる。こんなに印象のない顔では、もし以前にどこかで出逢っていたとしても、覚えていないかもしれない。
「お名前、どうしましょうか」
「はい?」
「しばらく一緒に行動していただきますので、ひとまず仮のお名前をと思いまして。何かご希望はあります?」
「ああ……いや、なんも思い浮かばないっす」
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