17.戦いが始まったら、俺は無力だった

「仲間はこれで全部か?」


 エディリーンは少しも慌てた様子なく、男たちを見回す。睨み合いながら、エディリーンは俺に手をかざし、


「そこから動くなよ。動いたら障壁が消える」


 光の膜のようなものが、俺を包み込んだ。それとほぼ同時に、男たちが飛び掛かってくる。


 敵は五人。いずれも強面の強そうな奴らだ。武器もサーベルとか、モーニングスター――だっけ? 鎖のついた鉄球みたいなやつ――とか、ごついのばかりで見るからに恐ろしい。対してエディリーンは、魔法は使えるけど細身の女だし、武器も細めの剣一本だ。


 真っ先に飛び掛かってきた男がサーベルを振りかぶり、俺は思わず喉の奥で悲鳴を上げる。しかし、エディリーンはそれをワンステップでかいくぐると、男の腕に斬りつけた。


「ぎゃあっ」


 男が悲鳴を上げ、鮮血が飛ぶ。男はサーベルを取り落とし、更に腹に強烈な蹴りを食らって地面に倒れ、動かなくなった。


 それを見た残りの敵は、声を荒らげて、今度は左右から二人同時に襲いかかってきた。


 しかし、左から飛んできた鉄球は、エディリーンが軽く腕を振って出現させた光の盾に弾かれ、逆に男の顔に直撃し、呻きながら地面に転がる。

 右からは大ぶりの剣を持った男が斬りかかってきて、エディリーンはその攻撃を避けながら反撃しようとしているが、そこにもう一人敵が加わった。


 エディリーンは強かった。ゲームだと、魔法使いは力が弱くて、武器を使った接近戦は苦手というのがほとんどだけど、彼女はそれには当てはまらなかった。けれど、それでも二人同時に相手をするのは分が悪い。

 光の盾で防御しながら戦っているが、攻撃用の魔法はないのか。


 このまま負けてしまったらどうしよう。自分が殺されるのは怖いし、目の前で知り合いが殺されるのはもっと怖かった。でも、俺にはどうすることもできない。情けないが、その場で震えていることしかできなかった。


 交戦していた一人を何とか斬り伏せたところに、残った一人が斬りかかってきた。エディリーンはそれを自分の剣で受け止め、鍔迫り合いになる。しかし、自分より体格の大きい男相手には流石に不利なのか、エディリーンの方が押されているように見えた。よく見ると、さっきは強がってたけど、左腕を怪我しているせいで、力が入らないんじゃないか。


 その時、塀の上にいた最後の一人が、弓を引き絞って俺に狙いをつけているのが見えた。風を切って矢が放たれ、俺はとっさに大きく後ろに下がった。


「あっ、馬鹿……!」


 エディリーンが焦ったように叫ぶのと同時に、俺の周りにあった光の膜が消えた。矢は俺の足元に突き刺さって、腹の底がひゅっと冷たくなった。

 塀の上では、敵がもう一度弓矢を構えて、俺に狙いを定めている。あっと思う間もなく、弓から放たれた矢が俺に迫ってくる。


 今度は避けようとすることもできなかった。飛んでくる矢が妙にゆっくりに見えたが、恐怖で足が動かなかった。

 もうだめだと思った時、目の前に人影が躍り出て、剣で矢を叩き落とした。


「……ご無事ですか」


 アーネストだった。


「遅い」


 憮然と言いながら、エディリーンが切り合っていた男の剣をかいくぐり、その手に斬りつける。男は剣を取り落とし、傷口を押さえて悶絶している。


「すまない。近衛騎士団を動かすのに少々手間取った」


 これで三対一……いや、俺は戦力外だから二対一か。ともかくひとまず安心かと、俺は胸をなでおろす。


「もうじき近衛騎士団が到着する。逃げ場はないぞ。おとなしく投降しろ!」


 アーネストは背負っていた弓矢を構え、狙撃してきた敵を撃ち落とした。肩に矢を受けた敵はこちら側に落ちてきて、アーネストは縄を持ってそれを拘束しに向かう。エディリーンもそこらに転がった男たちを、順に縄で縛り上げている。死者はいないようだ。


 俺は深呼吸して、何気なく辺りを見渡す。そして、暗がりに何かがゆらめくのを、視界の端に捉えた。それが隠れていた残りの襲撃者だと気付いた時には、もう遅かった。


 そいつは月明かりを反射する短剣を構えて、俺に向かって突進してくる。目は見開かれ、血走っている。これが狂気というものか。人間のこんな表情を、ドラマやアニメ以外で初めて見た。


「帝国に栄光あれぇぇぇーーー!!」


 呆然とそんなことを思っている間に、叫びながら敵が迫ってくる。

 手には、さっきエディリーンに預けられた短剣をずっと持っていた。これで応戦するしかないか。でも、やっぱり怖くて動けなかった。殺すのも殺されるのも、嫌だ。


『そなたはそれでいい。その、優しい心のままでいろ』


 ぎゅっと目を瞑った時、頭の中でそんな声が聞こえた気がした。そして、金属がぶつかったような高い音がして。

 俺の――いや、ユリウスの手は短剣を抜いて、襲ってきた刃を受け止めていた。


「待たせたな」


 口が勝手に、そう動いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る