‡ 2発目_吊るされた男と血の儀式
爆音が轟く。分厚かったはずの扉は、跡形もなく木っ端微塵になった。
人質に当たったらどうする!? と警部たちは青ざめたが、レウレは気にせず足を踏み入れる。埃を手で払う仕草すら、まるで花畑で蝶と戯れる少女のように屈託がない。
やがて煙が晴れ、少しずつ中のようすが見えてきた。
参拝席に挟まれた長い通路。主祭壇の前には、人質と思われる神父と信徒たちが、怯えながら身を寄せ合っている。
犯人らしい姿はないが、どこかに隠れ潜んでいるかもしれない。
しかしレウレは立ち止まったり辺りを見回すこともなく、まっすぐ神父らの元へ向かった。
「皆さま、お怪我はありませんか?」
「あ……あの……貴女は……」
「ソント大聖堂のレウレと申します。貴方がこちらの教区の神父ですね、――人質を解放していただけますか?」
入り口周辺からようすを伺っていた警部たちは唖然とした。何をどう勘違いしたらそうなるのだ。
当然、神父もすっかり困惑して二の句が継げないものだから、代わりに周りが彼を擁護した――なんなんですか貴女、まるで神父様が悪党みたいに。
「あら、違いますか」
「とんでもない! 私たちはここを動くなと言われて……犯人は奥の祈祷室に入っていきましたよ」
「なぜ逃げなかったのですか?」
「それは……怖かったし、下手に動かないほうがいいと……」
信徒たちは顔を合わせ、言葉を濁らせる。
レウレはそこで、手にしている大口径の銃を、神父の顔前に突きつけた。
「何をッ……!?」
「そう。動くなと、この神父が申したのですね」
「……そ、う、ですけど……――!?」
民の言葉を遮って、ガァン、と乾いた銃声が響く。
聖女の放った弾丸は神父の頭部を撃ち砕いた。……いや、それはもう、別の『何か』だった。
明らかに銃創とは異なる螺旋形に変形した頭部。異常に曲がりくねった手足。まるで人の皮を、虫か何かに無理やり着せたような、おぞましい造形のモノがそこにいた。
信徒たちは悲鳴を上げて後ずさる。その中に、ギギィ、という奇妙な音も混ざっていた。
「皆さま、お逃げください。これは神父ではありません」
「ギッ……なゼわカった、阿婆擦れ!」
「この眼は
本物の神父はどちらですか?」
「聞いてドウする、もう死ンでルよ。ギィヒヒ――」
「ふう……」
まともに答える気のない悪魔の嘲笑に、弾丸を叩き込んで黙らせる。
「下っ端と口を聞いても無駄でしたね」
「グ……がァ……!」
「早く
ぶつぶつ独りごちる間も銃声は止まなかった。
着弾のたびに紫色の炎を噴き上げ、神父に化けていた下級悪魔はやがて炭になる。
彼女の放つ弾丸はすべて神の祝福を受けた素材で作られている。長ったらしい祈祷や細かな儀礼作法を省き、いわゆる
聖書は読まない。というのも――彼女が相対する『悪魔』は、いわゆる宗教上の『神の敵』とは厳密には異なる。
紫炎を背に、レウレは進む。
主祭壇の奥にいくつかの扉があり、うち一つが祈祷室へ続いている。本来なら神父以外は立ち入ってはならない禁域だ。
聖女はそっと扉に手をかけた。こちらは施錠されておらず、ドアノブはすんなり回った。
果たしてその中は、――邪悪な儀礼場だった。
床には禍々しい紅蓮の円陣。おぞましい文字の一つ一つが血で描かれている。
哀れな
この程度は予想の範囲内であったので、レウレはさほど驚くこともなく、ただ頬の上で静かに嫌悪を浮かべた。
意外だったのは、円の中心に人影が二つあったこと。
一人はもちろんこの事件の真犯人、穢れた悪の魔法陣の主。被っていた人の皮はすでに破れ、本性があらわになっていた。
まだらの赤黒い肌、体毛の代わりに全身あらゆる場所から生え伸びた白い角、黄金の瞳。典型的な悪魔の様相を呈している。
もう一人は、天井のランプから吊るされていた。
服こそ血で汚れているが、裾から覗く肌は白く、頭は黒髪に覆われている。どこにでもいそうな人間の男に見える。
少なくともレウレの眼には、皮の下に悪魔の姿を捉えることはできなかった。
「もう来たか。いつもいつも、なぜ君たちは我々の邪魔をしたがるのかね」
「貴方がたが神の敵だからです」
「心外だ、敵対した覚えなどないのに」
野蛮な姿とは裏腹に、上位の悪魔は知的な言葉遣いを好む。だからこそ一層たちが悪い。
彼らは人を殺してその皮を被り、人間社会に紛れ込んで、尤もらしい言葉で民衆を惑わす。教会こそが人心を誑かす悪かのように信じ込ませてしまう。
そうして悪魔の信奉者に仕立て上げられた人々が、本来犯すはずのなかった罪を肩代わりさせられるのを、何度も見てきた。
本質が邪悪なのだ。彼らは秩序を破壊する。
この怪物は――宇宙の彼方から飛来した侵略者は、だからこそ、悪魔の蔑称が相応しい。
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