6.えっ……? 何、この仕事量……
ともかく、俺は着替えることができた。ついでに風呂に入りたいと言ったら、お湯と布を持ってきてくれたので、それで顔と身体を拭く。
さっぱりしたら、気分も少しマシになってきた。しかし、やることがないことに変わりはない。使ったものを片付けたら、シドもどこかに行ってしまったので、また一人だ。ベッドに寝転がると、これからどうなってしまうんだろうと、マイナス思考に陥りそうになる。
これではだめだと起き上がって、部屋の中を歩き回ったり、ストレッチやスクワットをしてみた。そうしたら、この身体、見た目より筋肉が付いていて、鍛えられていることに気が付いた。力こぶや割れた腹筋、厚い胸板がそこにあった。イケメンで体格もいいなんて、うらやましいことこの上ない。
「貴様、暇そうだな」
そんなことをしていたら、またドアが開いてエディリーンとアーネストがやって来た。二人とも、腕に大量の紙の束を抱えている。
「身体は平気なのでしたら、少し手伝ってもらえますか」
そう言って、テーブルにその紙の束を下ろす。他に、ペンやハンコのようなものがあった。
「寝込んでいた分、仕事が溜まっているのです。外部の視察や会議の予定など、調整できるものはしましたが、ここでできることだけでも手伝っていただきたい」
「ったく、なんでわたしまで……」
エディリーンが不機嫌そうにぶつぶつ言っている。
「すまない。人手が足りないんだ。適当な役人に頼むわけにもいかないし」
苦笑するアーネスト。
二人はテーブルを囲んで座り、俺も座るように促される。
「稀人殿、この書類に、承認の印を押してください。それだけでいいので」
アーネストはそう言って、書類の束を俺の前に押し付ける。一枚取ってみたが、やっぱり何が書いてあるかはわからない。
「……ハンコ押すだけなら、俺がやらなくてもいいんじゃ……」
「俺たちは、王家の印章を勝手に使うわけにいかないので」
「はあ……」
つまり、自分たちではハンコを押せないが、王子の身体に入っている俺がそのハンコを使うのは、形式上問題ないということらしい。屁理屈に思えるが、細かいことを気にするのはこの際よそう。
そして、言われるままに、俺は書類にぽんぽんとハンコを押していく。これは俺がやる必要があるのだろうか。疑問だが、やることがないよりはマシだと思い、せっせと手を動かす。
「……王子って、書類にハンコ押すのが仕事なの?」
つい言ってしまってから、また余計なことを言うなと怒られるだろうかとびくびくする。だが、予想に反して答えが返ってきた。
「いつも、殿下はご自分で全ての書類に目を通されていますよ。不備や疑問があれば、必ずご指摘なさいますし。だから、汚職をする官僚は追い出しましたし、宮廷内の風紀も正されました。各地の視察も積極的に行って、民の現状をよく把握しようとなさっていたり、多忙でしたよ。今回お風邪を召されて、ようやく少し休めていたようなものです」
「えー……マジで……」
貴族や王族なんて、ろくに働かないで悠々自適に暮らしているもんだと思っていたけれど、違うのか。話を聞いた感じだと、かなり忙しそうだ。社畜かよ。いや、会社じゃないから国畜? 知らんけど。
「あなたの世界には、働かずに日々の糧を得られる道理があるのですか」
アーネストはちらりと書類から視線を上げて、またすぐに戻す。黙って仕事をしろと言われているようだった。
この書類は、彼らが目を通して、ユリウスなら承認の印を押すだろうと思ったものを持ってきたらしい。それでも、ユリウス本人がいないと滞ってしまう仕事が、たくさんあるようだった。
「こんなのよりさあ、倒さなきゃいけない凶悪なモンスターとか、魔王とかいないの?」
難しい仕事は勘弁だが、単純作業もそれはそれで飽きてしまう。それに、魔法のある異世界なら、やっぱり冒険は付き物じゃないか。
少しくらい会話があってもいいだろうと発言した俺に、エディリーンはまたしても冷ややかな視線を向けてくる。
「そんなわかりやすい敵がいた方が、よっぽど楽だったろうな。人間の敵は、人間だ」
その声は、ひやりとするような恐ろしさを纏っているような気がした。これ以上軽口を叩いたら、また何を言われるかわからない。俺は黙って、書類にハンコを押す作業に集中した。
そして、ようやく書類の山が片付いた。二人は俺がハンコを押している間、別の書類の山をチェックしているようだった。
「ありがとうございます。明日もよろしくお願いします。もう少ししたら、夕食をお持ちしますので」
それでは、と軽く会釈して、二人は退室していく。俺はまた、一人残されてしまった。
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