第16話:新米探索者の双子



「【防護プロテクション】」



 鋭く獰猛な爪を立てるワイルドファングと、隙を突かれた男の子との間に、半透明な光の壁が──僕の防御魔術が割り込む。間一髪で攻撃を防ぐことができた。


 でも、瞬時に展開した【防護】はひどく脆く、ワイルドファングの爪が刺さった箇所から亀裂を走らせあっけなく砕け散る。



「──【防護プロテクション】」



 改めて【防護】を張り直したところでようやく男の子と女の子は自分たちへの攻撃が防がれたことを理解したようだった。


「あっ、ありがとうございますっ!!」


「あんたは……?」


 ふたりが振り返り、背後に居た僕を見つめてくる。


 男の子と女の子はお揃いの革鎧に、髪の鳶色も翡翠色の瞳も、目鼻立ちもよく似ている双子だった。


 ふたりが首から下げたギルドタグは僕と同じく銅色を見せていて、CランクかDランクの探索者であることを示している。


 不意に助けられたせいで集中力が途切れたのか、双子の子供たちは気が緩んでしまっていた。


 でも【防護】が作り出した隔たりの奥でワイルドファングが苛立ちを隠すことなく再び爪を立てているんだ。よそ見をしている場合じゃない。



「気を抜いちゃダメだっ! 早くこいつらを倒して逃げないと次が来るよっ!」



 すっかり構えが崩れてしまっていた双子を一喝した僕は即座に魔術を構築する。


「【雷威トルボルト 】」


 僕が近距離から放った雷撃はさっきよりも高い精度と威力で、直線の軌道を引きながら目の前のワイルドファングを顔面から貫いて消し飛ばした。


「す、すごい……っ!」


 自分たちが苦戦していた相手を一撃で屠る威力の雷撃に女の子が感嘆していると、男の子がすかさず前に出た。


「──なんだかわかんねぇけどチャンスだッ!! 頼むぜルニアッ!!」


「あ、うんっ!!」


 男の子は自身の身の丈ほどの大きさを有する大剣を何故か軽々と振り上げ、残るワイルドファングに切り掛かる。


 でも、ワイルドファングは機敏な動きで大剣の切っ先をあっさりと躱してしまう。


 そのうえワイルドファングは狡猾に反撃の隙を伺う余裕すら感じさせていた。

 


 闇雲に大剣を振るってワイルドファングに苦戦を強いられる男の子フリッツくん。


 フリッツくんの後ろで杖を構えた魔術師風の女の子ルニアちゃん。


──ルニアちゃんがフリッツくんの背中に小さく魔術を唱えた。補助魔術だ。


 フリッツくんの身体をルニアちゃんの魔力が淡く包み込むと、大剣を振るうフリッツくんの動きにすこしだけ速さが増した。


 補助魔術で身体能力を高めたんだ。フリッツくんが大剣を軽々と扱うことができるのも何かの補助魔術なのかと思ったけど、違う。


 フリッツくんにそこまでの補助魔術はかけられてはいない。


 じゃあなんで普通の男の子が自分の身の丈ほどもある長さの大剣を扱えるのか、僕が視ているだけではわからない。


……気になる、けど、今はそれどころじゃない。


「──ぼ、僕が動きを封じるよっ! 止まった隙に攻撃を!」


「お、おう、わかったよ!」



 ワイルドファングが飛び掛かるように地を蹴った瞬間を狙った。跳躍して地を離れ宙に浮いた足を掴み止めるように。


「──【拘束バインド】」


 ほんの一瞬だけ、その場にワイルドファングの足を一本だけ繋ぎ止めた。


 空中で足を掴み止められたことでワイルドファングは一瞬ビクリッと静止し、飛び掛かった勢いを無くす。


 そして、ワイルドファングはフリッツくんを前にして地面にその身体を落とした。


「──今だっ!!」


 不意に自分の身体が地に落ちた驚きで反応が遅れるワイルドファングに、フリッツの大剣が振り下ろされる。



「……や、やったぁ!! ワイルドファングを倒したぞ!!」


「た、助かったんだ私たち……っ」



 喜びを噛み締める男の子フリッツくんと安堵してその場にへたり込んでしまった女の子ルニアちゃん。


 でも双子はすぐに僕の方に向き直ると、キラキラと輝くような眼差しを向けてくる。


 僕は反射的に、身を隠したくなって思わず一歩身を引いた。


「なんだかわかんねぇうちにワイルドファングを二体も倒せたなんてすげぇ!! 本当に助かったよ兄ちゃんっ!!」


「私もっ! 助けてくださってありがとうございました! 私たちだけじゃどうにもならなかったから、本当は怖かったんです……だから、ありがとうございましたっ!!」


「え……っと、助けられて、よかったよ。 でもまだワイルドファングの群れが近くに居るから、早く街まで帰ろう」


 すっかり気を抜いてしまっていた双子だったけど、僕が残るワイルドファングの存在を告げた途端に自分たちも周囲を見渡したり耳を澄ませたりしている。


 魔物が蔓延るような場所で気を抜くのは良くないけど、すぐに警戒心を取り戻せる気持ちの切り替えができるのは良いことだ。


「ルニア、立てるか?」


 すぐに移動を始めないと。ワイルドファングの群れが僕たちとの距離を詰めてきていた。


 まだ地面にへたり込んだままだったルニアちゃんにフリッツくんが手を差し伸べた。


 フリッツくんの手を取って立ちあがろうとしたルニアちゃんだったけど、短い呻き声とともに表情を歪めた。


「──痛……ッ、ごめんっ。 気が抜けちゃったせいかな……さっきより、痛みが……っ」


 立ち上がれないままのルニアちゃんは左の足首を手で押さえている。


「やっぱり君は怪我をしてたんだね? 僕が診てみるよ」


 ワイルドファングの群れから逃げきれずにいたのは、やっぱりルニアちゃんが足を怪我していたからだ。


 ルニアちゃんのそばに寄り、ルニアちゃんが自分の手で押さえている箇所に僕はそっと手で触れる。


「……骨が折れてるわけじゃないけど、腫れが酷いね……すぐにちゃんとした治療をしたいけど……」


──【魔力探知】の感知範囲内で魔獣がにじり寄ってくる。


 仲間をやられたことで警戒心が強まったのか、一気に距離を詰めて襲いかかるようなことはしないみたいだ。


 でも、周到に包囲して確実に獲物を仕留めようという殺気が【魔力探知】を通じて肌に突き刺さる。


「……とりあえず痛み止めをしながら、僕が君を背負うからすぐにここから逃げよう」


「えっ、あわわ……そそこまでお世話になるわけにはいきませんっ!」


──【治癒ヒーリング


 僕は補助魔術師とはいえ、ミリアムのように専門的な治癒魔術は使えないけど、痛み止めぐらいは出来るはずだ。


 治癒魔術は……Sランク探索者の頃すら下手くそだってよく揶揄われていたんだけど。


──それでも今は、傷や怪我を治す治癒薬より即効性のある治癒魔術を使うべきだと思う。


 それを使うのが僕じゃなく、ミリアムや治癒魔術を専門的に扱える治癒魔術師なら瞬時に完治させてあげられるんだろうけど。


……僕には、それができないから。ルニアちゃんには悪いけど、今はこれで我慢してもらうしかないんだ。


 僕が展開した治癒魔術の淡い緑の輝きを瞳に映したルニアちゃんの表情から痛みの色が消えていく。


「……わ、痛みが……消えていきます! これなら私自分でも歩け──ッ!!」


 痛みが引いて普通に立ちあがろうとするも、まだ立ち上がるのがやっとの状態であることには変わりない。


 痛めた足が地を踏みしめられずに、ルニアちゃんは体勢を崩してしまう。


「無茶したって仕方ないだろ? あんまり兄ちゃんに世話かけたくないのはわかるから背負うのは俺が……」


 ふと、言葉を途切らせたフリッツくんが首を傾げてポカンとした顔で僕を見つめてくる。


──でもその表情はすぐに切り替わって快活に笑う男の子の顔になる。



「──俺っ、兄ちゃんとは初めましてだっ!! 俺はフリッツっていうんだっ! こっちはルニアで、俺たち双子なんだけど俺の方がルニアよりちょっと早く生まれた兄貴なんだぜっ!!」


 何事かと思ったのはルニアちゃんも同じだったようで。


 突然始まったフリッツくんの自己紹介にルニアちゃんが「今そんなことしてる場合じゃないでしょ?! 私がルニアですっ、よろしくお願いします!」と叱りつけている。


 ルニアちゃんもちゃっかり自己紹介するんだ。


 僕よりいくつか歳下であろう双子の子供たち。元気いっぱいのお兄ちゃんフリッツくんと妹だけどしっかり者のルニアちゃんってところなのかもしれない。


 ひとりっ子の僕には兄弟がいる感覚は分からない。けれど、みんなが兄弟のように育てられていた孤児院の子供たちを見てきた僕は、あの子たちを思い出しながらすごく微笑ましい気持ちになっていた。


「えっと……うん、初めましてっ、フリッツくんにルニアちゃん。 僕はルクス、補助魔術師の探索者ですっ」


「ルクス兄ちゃんっ!!」


「ルクスさん、よろしくお願いしますっ!」


 キラキラと瞳を輝かせてくる双子の姿は本当に眩しく見えたんだ。


「──それでね、フリッツくんがルニアちゃんを背負うと剣が振れなくなっちゃうよね? 僕なら手が塞がっても魔術は使えるから、僕がルニアちゃんを背負った方がいいと思うんだけど……嫌、かな……?」


 僕が恐る恐る言葉で説明した状況を、フリッツくんは自分の頭のなかで思い描くように、短く考え込みながら首を傾げた。


「──確かにっ! 俺っ、手が塞がったら剣振れないや!」


 納得がいったみたいで晴れやかな笑顔で大剣を構えてみせるフリッツくん。


「私は全然嫌じゃないです! でも私、重……いえ、ルクスさんのご迷惑になるんじゃ……」


 ルニアちゃんの方はまだ踏ん切りがつかないといったような態度を見せたけど、そんな理由なら気にする必要もないことだ。


「僕は大丈夫だよ。 さぁ、早く動かないともうワイルドファングの群れに囲まれちゃう」


「わ、わかりました。 本当にありがとうございますっ! よろしくお願いします!」


 ルニアちゃんは、急かすように言った僕の言葉に素直な返事を返してくれるんだから、状況が切迫しているということをちゃんとわかっているんだろう。


 僕がルニアちゃんを背負って、ワイルドファングを避けるように誘導しながら先を走る。



「──あっ、これは……俺がふたりを護るってことだよなっ! そうだよなっ?! うわぁ……これだよこれっ! 騎士っぽいっ!!」


「き、騎士っぽい……?」


 必然的に後ろを着いてくるかたちになるフリッツくんは自分でもしきりに背後を警戒しながら嬉しそうに声を弾ませる。


「フリッツくんは騎士に憧れてるんだ?」


「うんっ! 俺、将来はアルストロメリア騎士団に入ってたくさんの人を護るんだっ! そんでもって騎士として活躍する俺がついでにうちの鍛冶屋を宣伝するっ!」


「もうッ! フリッツったらまたついでとか言うんだから!」


「えっと、ふたりのおうちは鍛冶屋さんなの?」


「そうなんです! フリッツは騎士を目指していますけど、私は鍛冶屋を継ぐのが夢なんですよー!」


 僕はこの子たちと今しがた出会ったばかりだ。

 それでも、自分たちの将来について夢を膨らませる双子が大きくなった時の姿を、すこし想像できるような気がする。


「ふたりともすごいね! ちゃんと将来のことを考えてるなんて……」


 関心している僕の耳元で、僕に背負われたルニアが小さな声で話をはじめた。


「まぁ、すごいのはフリッツの方なんですけどね。 私たちが今、探索者をしているのはフリッツが強くなるために、私が自分でも鍛冶屋で使う素材を集められるようになるために、ってフリッツが考えたからなんですよ」


 何も考えてないような顔してますけど、私たちの将来のことを真っ直ぐ見つめて考えて……私はそれに、便乗してるだけです。


──そう語るルニアちゃんの声が、すこし陰りを見せたような気がした。

 フリッツくんに頼りっぱなしになってるみたいだとか気にしてるのかな。


「……ルニアちゃんも凄いんだよ。 将来への進み方を決めたのはフリッツくんかもしれないけど、実際に歩いているのは君自身なんだから」


 僕も、ルニアちゃんだけに聞こえるぐらいの声量で思ったことを伝える。


 自分のちからで自分のしたいことへと向かって歩いていくルニアちゃんの姿を、今の自分の姿と重ねてしまって応援したくなったのかもしれない。


 僕自身も、大丈夫、自分のちからで歩いていけるって、誰かに言ってもらいたいのかもしれない。


「……っ、はいっ!」


 明るくてはっきりとした返事が、僕の気持ちまで明るく照らしてくれるみたいで、思わず僕の表情まで綻んでいた。


「それにさ……ふたりで歩めるのは楽しいでしょ?」


「──っ、はいっ!はいっ、本当にっ、すごく楽しいですっ!!」


 表情を見ることができなくてもわかる、嬉しそうに弾んだルニアちゃんの声。


 自分で言った言葉だけど、そんなふうに明るさを帯びてくれるとちょっとだけ羨ましくなる。本当に楽しいんだろうな。



「──えっ、何だよルニア、ルクス兄ちゃんと何の話してるんだよ?」


 僕とルニアちゃんはフリッツくんには聞こえない声量で話していたけど、今のルニアちゃんの声はさすがにフリッツくんの耳にも届いたみたいだった。


「ふふっ、内緒よ内緒っ! 内緒ですよ、ルクスさんっ!」


「うん、そうだね、内緒っ」


 すごく気になるといった顔をしているフリッツくんに、僕とルニアちゃんは悪戯っぽく笑う。


「えぇっ!何だよぉー!」

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