第14話:Dランクの探索依頼
……いつまで、そうしていたのかは分からなかった。けど、気が付かないうちに眠りにつくことができた、みたいで、ほんのすこしは……気が紛れた、と思う。
トラウマの原因が分かっている分、次はここまでのことにはならないとは思いたいけど……今後も同じようなことになるのは避けたい。
「……っ、痛……っ」
宿に戻るまでに転んだりぶつけたりした時の、身体中にできた傷がすこしだけ、痛む。
手当てなんてしなくても放っておけば治る程度の怪我なのに、嫌な記憶と重なるかのように、ズキズキと痛む。
部屋を出て一階に降りると、アライアさんが心配そうな顔で声をかけてくれる。
「おはようございます、ルクスさん。 って言ってももう昼前ですけど。 昨日は、大丈夫でしたか? なんだか血相を変えて戻ってきてましたけど……」
「おはよう……ございます……、すみませんお騒がせしたみたいで……一応、もう大丈夫です……」
「とりあえず、傷の手当てをしましょうか! 探索者さんだって怪我を放ったらかしにするのはつらいですよねっ」
顔色も良いとは言えない僕の姿に、アライアさんは悲しげな表情を滲ませたものの、すぐに振り払って明るく振る舞って見せてくれる。
「あ、あぁ……いえ、気を遣わせてしまってすみません……っ、これぐらいなら自分で……」
「まぁまぁお気になさらずにー! 私こう見えて小器用なので、お医者さんほどではないですが応急処置は得意なんですよー!」
どこから出した、と思わせるほどさりげなく、すでに応急処置のセットが用意されていて。
なんとなく抵抗する気力を持てずにいた僕は、されるがままに手際の良い応急処置を施されて、傷の手当てをしてもらった。
「お腹空いてませんか? 何か食べられるならちょっと遅いですけど朝ご飯にしましょ! 実は私もまだ朝ご飯たべてなかったんですよねー」
アライアさんは自分の応急処置の出来栄えに胸を張りながら笑顔を花咲かせているんだから、僕は心まですこしほぐれるような心地良さを抱いていた。
「……は、はい。……ありがとう、ございます……っ」
それから僕は、アライアさんと一緒にすこし遅めの朝食を摂った。
にんじん、タマネギ、トマトにキャベツなどたくさんの野菜をすこし大きめに刻んで煮込んだスープと、宿で焼いているという温かくふわふわのパン。
熱くはないほどよく温かな湯気と一緒にスープに溶け込んだ野菜のまろやかな香りが食卓の空気を優しく満たしてくれる。
そこに小麦とバターが香ばしく焼けたパンの香りが際立って僕に寄り添ってくるようだった。
「いただき、ます……っ」
正直なところ、すこし食欲がなかった。お腹は、空いていたけれど。
食べるということを、生きるということを、ほんのすこしだけ、身体が拒んでいるみたいな感覚を、心の片隅に確かに感じてしまっていたからなんだと、思う。
それでも口に運んだアライアさんの料理はどれも僕の心と身体にじんわりと温かく染み渡る味だった。
「……おいしい……っ、アライアさん、すごく、美味しいです」
「それは良かったですっ! 私っ、料理も得意なんですっ!」
「……うんっ、そうですね……っ、傷の手当ても、料理も……すごく、うれしくて……元気になれそうです……」
それからアライアさんは終始、僕についてのことを詮索しないようにごく自然に気を配りながら話を弾ませてくれた。
アライアさんのこと、この宿のこと、街のことギルドのこと、この国の騎士と呼ばれる存在のことも、不快な思いを抱かせない明るさと話し口で色々と語ってくれた。
今思えばそれはすごい器量だ。だからこそ、僕もつらかったことや悲しかったことを思い出さずに僕のことを、オーグラントに居た頃のことや探索者のことを話すことができたんだ。
「──ごちそうさまでした。 本当に美味しかったですっ、楽しくお話もできて……本当に嬉しかったですっ!」
「すこし元気になられたみたいで良かったですっ! お粗末さまでしたっ!」
お腹も心も満たされた僕は、食器の片付けを手伝ったあと、出掛ける支度を終えた。
「ルクスさん、今日もギルドに行くんでしたっけ?」
「はい、今日から依頼を受けようかと思いまして」
「そうですか、お気をつけていってらっしゃいっ!」
「……行ってきますっ!」
いってらっしゃい、か……。今まで何気なく聞いてきた言葉だったけど、今は……違う。
明るく温かく、優しく……僕を送り出してくれる人の元に、僕はちゃんと帰ってきたいって思えたんだ。
ほんの小さな心の温かさを抱いた僕の足取りは軽く、ロイザームの街を歩いてギルドへと向かう。
探索者ギルドにて、僕が受注できる依頼はBランク以下の依頼までだ。
Aランクの依頼はAランク探索者専用の掲示板に掲載されるから、僕が見ているギルド掲示板には掲載されていない。
Bランクの依頼もまたAランクと同様だ。Bランク探索者とCランク以下の探索者では、受けられる依頼の種類が違うから。
Bランク以上とCランク以下の隔たりをはっきりと線引きするみたいに、依頼を掲示する場所を分けているんだ。
CランクとDランク探索者への依頼はひとつの掲示板にまとめられているものの、ランクごとに分けられて整然と並べられていた。
──そのなかで、Cランク探索者である僕は、【森林探索】の依頼を選んだ。
探索依頼というのは、主にギルドが指定した場所のなかで探索者活動に必要な素材となる物の採取、または危険生物である魔物の討伐など、指定の場所内で受注者である探索者自身が依頼の達成目標を設定することができる依頼だ。
また、探索依頼は魔物が蔓延る異界は指定されない、という特性上、探索者ランクを問わずすべての探索者が受注することできる。
──いわゆるDランク探索者の見習い依頼だ。
これは僕にとって、探索者として復帰後初めての依頼であり、僕にとって初めての探索依頼になるんだ。
「こんにちは、ルクスさん。 【森林探索】依頼の申請ですね……では、承認手続きをさせていただきます」
ギルドカウンターでは、僕が探索者の活動登録をした時に手続きをしてくれた女性職員さんが依頼の受注手続きを進めてくれる。
「──Cランク探索者、補助魔術師ルクスさん……受注条件の適性を確認」
受注者制限はかけられていないのだから探索依頼の受注が弾かれるわけはないんだけど、内心ホッとしたのは事実だ。
「──では、パーティー参加者を申請してください」
手続きを進めていたギルド職員さんが、ごく自然にそう言った。
「──……えっ?」
パーティー限定の依頼?
「……えっ?」
いやそんな条件はなかったはずだ。呆けてしまった僕が間の抜けた声とともに口を開けると、ギルド職員さんからも僕と同じ反応を返された。
「……あ、あの、すみませんっ。 単独で依頼を受注……させてください」
言われてみれば、と僕の方も気がついた。そもそも探索者は単独行動をしないものであると考えるのが当たり前なんだから。
「あっ……あ、はい。 単独での依頼受注ですね、承りました。 よろしければ、同依頼の受注者の中でパーティーメンバーに空きがあるパーティーへの参加を推奨いたしますが、いかがなさいますか……?」
いくら見習い探索者用の初心者向け依頼とはいえ、単独行動はパーティー行動の比ではないほどの危険が付き纏う。
戦闘能力や探索知識だけじゃなく、そもそも経験が乏しい見習いや初心者ではそれが尚更なんだ。
「……ほ、本当に……申し訳ないのですが、単独で……お願い、します……っ」
そのことを僕自身、身をもって解ってはいる。けど、僕はまだ、別の誰かとパーティーを組むなんてことができずに、考えたくもないと思っていた。
「あ、いえっ、大丈夫ですっ、Dランク探索依頼【森林探索】、Cランク探索者ルクスさんの受注を承認いたします」
「……お、お手数、おかけいたし……ました……」
「いえ、しかし……単独での依頼遂行は大変な危険を伴います。充分な準備と警戒を怠らないよう、どうかお気をつけくださいませ」
「……はい、わかりました」
真摯に忠告をしてくれるギルド職員さんの言葉に強く頷いた僕は、王都近郊にある森林へと──依頼対象の場所へと向かった。
Dランク探索依頼【森林探索】
──探索依頼はギルド指定のどの場所にも関わらず、基本的に報酬は出来高制だ。
受注者が依頼の達成目標を定めても良いという内容だからか、薬草一株、鉱石ひとつでも採取して持ち帰れば依頼は完了となるほど依頼内容に指定や制限などの条件がない。
「……さて、探索依頼とはいえ、薬草一株摘んで依頼完了ってわけにはいかないもんなぁ……」
探索依頼にはただひとつ、受注から一日以内に依頼の完了報告をギルドにしなければならないという条件だけが課されている。
一度、探索依頼を受けて何日も受け続けるということはできない。
僕が受けた探索依頼の指定場所である森林とは、王都ロイザームより北部の森林地帯を指している。
DランクやCランク探索者のなかでも初心者向けの経験の場としてギルドが森林の一部を管理しているらしい。
そのため、危険な動植物や強力な魔物は確認されないものの、それでも各地に開いた異界から漏れ出して土地に根付いてしまった魔物は数えきれないほど点在している。
「──まずは、索敵しないと……」
僕がDランクの探索依頼を選んだのは、危険を避ける意味合いが大きい。
単独で活動する探索者であるから、剣や盾を持たずに戦う魔術師であるから、Sランク探索者……だった頃に比べてちからの大半が失われてしまっているから。
危険を避ける理由なら、いくらでも挙げられそうで、自分のことがすこしだけ情けなく思える。
──だけど。だからこそ、そのために僕は今の僕にできる範囲を明確に知らなければならないという理由があったからだ。
「……すぅ……はぁ……」
大きく深呼吸をして。
「……魔力解放……拡散……範囲指定……確定……」
僕は、ひとつひとつの行程を確かめながら。慎重に慎重に、積み木を積み上げていくみたいに、丁寧に魔術を組み上げていく。
索敵のように広範囲に展開する魔術は魔力消費が案外と馬鹿にならない。
すこしでも魔力消費を抑え、他の魔術を使う余力を残すために自分の体内で魔力を練り上げ魔力量を増大させる。
自分の中で膨れ上がった魔力を微量ずつ丁寧に周囲に放出。
薄くで良い……広く、広く……自分の魔力を周辺一帯に広げていく。
──魔力の広がりきった範囲が、僕の魔術の探知範囲。
「──【
周囲一帯。僕を中心に広がった魔力の上を、僕の意識が瞬時に走り抜ける。
ギルドに管理されているとはいえ、余計な手を加えられてはいない自然のままな状態の森林。
その地形、おおよその樹々の本数、薬草や鉱物など点在する有用素材の場所、そこに住まう動物の息遣い、そして魔物などの有害生物の体動……。
魔力の及ぶ範囲のなかで、拾い集めた情報から不要なものを取り除いて、必要な情報のみを抽出して把握する。
「──ッ、う……っ、だめ、だ……魔力は、十分足りてるのに……っ!」
全盛期の僕と変わらない魔力消費と範囲で【魔力探知】を展開してみた。
展開の完了から魔術の安定まで確認したはずなのに。
──気を抜くと、広げた魔術の端からぐにゃりと歪んで、千切れて砕けて霧散する。
「──範囲……縮小……っ」
【魔力探知】の展開が安定する範囲まで、僕を置いた中心に迫るようにジワジワと範囲指定を狭めていく。
にじり寄る魔力の狭まりは、僕の無能さをジクジクと突き付けてくるような、コソコソと責め立ててくるような……嫌な気がした。
「……ここまで、かな……っ」
全盛期の半分よりすこし狭い。それが僕の、現状だった。
保有する魔力量だけは、全盛期となんら変わらない。範囲を狭めている分、より魔力量に余裕ができるのは嬉しい……とは思うけれど。
「……【
……だからこそ、術者の能力が魔術の精度に色濃く反映されるわけだけど。
ちからを失った自分を直視させられているようで、虚しくなる。情けなくなる。
「……はぁ。 だめだよね、落ち込んでちゃ……っ。 僕は……僕はちゃんと、自分の力で歩くって決めたんだ……っ、それがミリアムとの、約束なんだもん……」
かけがえのない、自分のいのちよりも大切に思っていたパーティーメンバーと一緒に歩くことは出来なくなってしまったけど。ちからの大部分を失ってしまったけど。
──それでも、僕が歩み続けるって決めたから。
たとえ『
……そうすればきっと、僕たちはまだ、進み続けられるんだから。
──僕は、森林の地を踏み締める。
とりあえずは、【魔力探知】で感知した薬草の位置を辿りながら薬草採取だ。
「……アルストロメリアの薬草はなかなか良いものみたいだなぁ……」
薬屋の娘であるイレーネの方が当然目利きは上手かったけど、僕も素材の目利きはそれなりにできる方だ。
オーグラント王国で採れる薬草も質は良かったけど、アルストロメリアで採れる薬草はそれを上回るものがある。
「ほー……葉っぱに厚みがあってしっかりとしてて、茎も太くてどっしりとした感じだ……」
厳密には、オーグラントの薬草とは別種らしい。
でも、薬草としてはほとんど差異がなく物珍しいわけではない。
はずなのに、マジマジと見つめて観察したり匂いを嗅いだり、葉脈を指でなぞったりさわさわしてしまう。
僕は何年ぶりだか分からない薬草採取に夢中になるほど熱心に楽しんでいた。
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