5.ともかく、腹が減ってはなんとやら

 することがないので、ベッドに転がってそんなことを考えて悶々としていると、ドアをノックする音がして、アーネストとシャルロッテが戻ってきた。アーネストはいい匂いのする湯気の立つ白い深めの丸い皿を手に持っている。


「どうぞ、食事です。お口に合うかわかりませんが」


 部屋の中央に置かれていた小さな丸テーブルに、アーネストは皿を置く。

 王族の食事ってどんな豪華なものだろうと期待してテーブルに着いたが、そこに盛られていたのは、お粥のようなものだった。


「一応、病み上がりですから。消化にいいものを用意しました」


 そうか、ユリウスも風邪で寝込んでいたんだっけ。だったら仕方ないか。少しがっかりしたが、腹は減っているので、ありがたくいただくことにする。


 俺はスプーンで粥を掬い、口に運んだ。卵と牛乳のまろやかな風味が、甘めの優しい味付けでまとられていた。米じゃなくて、麦かな? あれだ、オートミールみたいだ。見た目に反して、とても美味しかった。王族の食事にしては質素だなんて思ったが、いつも食べていたコンビニ弁当やカップ麺より、断然美味い。


「ごちそうさま!」


 ふうふうと冷ましながらもあっという間に食べ終えて、手を合わせた。その仕草に二人は不思議そうな顔をした。こういう習慣は、こちらにはないのだろうか。


「では、申し訳ないですが俺たちはこれで。また夕食の時に伺います。今日は、とりあえず部屋からは出ないように頼みます。厠は部屋を出て右の廊下の奥です。人払いはしてありますが、人に見られないように気を付けて」


 それだけ言うと、二人は食器を持って出て行ってしまった。雑談なんかする暇もなかった。シャルロッテも、何とも言えない目で俺を見ているだけで、何も話さない。なんだか寂しい。

 一人で広い部屋にいると、静けさが身に染みた。スマホもパソコンもないのでは、暇つぶしもできない。


 部屋には小さめの本棚があって、本がぎっしり詰まっていた。しかし、背表紙を見ても、見たこともない文字で、何の本だかわからない。喋る言葉は通じているのに、文字は読めないようだった。不思議なことだ。

 試しに一冊取ってめくってみたが、やっぱり何が書いてあるか読めなかった。そもそも、俺はこんな分厚いハードカバーの本を熱心に読むタイプではない。小説投稿サイトに投稿されている作品や、漫画やラノベを読むくらいだ。


 タンスやクローゼットを開けてみたら、金糸や銀糸の刺繍の入った高そうな服がたくさん入っている。下着らしきものも、手触りがとてもいい。これも、絹か何かだろうか。俺は絹とか触ったことないけど。いや、絹のネクタイが一本だけあったかな? 大学の卒業祝いに親からもらったやつ。


 そういえば、親にもずいぶん会っていない。たまにメールや電話の着信が来ていても、返事をするのが面倒でそのままにしていた。元気にしているだろうかと、ふと思った。

 でも、あっちの俺の身体にユリウスの魂が入っているのだとしたら、今頃どうしているのだろうか。大丈夫だろうか。


 まあ、考えても仕方がない。とりあえず、着替えてもいいかなあ。今着ているのはパジャマ? 寝間着? みたいだし。でも、勝手に触ったら怒られるだろうか。

 だけど、ユリウスのものなんだし、別に構わないんじゃないだろうか。

 そう思ってクローゼットから適当に服を出そうとしたら、


「あ、着替えたいの?」


 いきなりドアが空いて、あのシドという男が現れた。驚いて心臓がバクバクする。なんだよ、ノックくらいしろよ。ってか、もしかして二十四時間監視するつもりなのだろうか。この世界の一日が二十四時間なのかはわからないが、それは勘弁してほしい。

 俺はシドを軽く睨んだつもりだが、彼はそんなことは意にも介さない様子で、部屋に入って来る。そして、タンスから服を見繕っている様子だ。


「えーっとね、これとこれと……これだったらいいかな? ユリウス殿下がお忍びで城下に出る時に着てるやつだけど」


 そう言って渡されたのは、シンプルな白いシャツとベージュのズボン、それに茶色いベストのような上着だった。っていうか今、お忍びで城下に出る時とか言ったよね? そんなことしてるのか、この王子。


「あんまり高価なものはさ、ちょっと他人に触らせるわけにいかないから。うーんと、身体はユリウス様本人だから、他人っていうのも変かもしれないけど。俺たちもこの状況に戸惑ってるんだよ。名もない一般市民ならともかくさ、王太子殿下の中身が他人と入れ替わっちゃったなんて、一大事なんだよね。だからさ、あんたも知らない世界に来て困ってるだろうけど、悪く思わないでほしいな」


 なんだよ。俺はこれからこの世界で、この身体で生きるんじゃないのか。彼らはそんなことは全く思っておらず、本物のユリウスの魂を呼び戻すことしか考えていないようだ。

 普通、異世界にやって来たら、特別な力に目覚めて、魔王とか、倒すべき敵と戦ったりするもんじゃないのか。


 ――俺はこの世界でも、誰からも必要とされないのか。


 そう思うと、悲しいのか悔しいのか、よくわからない感情が湧き上がってきて、ぐっと拳を握って俯いた。

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