2.状況を整理しよう
少しして、宮廷医術師というらしい初老の男を連れて、彼女は戻ってきた。男は髪も髭も白くなっていて、額がやや後退している。
俺はベッドに座らされて、そのじいさんに熱や脈を計られていた。といっても、やはり電子機器は存在しないようで、手の平をおでこに当て、手首で脈を計るという原始的な方法だった。そして、名前や出身、好きな食べ物や趣味、何の仕事をしていたかなど聞かれるが、日本でのことを言うわけにもいかない気がして、ひたすらわからないと、首を横に振っていた。
しかし、「殿下」と呼ばれたり、宮廷医術師という称号の人物がいるあたり、ここはやはりどこかの王宮、そして俺は王族か何かに転生したのかと推測する。
そんなことを考えていると、質問を終えた医者は、うーんと唸った。
「これは、記憶喪失……だと思われます」
そういう結論にされてしまった。
まあ、仕方ない。違う世界からの転生者だなんて言ったらどうなるかわからないし、この世界の情報を探るのにも、記憶喪失という設定は都合がいいだろう。
医者の言葉を聞いた、さっきの薄茶色の髪の女性は、瞳を潤ませる。女性を泣かせるのは忍びないが、ここは仕方がない。
「ユリウス様……。本当に、ご自身のことも、わたくしや家臣たちのことも、覚えていらっしゃらないと?」
「……うん。ごめん」
この短い時間でわかったのは、この俺が〝ユリウス〞という名前であるらしい、ということだけだった。ともかく、もっと情報がほしい。
「いえ、謝らないでくださいませ」
女性は気丈に顔を上げると、医者に向き直る。
「どうすれば、記憶が戻るのでしょう?」
「高熱の後遺症と考えられますので、時間が経てば戻るやもしれませぬが……確かなことは、何も」
医者も途方に暮れたように、肩を落とす。
「ともかく、しばらくはゆっくり静養されるのがよろしいかと。どうか、あまり気に病まず、ご自愛くださいませ」
そう言って医者が部屋を出ていこうとするが、
「――待て」
硬い声が上がる。後ろに控えていた、宮廷魔術師という称号を持つらしい、若い男だった。ベリーショートの水色の髪に、濃い青の瞳。診察中はずっと睨むみたいな目で俺を見ていて、少し怖いと思っていた。
宮廷魔術師というものがあるのなら、やっぱりこの世界に魔法はあるのかもしれない。だが、それを確かめる術もなく、宮廷魔術師はなんと腰に下げた剣を抜き、ベッドに片膝をついて乗り上げ、俺の喉元に突き付けてきた。
「貴様、王子じゃないな。何者だ。本物の王子はどこへやった。正直に言えば、命だけは助けてやらなくもない」
ぎらりと光る白銀の刃。え、真剣だよね? 俺は青ざめる。ってか、魔法使いが剣を使うの!? そんなマルチスキル、反則じゃん。
「エディリーン!?」
「エディ!?」
茶色い髪の女性が悲鳴に近い声を上げ、もう一人控えていた金髪の青年が、宮廷魔術師の手を抑える。エディリーンというのがこいつの名前らしい。女みたいな名前だ。……もしかして、こいつ女? よく見れば、美少年だと思っていたが、女性のようだ。胸はまな板だし、男物の服を着ているから気付かなかった。いや、今はそれどころじゃない。
「どうした。殿下に剣を向けるなんて……!」
金髪の男が咎め、その手を抑えるが、彼女はそれを一瞥しただけで終わらせる。
「こいつは王子じゃない。魂の色が違う。記憶喪失というのも嘘だな。上手く化けたつもりだろうが、わたしの目を誤魔化せると思うな」
え、何それ。そんなのわかるの?
しかし、それを聞いた医者も茶色い髪の女性も、戸惑いつつも警戒の色を強めたようだ。金髪の男も表情を険しくして、臨戦態勢を取ったのがわかった。
「どんな手を使ったか知らないが、王宮のど真ん中に侵入するとはいい度胸だ。さ
あ、お前は何者だ。さっさと吐いた方が身のためだぞ」
言いながら、宮廷魔術師はあと一ミリのところまで、俺の首に剣を近付ける。誰も助けてくれそうにない。俺は両手を上げて、投降の意思を示した。
「わかった、言う! 言うから、それしまって!」
こんな異世界生活ありかよ。俺は白旗を上げるしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます