16.人を勝手に囮にするとか、ひどくねえ?
男の逃げ足は速かった。夜の闇の中に、その背中が紛れて見えなくなりそうになる。
だが、男は道に詳しくないのか、時々立ち止まってきょろきょろ辺りを見回し、進む方向を決め直している感じだった。そのお陰で見失わずに済んでいる。
男が曲がり角の向こうに消えた時、エディリーンが呟く。
「……誘い込まれているな」
「え!?」
物騒なことを言いながら足を止めないエディリーン。俺はこのままついて行って大丈夫なのか。でも、置いて行かれるのはもっとまずい気がした。でも、よく考えたら俺、一緒にあの男を追ってきてよかったのか。シドとあそこに残っていた方が、安全なんじゃないのか。そう思ったけど、
「悪いが、お前には囮になってもらう。仲間がいるのなら、誘いに乗って一気に片をつける」
更に聞き捨てならないことを言われる。何それ。
俺が聞き返す間もなく、エディリーンは不敵に口の端を上げた。そして立ち止まって、俺に何かを押し付けるようにして渡す。一体何だと見ると、短剣だった。
「持っておけ。使えないにしても、脅しくらいにはなるだろう」
初めて持った、本物の武器だった。短剣だから、手から肘までより短いくらいの長さだけど、ずっしりと重く感じられた。
「別にお前を戦力とは思っていないから、安心しろ。命が惜しければ、戦闘になったら隅でおとなしくしてるんだな」
そうは言うが、自分が襲われた時に何もしないでいられるだろうか。でも、俺は戦い方を知らないし、人の命を奪うなんて、考えただけでも恐ろしくて、とてもできそうにない。
これが、この世界の現実。異世界だ魔法だと少しでもはしゃいだ自分が、馬鹿みたいだった。心に重苦しいものが沈んで、息ができなくなりそうだった。けれど、
「……お前、怪我……!」
エディリーンの左腕の袖が裂け、そこから血が滴っていることに気が付いた。さっき襲われた時のものに違いない。
「これくらい、どうってことない」
そう言って、マントの裾を割いて手早く傷に巻き付けると、追跡を再開した。
段々と大通りを離れ、見通しの悪い細い路地に入っていく。街灯なんてものはない。所々に家から漏れる明かりがあるだけで、辺りは暗い。
エディリーンは周囲を警戒しながら男の後を追う。俺はその後をおっかなびっくりついて行った。
「……ところで、借金は返し終わったのか?」
「は?」
一瞬何を言われているのかわからず、俺はきょとんとする。
「無銭飲食でもして、代わりに働かされていたんじゃないのか。それなら返し終わるまで放っておこうと思ったんだが」
「そんなんじゃねーし! 飯食わせてもらって泊めてもらったから、そのお礼に手伝ってただけ!」
へえ、と呟いて、エディリーンはちょっと目を見開いた。
「っていうか、お前昨日も来てただろ! だから何も言わなかったのかよ!」
「ああ。そこまで面倒を見てやる気はないからな。自分の尻は自分で拭かせるつもりだったんだが……。なんだ、違うのか」
ふっと、エディリーンが口の端を上げたように見えた。馬鹿にされてるのか。
「……ってか説明しろよ。さっきの奴ら、何だったんだよ」
いくら嫌われていると言っても、それくらい聞く権利はあるだろう。答えてもらえないかと思ったけど、歩きながらエディリーンは早口で言った。
「この国が、最近まで戦をしていたのは聞いたんだったな? 変わっていく体制を受け入れられない連中が、平和祈念式典を邪魔しようとしているんだろう。だから、王子がお忍びで街に出ているという情報を流した。認識阻害の効果も切れてくる頃だったからな。酒場の乱闘に紛れての暗殺なんてせせこましいことしかできない辺り、大した勢力ではなかったんだろう。
けれど、これでこのところ王子が人前に出なかったのは、市内に潜伏している過激派を炙り出すためだったと言い訳ができる。その点は貴様に感謝してやってもいい」
つまり、俺はまんまとこの状況ごと利用されたということらしい。
「何だよ、それ……。ひどくねえ?」
俺は釈然としない気持ちで文句を言ったが、エディリーンは全く気にした様子がない。
「あの王子だったら、それくらいのことはやってのけるだろうさ。貴様、その身体に入り込んで喜んでいたくせに、その程度の覚悟もなかったのか。地位も権力も、黙っていて維持できるほど、甘くはないぞ」
そう言われて、俺は何も言い返すことができなかった。
「……ともかく、敵を片づけてからだ」
気が付けば、足を踏み入れた路地は行き止まりだった。嫌な予感がする。
そう思った瞬間、酒場から追ってきた男に加え、それぞれ武器を持った男が数人、俺たちを取り囲んだ。
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