〈撃鉄聖女(ガンナ・マリア)〉の清き祝福(だんがん)

空烏 有架(カラクロアリカ)

‡ 1発目_美しい修道女には銃が似合う

 北暦3045年 紅葉月もみじづき15日


 ファズール東部の小さな町の教会で立てこもり事件が起きた。人質は参拝中の信徒数名。

 この地域の住民はみな敬虔なガレアン教徒だ。誰もが一日二度の礼拝を欠かさないので、あるいは自分も巻き込まれていたかもしれないと、人びとは慄いた。


 扉は固く閉ざされて内部の状況はわからない。犯人が呼びかけに応えないので動機も不明。

 警察はとりあえず教会の周り一帯を包囲したものの、下手に突入もできずに手をこまねいていた。


 ――そこへ、彼女はやってきた。


「申し。わたくし、ソント大聖堂の者ですが、この場の責任者はどちらでしょうか?」


 絹糸のようになめらかな声でそう告げるのは、生成りの修道服に身を包んだ若い女だ。

 ソントといえばファズール州で一番大きな都市。その大聖堂はガレアン教会ファズール分会の座主、つまり周辺地域の教会組織の元締めである。

 恐らくは事件を聞きつけた大聖堂のお偉方が、ようすを見てこいと派遣してきたのであろう。……にしては到着が早すぎるが。

 それに大聖堂からの使者が修道女であることも疑問は残る。


 ともかく、たまたま声をかけられた下っ端の警官は、やや赤面しながら彼女を案内した。

 そう――彼女はたいそうな美人だった。


 頭巾フードからこぼれる艶やかな栗毛。同色の長いまつげに覆われた瞳は大粒の蒼玉サファイアで、左目の下に泣きぼくろがある。

 陶器のごとき白い肌は、ともすれば冷たさを覚えるほどに透明で、そこらの町娘とはまるで違った。

 あまつさえ首の下はどんな酒場の踊り子よりも肉感的な身体つきだ。何がすごいって、爪先も見えないゆったりした長衣ローブの上からでも、その肢体の妙が匂っている。


 周囲の警官たちも揃って鼻の下をのばすか、あるいは幸運な先導エスコート役への羨望の眼差しを隠さなかった。

 田舎町ではお目にかかれない都会的な美女だ。包囲網の外で野次馬をしていた男性どころか、女性たちさえもまじまじと彼女を眺めては、感嘆と嫉妬と憧憬の入り混じった溜息を漏らしている始末。


 さて、美貌の修道女はそんな周囲ギャラリーの反応など一顧だにせず、現場責任者の警部にしずしずと一礼した。


「ソント大聖堂より参りました〈撃鉄聖女ガンナ・マリア〉のレウレと申します。状況はいかがでしょうか」

「ガン……なんだって? いや、まあいい、警部のサブララールだ。見てのとおり難航しとる」

「まあ、何故です? それと……こちら、事件現場というわりに、ずいぶん静かですね」

「だからだ。本人ホシの目的がまったくわからんので打つ手がない」

「そうでしたか。ではやはり……」


 レウレは教会を振り返り、その入り口上部に刻まれた祭壇十字を一瞥してから、再び警部に向き直った。

 そして彼の手をぎゅっと握り、彼の野太い眉毛に埋もれそうな小さな瞳を、至近距離でじっと覗き込みながら、言う。


「ここから先はわたくしにお任せください」

「えっ? あ、いや、そのッ、いやぁ、えーと……あ、あなたのようなか弱い女性が、いいいいけません、そんな危険な真似などさせたら私の首が飛びますぞ……」

「いいえ、わたくしはこのために参ったのです。それと、ご存じないようですから、ご説明いたしましょう」


 彼女はにっこり微笑んで、ようやく警部から離した手を自らの衣装の留め具へと伸ばした。

 ぷつん、ぱちん、と一つずつ金具の外れる音がする。周囲の主に男性陣が眼を見開いて彼女に注目した。警部が泡を食って止めるのも聞かず、修道女は公衆の面前でその聖なる衣を脱ぎ捨てる。


 清楚な修道服の下は、頑丈な竜革ドラコ・レザー製の帷子だった。鈍色に輝く無骨な鎧は、レウレの修道女にあるまじき煽情的スキャンダラスな肉体美を隠すどころか、かえって強調している。

 しかし驚くべきはそこではない。彼女はおよそ聖職とは似つかわしくない巨大な銃を抱えていた。

 両腿のポーチから弾倉マガジンを取り出し、慣れた手つきで淀みなく準備を済ませたレウレは、呆然としている警部たちに一礼して告げる。


「わたくし共〈撃鉄聖女〉はソント大聖堂の『祈る兵器』……つまり教会直属の兵士です。戦闘訓練を受けておりますから、どうぞご心配なく。それでは行ってまいります。

 ――ああ、修道衣を預かっていただけませんか? 無くしたら叱られますので」


 栗色の長髪を靡かせて、武装した聖女はくるりと聴衆に背を向けると、こともなげに教会の扉を叩いた。


「申し。中に入れていただけませんか?」


「……」


「……、お返事がありませんね。では失礼いたします」


 ほんの数秒で相手方に返答の意思なしと見做し、レウレは担いでいた銃を構える。

 拳銃ならまだしも対戦車砲バズーカのような大口径だ。いくら訓練を受けていようと、女の細腕で扱える代物ではない。

 少なくとも反動で肩を壊す、あるいは発射もままならないのではないか――という周囲の疑念は、一秒後に吹っ飛ばされた。



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