第12話:ルクスのローブ
「──ここが、アルストロメリアのギルド……」
アライアさんの案内通り、ギルドの建物はすぐに見つかった。
初めて立ち入る他国のギルド。どんなものなのか想像も出来なかったけど、オーグラントのギルドとさほど変わらないようですこしは緊張がほぐれた。
ギルドからの探索依頼が無数に掲載された掲示板、パーティーメンバーで集う場所として用意されたたくさんのテーブル席、依頼を受注したり各種手続きをしてくれる窓口であるギルドカウンター。
大勢の探索者が集って織りなす活気に満ち溢れた空気。
オーグラント王国の探索者ギルドとはまた違った雰囲気はあるものの、ここが探索者のギルドであるということは僕にも受け入れやすいものだった。
僕はさっそく探索者の活動登録をさせてもらおうとギルドカウンターに歩み寄った。
活動登録とは、探索者認定を受けた国以外の土地で探索者としての活動をする際に必要な手続きだ。
他国で探索者活動をする承認を得ることで、その国での探索依頼の受注や各種補助を受けることができる。
「いらっしゃいませ、ご用件をお伺い致します」
ギルドカウンターで対応してくれたギルド職員の女性は柔らかな物腰で美しく微笑んでくれる。
「すみません、探索者の活動登録をお願いしたいのですが……」
「かしこまりました。 探索者であることを証明できる身分証明書をご提示いただいてもよろしいでしょうか?」
探索者の身分証明書は、国ごとに形態が違うのだとか。
僕は、オーグラントでの身分証明書であるギルドカードをギルド職員の女性に提示した。
「あら、オーグラント王国の身分証明書ですねっ! Cランク探索者、補助魔術師のルクス様ですねっ!」
オーグラントの探索者であるとわかった瞬間、ギルド職員の女性は何故か嬉しそうに言葉を弾ませた。
僕はそんな反応にすこし驚いてはいたけど、ギルド職員の女性がすぐに小さな咳払いを一回。さっきから見せていた美しい表情に切り替わったんだから、気にする間もなかった。
「──ぁ、えっと……失礼致しました。 では聖王国アルストロメリアでの探索者活動を承認いたします。 こちらがアルストロメリアでの身分証明書になりますので、紛失にはくれぐれもご注意くださいませ」
そう言ってギルド職員の女性がカウンター越しに手渡してきたものは、銅色のドッグタグのようなペンダントだった。
「これが身分証明書……ですか?」
タグプレートには、持ち主となる者の名前、ルクスの文字だけが刻印されていた。
「はい。 オーグラント王国と同じく当ギルドにおきましても探索者はランクで区分されます。 銅色のプレートはCランク以下を意味します」
通称、ギルドタグと呼ぶらしいそれは、DランクとCランク探索者には銅色、Bランク探索者には銀色、Aランク探索者には金色のタグが付与されるそうだ。
──そして、Sランク探索者には白金のギルドタグが与えられるとのこと。
「ありがとうございます。 ……あの、依頼の受注制限についても確認させていただきたいのですが……」
「探索依頼の受注制限に関しましても、オーグラント王国と……確か同じだったはずです」
探索者への依頼には、その内容によってランク別の難易度が設定される。
探索依頼のランクは探索者と同じくDランクからSランクまで存在し、受注者の探索者ランクよりひとつ上のランクの依頼までを受けることが出来る。
Cランク探索者である僕が受けられる探索依頼はDランクからBランクまでの依頼ということだ。
もっとも、依頼内容とその条件によっては受注者を制限する場合があって、探索者ランクの条件を満たしているからといってすべての依頼を受けられるわけじゃない。
「……確かに、オーグラントの規約と同じです。 オーグラントのギルドについてお詳しいんですね」
探索者ランクの基準や探索依頼の難易度の設定など、他国間で統一する取り決めはあったらしいけど、ギルド職員さんとなると他国の規約まで覚えないといけないのかな?
僕がなんとなく考えを巡らせていると、ギルド職員の女性の表情がすこしふにゃりと崩れて嬉しそうになった。
「そうなんですっ! オーグラントのギルド職員のなかに親友が居るんですよー! お互いのギルドの話をしてるうちに詳しくなっちゃいまして! それに、休みが取れたらお互いの国に旅行に行ったり──」
ピタリッ、と職員さんの言葉が止まった瞬間。職員さんの嬉しそうだった表情が真っ青に染まる。
「──も、申し訳ございませんでしたッ! 大変失礼な言動を致しましたことを深くお詫び申し上げますッ!」
もはや泣きそうになりながら頭を下げる職員さんの姿が可哀想なほど痛ましかった。
アルストロメリアのギルドでは探索者に応対する態度って、そんなに気にしないといけないものなのかな?
オーグラントのギルドでは気さく、とまでは言えないけど、そこまで肩肘張ったものじゃなかった気がする。
そう考えると、僕の方こそ気を遣わせてしまったような気持ちになってしまう。
重い空気を取り払えれば、と僕はぎこちなくてもどうにか笑顔をつくってみせた。
「い、いえ、お気になさらないでくださいっ! 失礼なことでも謝るようなことでもありませんよっ、ご親友と旅行はとても楽しそうですねっ!」
僕がオーグラントの人間だとわかった時に嬉しそうにしたのはこれか。と察しがついた。
オーグラントの探索者を見て、親友のことを思い浮かべたんだろうな。
「……うぅ、本当に……申し訳ございませんでした。 気を付けなければいけなかったのですがつい……」
「いいえ、そういう感じの方が……僕は、可愛らしくて良いと思いますっ」
「──か、かわっ……!」
ちょっと揶揄うように言った僕は、今度は照れて真っ赤な顔になっている職員さんから逃げるように「依頼は明日から受けますので」と言い残してカウンターを後にした。
職員さんはむくれて引き止めようとしたが、小さな深呼吸をひとつ。
終わる時には、凛と微笑むギルド職員の顔をして、深々と頭を下げていた。
ギルドカウンターを後にした僕は、ギルドの出入り口へと歩を進めていく。
向かいから来る二人組を避けて進もうとしたのに、それなのにすれ違い様にそのうちのひとりが僕に身体を──ぶつけてきた。
たまたま避ける方向が被った……ではないことは、分かった。
「──痛ぇなクソガキ、どこ見て歩いてんだ?」
「……す、すみません……っ」
向かいから来た二人組はどちらも男だ。ひとりは軽装で腰に短剣を携えた小柄な男。
もうひとり──僕に身体をぶつけてきた人は、背の高い戦士風の男だ。忌々しそうな顔で僕を睨み付けてくる。
大柄な男は視線を僕の頭の先から足先へと這いずり回らせたあと、僕が首にかけていたギルドタグへと視線を止めた。
「なんだぁ~Dランクのひよっこちゃんだったのかぁ!悪いことしちまったなぁ、まぁ俺もわざとじゃなかったんだから許せよ、な?」
「は、はい……」
ガラの悪い男に絡まれた僕は、オーグラントに居た頃に他人から悪意を向けられる感覚を思い出して、身体が強張りはじめていた。
さっさと立ち去ろうと後退りをする僕の動きを見逃さない大柄な男が、僕の胸倉に掴みかかってきた。
「ひよっこにしてはよぉ、ずいぶん年季の入った汚ならしいローブ着てるじゃねぇか? パパにおねだりして買ってもらったのか? その割には汚ならしいなぁ、どこの古着屋さんで買ってもらったんだぁ?」
「離し……て、ください……っ」
男の背丈が高い。胸倉を掴まれた僕の身体はすこし、足が浮く。
たしかに、僕のローブはSランク探索者になりたての頃から使っている一級品だけど、あの日以来……ずいぶんと傷んでしまっていた。
もともとはグレーを基調としていた布地はすっかり色褪せてしまった。
泥汚れや血などはほとんど落とすことはできたものの、汚れる以前の綺麗さを取り戻せてはいない……気がする。
補修を重ねてはいるものの、あちこち擦り切れて、ほつれている部分も目立つ。
「おいおい、やめてやれよぉ」
背の高い男の連れ──小柄な男がようやく止めに入ったことで、僕の胸倉を掴んでいた手は何故かあっさりと離された。
でも、離された途端に今度は小柄な男の方が僕の肩に腕を回して身体を密着させてきた。
「まったく酷いことするよなぁ、大丈夫だったかぁ?」
小柄な男は、言葉では心配を示しているけど、本心はまったくそんなことを思ってはいない。
そう感じるほどに、小柄な男から滲み出る嫌らしい笑みがこの状況を愉しんでいるのであろうことを物語っていたからだ。
「…………っ」
「こりゃいいローブだなぁ! たしかに汚ねぇけど! ギャハハッ! でもなぁ、パパにおねだりして買ってもらった古着だなんて俺の連れの目は節穴だ、ゴミだ! いやぁ、本当に悪いなぁぼくぅ?」
小柄な男は僕の肩に回した手でローブを掴み寄せて、ジロジロと視線を蠢かせていく。
「おいおい誰の目が節穴だぁ?ゴミだぁ?」
何が楽しいのか柄の悪い二人は自分たちの揶揄い合いに巻き込んだ僕をそっちのけにニヤついてる。
「──このローブはなぁ、きっとじぃじのお下がりなんだろうよッ!!」
「……プッ、クク……ッ、ギャハハハハッ!! そりゃ大事に大事にしねぇとなぁ!! はははははッ!! じ、じぃじからのお下がりって笑わせ……っ、泣かせるじゃねぇかよっ!!」
目に涙を浮かべるほど豪快な笑い声をあげる大柄な男まで僕のローブに掴みかかって乱雑に引っ張ってくる。
「そうだろうそうだろう? 大事な大事なじぃじからのお下がりなんだからよぉ……どっかに引っ掛けて破いちまった日にはぁ……」
──いい加減振り解こうと身を捩った僕の視界の端で……。
「──死んだじぃじも泣いて墓から蘇るってもんだろうがよッ!!」
──小柄な男が鞘から抜き取った短剣の切っ先が光った。
「──なッ?!」
──見ず知らずの人間に絡んだ挙句、短剣でローブの端を斬りつけてくるなんて正気を疑う。なんなんだこいつらは。
「──ぁ、あれ……?」
小声だけど確実に、間の抜けた声を出したのは小柄な男だった。
──短剣で斬り裂こうとした薄汚いボロボロのローブは、傷ひとつ付かなかったのだから。
当たり前だ。 長年使っていれば、そりゃ色褪せもすればほつれもする。
でもこのローブはそもそも戦闘用の魔術防具なんだから、短剣をちょっと引っ掛けたぐらいで破れるはずもない。
「……いい加減ッ、離してくださいッ!!」
柄の悪い男二人が呆気に取られているうちに僕はまとわりついた手を振り払った。
「おいおい、なにやってんだよ?」
「──ッ、なんだか分からねぇが生意気だなこのクソガキがッ!!」
大柄な男も面倒くさいけど、小柄な男の方がもっとタチが悪い。ギルド内であることもお構いなしに同じ探索者に危害を加えようなんて度が過ぎている。
……いっそのこと魔術で気絶ぐらいさせた方がいいかもしれないっ。
探索者を二人同時に、しかも一瞬で気絶させるというのは……今の僕では難しいかもしれないけど。
──これ以上のことになるぐらいなら……ッ。
「──あらあら、それはあまり良い手ではありませんねぇ」
「──ッ?!」
──唐突に。
二人に魔術を掛けるため悟られないようにこっそりと術式を構成する僕の背後から、肩を掴まれた感覚と共にのんびりとした女の人の声が耳元に響いた。
驚きを隠せず振り向くと、白銀の軽鎧を身に付けた美しい女の人が僕の肩に触れていた。
背後を取られて肩に手を置かれるその瞬間まで僕は、僕に絡んできた男たちすら彼女の存在を認識出来なかったように驚いていた。
ふわりとなびくロングウェーブの髪は軽鎧と同じく白銀。彼女は女性騎士風の出立ちを思わせる雰囲気を纏っていた。
振り向いた僕の顔を見たその女の人は口元こそ微笑んでいたものの、深紅の瞳は表情を感じさせない冷酷さのようなものを感じさせる。
「──さて、そろそろこの子は解放してあげても良いのではないですかねぇ?」
女の人の口調はのんびりとしたもののはずなのに、彼女が現れた途端に場の空気が支配されて、凍りついたように感じられた。
小さく身震いするような、そんな薄寒さが背筋を伝う。
「……っ、ま、まぁ……あんたがそういうなら」
「……っ、おい何言ってんだっ」
彼女を知っているのであろう男たちもそれは同じようだった。
腰が引けている小柄な男に対して、大柄な男の方は物足りなさなのかプライドなのかは分からない、引くに引けない歯切れの悪さを吐露している。
そんな男たちに詰め寄った騎士風の女の人は悠然と男たちの耳元まで顔を近づけて、僕には聞こえない小さな声で何かを囁いたように見えた。
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