第17話:依頼完了報告
僕と双子の探索者フリッツくんとルニアちゃんは、そのあと運良くワイルドファングの包囲を抜けて王都ロイザームのギルドまで戻ることができた。
ギルドには治癒魔術の扱いを専門とした治癒魔術師が常駐する治療室と呼ばれる部屋がある。
ギルドに戻った僕たちはまずルニアちゃんを治療室まで運んだ。
ルニアちゃんが治癒魔術師の治療を受けている間に、僕とフリッツくんはギルドカウンターにて依頼の完了報告をしていた。
「──んでさっ!俺もルニアもすげぇピンチでワイルドファングがぐわぁあって飛びかかってきたけどっ、ピカッって魔術の壁が現れて! それがルクス兄ちゃんの魔術だったんだけど、バーンッてなってっ!俺もドカーンッってワイルドファングを倒したんだっ! そのあとルクス兄ちゃんがルニアの足をふわぁって治してくれてさっ!!」
「……えっと、うんっ。 ──じゃなくて、はい! 概要は把握いたしました。 ワイルドファング討伐に関してはお二方の依頼の範囲外ですので、討伐数に応じて追加報酬が加算されます」
ぐわぁあ、ピカッ、バーンッ、ドカーンッ、ふわぁ……。
ギルド職員の女の人は困ったような顔で、だけどまだ幼い探索者の少年があまりにも明るく話すのだからどこか楽しそうに依頼の報告を書面に書き記していた。
年齢に関係なく丁寧な言葉遣いを心掛けるギルド職員さんの姿は、職員としての誇り高さのようなものを感じさせる。
「──では、探索者フリッツさん、ルニアさんお二方の探索依頼の完了報告は承りました。 報酬の申請は別途行っていただきますのでよろしくお願いいたします」
「はーいっ、ありがとうございましたっ! リナ姉ちゃんっ!!」
こうして探索者の双子の探索依頼は完了した。
僕も自分が受けていた依頼、【森林探索】の完了報告を残しているから、ルニアちゃんの元へと向かうフリッツくんをここで見送った。
ギルドカウンターでフリッツくんの報告を受けたギルド職員さんは、ここで僕が探索者としての活動登録をしたときに担当してくれた人だ。
リナさんっていう名前だったんだ。そういえば知らなかった。
「ルクスさんは【森林探索】の依頼を受注されていましたよね? ルクスさんも依頼の完了報告をなさいますか?」
そんなことをなんとなく考えて立ち尽くしていた僕に、ギルド職員のリナさんは美しく微笑んでくれる。
「あ、はい。 といっても、ほとんど薬草採取をしただけのようなものなんですけど……」
「いえいえ、新人探索者の救出は素晴らしいご活躍です。 ギルド職員として厚く御礼申し上げます!」
リナさんは凛々しく頭を下げて、お礼を述べる。そして頭を上げる動きをすると見せかけて、ギルドカウンターにすこしだけ身を乗り出して小さく口を開いてくる。
「──つきましては、申し訳ないのですがぜひ双子を救出した時のご報告を頂きたくっ!」
……あー、やっぱり分かりにくかった、のかな?とは、あえて口に出さないようにした。
そのかわりに……ではないけど、なんとも言えない顔をした僕の表情を見たリナさんは、僕が口に出さないようにしたことを察して苦笑いしている。
「──……でも、僕もあの子たちがどうしてあんな状況になったのかまでは分からないんですが……」
僕は自分が受けた【森林探索】の依頼の完了報告を交えながら僕が見知った限りを話した。
「……なるほど。んー……」
僕の依頼完了報告を元に作成した書類を見つめながらリナさんは何かを考え込む。
「……ほ、報告に何か……問題がありましたか?」
「──い、いえっ、とてもまとめやすい報告でした! 何も問題はありません! ただすこしだけ気になることがありまして……」
「……ワイルドファングの群れが衝突していた部分、ですか……?」
僕自身も、すこしだけ気になっていた点ではあった。まぁ……あり得ない話、ではないし、ワイルドファング自体はさほど脅威的な存在じゃないから、深く捉えなきゃいけないことではないと思うけど。
「……はい。ワイルドファングは縄張り意識が強い魔獣ですので、安易に他の群れの縄張りを侵すような真似はしないと思うのですが……」
「……そう、ですね。 獲物がふたりの子供だったという理由だけで、ふたつの群れが衝突にまで発展したりはしないでしょうし……」
「とりあえず、この件はギルド側でも気にかけておきます。 原因の調査が必要かどうかはまだ判断しかねるので、様子見となるでしょう。 ルクスさんもご注意くださいませ」
「はい、分かりました」
僕の依頼の完了報告も終わり、あとは採取した薬草と報酬を交換するだけだ。
ギルドカウンターを発とうとした僕は、リナさんに引き止められた。
「なんだか、ルクスさんってベテランの探索者のようですね! ランク的には新人のはずなのに落ち着きがあるというか貫禄? があるようにすら感じます」
「……そ、そんなことはないですよ」
探索者である僕、の経歴は進んで誰かに聞いてもらうようなものじゃない。
秘匿事項というわけではないはずだから、調べれば分かることだけど、無理に話すようなことでもない……と、思った。
「ふふっ、これからのご活躍に期待させていただきたいところですっ」
「……僕には、そんなちからはありません」
リナさんに聴こえるだけの声量を返せたのかはわからない、けど、僕はそのまま立ち去った。
──今回の依頼で、ある程度は実戦での自分のちからの現状を把握することはできた。
魔術の展開自体はほとんど問題なく出来そうだけど、魔術の構成が安定しないみたいだ。
おかげで魔術の効力にムラができる。
だけどそれは、【魔力探知】や【増強】のように、あえて効力を弱めにして魔術を展開すれば、いくらかは安定性が確保できるみたいだった。
……複雑な術式の魔術は結局、使わなかったし、たぶん、出来ない……気がした。
「……あの術も……出来なく、なっちゃったのかな……っ?」
手のひらの上で小さく術式を描いても、それに魔力を込める勇気は、今の僕にはないい。
術式に魔力を込めて、展開するのが、怖い。
もしも展開してうまく効力が発揮出来なかったら?
そもそもちゃんと魔術として展開できるの?
考えただけでも怖くて、暗い考えから目を背けるように、僕は術式をかき消してしまう。
──術式を描いた僕の手のひらは、ひどく震えていた。
「──あっ、ルクス兄ちゃんっ!」
遠くからでも、明るくて元気な声が僕の鼓膜を揺らす。そのおかげか、僕は手の震えも忘れて声が飛んできた方向に意識を向けた。
「ルクスさんっ、お疲れ様ですっ!」
僕を呼び止めたのは、治療室から出てきていたフリッツくんとルニアちゃんだった。
「ルニアちゃん、もう歩いて大丈夫なんだ?」
「はいっ、もう歩いても大丈夫です!」
歩く足運びに特に異常はなさそうで安心した。足首の痛めていた部分には、湿布が貼られた上から包帯が巻かれている。
まだまだ成長期の子供の怪我を安易に即完治させるのは、それはそれで身体に負担がかかるんだ。
「その様子だと、数日安静だね。 問題なく歩けるからって、いっぱい走ったりましてや依頼を受けに行ったりするのは絶対にダメだからねっ」
怪我をしないのが一番なんだけど、探索者として依頼を受ける以上、怪我をするのは避けられない。
怪我をした時は、時間をかけてでもちゃんと自分の自然治癒力で身体を治すことも重要なんだ。
「……うぅ、治療室の治癒魔術師さんにも同じことを言われました……」
ルニアちゃんはしばらくは動き回りたい気持ちを無理にでめ抑えなきゃいけないことにちょっぴり落ち込んだような顔をしていた。
そんなルニアちゃんの周りを、フリッツくんがぴょんぴょんと元気よく飛び跳ねている。
「ちゃんとおとなしくしてなきゃダメだぞ、ルニアっ!」
「フリッツにだけは言われたくないわよっ!」
ルニアちゃんが怪我をしたのは足首だけだったんだから、ルニアちゃんは無傷の拳でフリッツくんをぶん殴っていた。
「──よーしっ! 依頼も達成したし、街にいこうよっ、兄ちゃんも一緒にっ!!」
ルニアちゃんにぶん殴られたのを気にも留めずにフリッツくんが僕の手を引いてギルドから飛び出した。
「──えっ、ぼ、僕もっ?! ちょっ、と待ってっ、ルニアちゃんはっ?!」
「ちゃんと着いてきてるんで大丈夫でーすっ!」
ルニアちゃんは治癒魔術師の言いつけ通りちゃんと走らず歩いて着いてきていた。
フリッツくんも急に飛び出したとはいえ、ルニアちゃんが僕たちを見失わないようにある程度の距離は保っている。
「うんうんっ、大丈夫だいじょうぶ!! まずは腹ごしらえからだぞーっ!!」
「フ、フリッツくんっ、わかったから! 僕もちゃんと一緒に行くから手を離してってばっ。 あとルニアちゃんと歩調を合わせてあげなきゃっ!」
ロイザームの街並みは、僕には物珍しくて目移りしてばかりいる。何人も道行く人を避けながら、僕の目は忙しなくあっちこっちを視界に入れる。
たくさん鮮やかな色を見せる果物屋に野菜屋、どんなものがあるのか足を止めて眺めたくなるような雑貨屋に仕立て屋。
あとは、どこからともなく香ばしく焼ける肉の匂いが漂ってくる。
「おっちゃん、牛肉串ちょーだいっ!」
「三本くださいなっ!」
肉が焼ける匂い、思わずよだれが出そうな良い匂いを届ける店はすぐ近くにあったようだ。
「おぉ、双子じゃねぇか! 今日も依頼の帰りか?」
僕が余所見をしながら歩いているうちに、その店で足を止めたフリッツくんとルニアちゃんがすでに何かを店主の人に注文していた。
「肉串屋さん?」
店主さんひとりで切り盛りしているらしい小さな屋台。一口大に切った肉をいくつも串に刺した串肉を目の前で焼いて振る舞うお店みたいだ。
お店の前に立つと、もう僕の嗅覚は肉が焼けて脂の滴る香りに満たされてしまう。
「──ほらよっ! 牛肉串三本っ! なんだ今日は奮発するじゃねぇか? 豚串より高いやつを頼んだうえにいつもより一本多い、なんかデカい依頼でもこなしたかぁ?」
威勢の良いおじさんが焼き上がった肉串をフリッツくんとルニアちゃんに一本ずつ渡した。
お店の店主さんと双子はなんだか顔馴染みの雰囲気を見せるんだから、ここは二人の行きつけのお店なんだとわかった。
「今日さっ、俺とルニアでワイルドファングを倒したんだぜっ!!」
「すごい補助魔術師の人に助けてもらって、ねっ!! あと一本はその人にっ!」
ルニアちゃんがそう伝えると、店主のおじさんが僕の前に焼きたての肉串を差し出してくれる。
「はははっ、なんだなんだぁ? すげぇじゃねぇか、やっとこさ探索者らしいことができたってか?」
香ばしく焼けた肉に香りだけでわかる甘辛い味付けのタレが滴る肉串を前に、思わず僕のお腹が鳴る。
「あ、ありがとうございますっ。 えっと、いくらですか?」
大ぶりな一口大の牛肉の塊が五切れ串に刺さっていて、こんがりと焼き色が付いて、肉から溢れ出る脂と甘辛タレが滴る肉串。
今にもかぶりつきたくなる一品を前に我慢する方が無礼な気すらしてしまうけれど、僕はそれでも我慢しながら財布を取り出した。
「ふふふっ、これは俺たちからのお礼の品ってやつだぜっ!」
「助けていただいたお礼の奢りですっ!」
得意げな顔をするフリッツくんとルニアちゃんはすでに肉を頬張っていた。ずるい。
「お、お礼なんていいのに……っ、でもありがとうっ、いただきますっ!」
これ以上待つ必要は無いとわかった僕も肉串にかぶりついた。
弾ける。溢れる。力強い肉の弾力を歯で感じた瞬間、弾けるように口の中で溢れ出た肉汁を飲む。
肉の表面に塗られた甘辛いタレが牛肉の脂と混ざり合って旨味が喉を潤すほどだ。
歯で咀嚼した肉が柔らかく解けるのに、噛み応えがあって力強い。食べていることを実感できて、身体の底から元気が溢れてくるみたい。
「──美味しいっ! すごく美味しいですっ」
肉の串焼きを食べたことがないとか、物珍しいとか、そういうことではなかったけど、無性に美味しく感じられた。
半ば興奮ぎみに肉を頬張る僕を、店主のおじさんがにこやかに見つめている。
「そんなに喜んでくれるとは嬉しい限りだなっ! この坊主に手伝ってもらってワイルドファングを倒したんだって? これだけ喜んでくれたんならちゃんと礼になったんじゃねぇか?」
「──はいっ! フリッツくん、ルニアちゃんありがとうっ」
「へへっ、どういたしまして、ってやつだな!」
「私たちの方が助けられたんだから、それってなんか変じゃないフリッツ?」
肉串を食べ切った僕たちは、満足感に満たされながら肉串屋さんを後にした。
……満足した、はずなのに。また、来たいっ。また肉の味を堪能したいっ。
僕は肉串を味わった余韻を、よだれと一緒に飲み込みながら双子に続いて街を歩く。
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