3.俺、尋問される

「――つまり、あんたは別の世界の住人で。目が覚めたらここにいたと」


 俺は冷や汗を垂らしながら、こくこくと頷く。

 目の前には宮廷魔術師、その横には金髪の男が椅子を持ってきて陣取り、後ろにはさっきの医者のじいさんと、茶髪の女性が事の推移を見守っている。


 俺はベッドに座らされたまま、事情聴取、もとい尋問を受けていた。目の前の二人の圧がすごい。泣きそうだ。俺、何も悪いことしてないのに。

 聞かれるままに、俺はここ二、三日、風邪をこじらせて寝込んでいたこと、自分の布団で寝たはずが、目が覚めたらここにいたことを語る。そして、決してどこかの国のスパイなんかではない、ごくごく平凡な一般市民であることを主張した。


「……どう思う?」


 ずっと俺を睨みながらあれこれ詰問していた宮廷魔術師が、横の男に目を遣る。金髪の男は、腕を組んで考えるようにしながら、ゆっくりと口を開いた。


「彼がユリウス様でないことは間違いないようだし、嘘を吐いているようにも見えない。だが、別の世界という話は、にわかには信じられないな……。俺は魔術のことは埒外だが、魔術の世界ではそういう概念はあるのか?」

「死者の国とか、精霊の世界を研究している人間もいる。けど、この地上のどこにもない別の世界ねえ……。シド、お前の見解は?」


 宮廷魔術師が、窓の方を見遣る。すると、窓から焦げ茶っぽい短髪の男が音もなく入ってきた。忍者みたいだ。


「んー、殿下本人にも、この部屋にも魔術の痕跡は感じられないかな。俺もこの御仁が嘘を言っているようには見えないけど……。っていうか、お嬢に見破れない術が、俺に見破れるわけないじゃん」

「わたしだって、自分が万能だなんて思ってない。念には念が必要だろう」


 そう言って、宮廷魔術師は再び俺に厳しい視線をよこした。全然信じてくれていないことが、ひしひしと伝わってくる。


「あの……」


 それまで黙っていた茶色い髪の可愛い女性が、おずおずと口を開く。


「その方の言うことが本当なら、その、ユリウス様はお亡くなりになって……もうこの世のどこにもいらっしゃらないということですか……?」


 今にも泣き出しそうな顔で、彼女は言う。声が震えていた。


「ああ、俺の知ってる話だと、死んで別世界で生まれ変わるっていうのがポピュラーだね。元の俺も、多分死んでるんだろうし」


 さらりと言ってから、しまったと思った。彼女の目からみるみる大粒の涙が溢れて、顔を両手で覆って俯いてしまう。


「妃殿下、お気を確かに」


 金髪の男が彼女の背中をさすり、宮廷魔術師は殺意のこもった目で俺をきつく睨む。


「貴様に発言を許した覚えはない。余計なことを言わないでもらおうか」


 はい、すみません。俺は小さくなってしゅんと項垂れる。可愛い女の子を泣かせるのは、流石に忍びない。

 宮廷魔術師は大きく溜め息を吐いて、再び口を開く。


「わたしも、あんたが嘘を言っているようには見えない。信じるか信じないかは別として、それは一旦認めよう」


 言っていることが矛盾しているように思えるが、言うとまた怒られそうなので、俺は黙っておく。


「別人が幻術か何かで王子の姿を取って、わたしたちの目を欺いている痕跡もない。身体は、間違いなく王子のものだろう。――こちらの知らない、全く別系統の術が使われている可能性もないとは言い切れないが、ひとまずそれは置いておこう。となれば、こいつの言っているように、何らかの理由で魂だけ世界を渡ったと考えるのが自然だが……」


 頑張って泣き止もうとしていた茶色い髪の彼女が、再びわっと泣き出してしまう。


「だが、死んで世界を渡ったという点は、おそらく間違っている。ずっと解析を試みていたが、これだけは言える。王子の魂の気配は、まだ身体と繋がっている。それに、あんたの魂も、どこかに繋がっている。入れ替わっていると考えるのが自然だろうな。だいたい、王子はちょっと風邪を引いて、昨夜は熱が高かったが、死ぬような状態じゃなかったはずだ。それに、転生というのは生まれ変わりのことだろう。だったら、王子の中身がいきなり別人になったというこの状況は当てはまらない」


 確かに、流行っていたラノベやアニメでは、頭を打ったか何かして、前世は普通の日本人だったことを思い出す、という展開が多かったが、俺には「ユリウス」の記憶はない。やっぱり、転生とはいえないのかもしれない。

 しかし、さっきからこの宮廷魔術師は、この俺を「王子」と言っている。やっぱり俺はどこかの国の王子になっているのか。いやでも死んでないの? 俺の異世界ライフはどうなるの?


「では、彼が何らかの手段で、殿下と自分の魂を入れ替えた?」


 金髪の男が疑惑の眼差しを向けてくるが、


「知らない! 俺は本当に、何もしてないってば!」


 ぶるぶると首を振って否定する。


「こいつが何もしていないなら、王子が何か働きかけた可能性だが……。王子も魔術は使えなかったはずだ」


 え、そうなの? この身体、魔法が使えないのか。俺の理想の異世界生活に、どんどんヒビが入っていく。


「となれば、他の第三者が何か仕掛けた可能性だが。魔術の痕跡は感じられないし、魂を入れ替える術なんて、聞いたこともない。さっきも言ったように、こちらの知らない、全く別系統の術が使われている可能性も捨てきれないが――」


 顎に手を当てて、独り言のようにぶつぶつ語る宮廷魔術師だが、金髪の男がそれを遮る。


「エディ、原因究明も必要かもしれないが、元に戻す術はないのか?」


 宮廷魔術師は、足を組みなおして大儀そうに天井を仰ぐ。


「肉体が健康で、魂が迷子になっているだけなら呼び戻す術はないこともないが、少し準備がいる。どのみちこのままにはしておけないし、異世界とやらに渡った魂にまで効果があるかはわからないが、試してみるか」

「頼む」


 俺は蚊帳の外にされて、勝手に話が進んでいく。


「けれど、これからどうする? 王子が別人になったなんて、公にできないだろう。国中が大混乱だ」


 宮廷魔術師が言って、金髪の男を仰ぐ。


「そうだな……」


 金髪の男は頭を掻きむしって、苦いものを口に入れているような顔をする。


「このことは、ここにいる我々だけの秘密に。殿下は思いの外容体が思わしくなく、もうしばらく静養が必要。病がうつるといけないから、使用人も近付かせないようにして、世話は俺たちで行うということにするしかない。妃殿下も、お辛いでしょうが、ご協力いただけますか」


 妃殿下と呼ばれた彼女は、涙を拭いて顔を上げ、厳かに宣言する。


「わかりました。殿下がお戻りになるまで、この秘密と、国の秩序を守ると誓います」


 医者のじいさんも、「承知いたしました」と、重々しく頷いた。


「ところでさ、他の誰かに聞かれているときはともかく、俺たちがこの彼を殿下と呼ぶのは、差し障りがあるよね。ねえ、殿下の中にいるあんたさ、自分の名前はあるでしょ? なんていうの?」


 シドというらしい、ちょっとノリの軽そうな男に聞かれて俺は口を開くが、そのままぽかんと口を開けたままになった。


「……わかんねえ」


 自分が日本で暮らしていた冴えない男だという認識はあるのに、名前がどうしても思い出せない。自分の輪郭が崩れていくようなうすら寒い感覚に襲われ、俺は愕然とした。

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