‡ 3発目_侵略者の名は悪魔

 はるか太古の昔、世界を焼き尽くした巨大な隕石があったという。当時地上の覇者であった大型爬虫類はのきなみ絶滅し、代わりに哺乳類が台頭して、中でもひときわ高い知性を得た人間が文明を築いた。


 人口の増加にともない肥大していく社会は宗教を生み出した。神という絶対の『善』の下、統一された規範という紐で縛めて、共同体を結束するために。

 規律を乱す者は『悪』と見做され排除される。その象徴が『悪魔』である。

 秩序を破壊する神の敵――彼らは古くから、赤黒い肌と長い角を持った姿で語られてきた。


 その原型となったのが、今レウレが対峙している存在、現代的に表現するなら『宇宙人』といったところか。

 かつて世界を塗り替えた隕石は、彼らの船であった。


 招かれざる客の正体は、なんと形のない気体である。一部の研究者によれば、彼らの故郷は液体に覆われていて、そこではあぶくの姿で暮らしているという。

 彼らは水のある星を求めて飛来した。しかし落下の衝撃により、地上はもちろん海中の環境も彼らの想定を越えて激変した。すべてが氷に閉ざされ、寄生すべき生命の多くが滅んでしまい、回復には長い年月を要する。

 そこで彼らは眠りについた。その間も思念波テレパシーを用いて外部の状況を探り、知的生命体との接触を試みていた――それが人の世にたびたび混乱や暴力を呼んだので、秩序を乱す神の敵としての悪魔の存在が信じられた。


 長い年月ののち、目を醒まして本格的に活動を始めた彼らには、もう一つ誤算があった。人間が地上に棲息していたことだ。

 ガス状の身体は陸上では不便が多いので、禍々しい姿の防護服スーツをまとう。それを見た人間が聖書に語られる『悪魔』になぞらえた――偶然だが、その直感は正しかった。


 長い話になったが、簡潔にまとめるとこうだ。


 悪魔は実在した。しかし、その正体は宇宙人であるため聖書の言葉を恐れない。

 よって彼らを排除するには、赤黒い皮膚を物理的に破壊して、内部のガスを燃焼させるしかないのだ。



「我々は君たちが思うよりずっと友好的だよ」

「ではこの儀式は何です?」


 レウレはまず、足元の魔法陣のど真ん中に一発ぶち込んだ。


「これは立派な侵略。大地を穢し、人の命を奪い、主の祝福を穢す――許されざる行いです。

 よって〈撃鉄聖女〉の名において、貴方を滅します」

「やれやれ……血の気の多いお嬢さんだ」


 聖銃を構えても、悪魔は慌てた素振りもない。

 上位種の衣装は極めて頑丈なのだ。レウレがいくら撃ちまくっても、その赤壁が嘲笑うように鳴振するばかり。

 硝煙が狭い室内に籠もっていく。壁掛けや聖書が跳弾に焼かれ、炎と白煙がそこに加わった。


 吊された男は人質か? 哀れな犠牲者か、愚かにも悪魔に従った堕落者か?

 ――考える必要はない。いずれであっても、レウレには彼を救う責務がある。


 つまり聖女は男を避けて悪魔のみを正確に狙い撃たねばならなかった。といっても視界はすでにすこぶる悪く、そのうえ敵の防御が堅すぎる。

 悪魔も全く動じていないあたり、己の防御力によほどの自信があるようだ。ここは出入口が一つだけ、つまり袋小路で逃げ場はないというのに、不気味なほど鷹揚に構えている。

 いや、……もともと悪魔に逃げる気はない。彼らにとってこの星の人間はあまりに弱く、恐れるに足らないのだから。


 ――ガチッ。

 嫌な音とともに銃撃が止まる。弾を撃ち尽くして無防備になったレウレに、悪魔は素早く近づいて彼女の腕をひねり上げた。


「ここまでだ、お嬢さん。悪いことは言わない……我々と共に生きよう、きっと幸せになれる」

「ッ……」

「私にはわかる。君は昔、こんな娘ではなかった。かつての、いや、本来の姿を取り戻すべきだよ……そのために必要なものは私が総て与えてやる。金に、愛に満ちた温かい家、そして逞しい男とベッド……そうだろう? 君はとても、それが欲しいはずだ」


 妙に甘ったるい口調で悪魔は囁いた。気体の悪魔にはもともと腕などないので、新たに生え出たそれはわざわざ人間のそれを模して、革鎧レザーメイルの上から彼女の稜線を撫でる。まるで、人の男が、愛する女にするように。

 レウレはそれを冷めた瞳で見下ろしながら、ふうと小さく溜息をついた。


「わたくし、よほど立派な殿方でなければ満足できません」

「ふふ、ははは、そうだろうとも。安心したまえ、きっと理想的な男をってやる」

「いえ――」


 次の瞬間、悪魔は吹き飛んだ。



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