第9話 状況証拠
学園の校舎、長い廊下をコツコツと響かせながら歩く足音が聞こえてくる。
その足音は学園長室と書かれた看板の扉の前まで来ると、扉を静かにノックする。
扉の向こうから、「入れ」と言う声が聞こえると、ドアのぶに手をかけて扉を開く。
「失礼します。アイシャ学園長、少しお話したいことがあります」
「なんだ、誰かと思いきや、イギリスト王国第一継承者、クラウス殿下ではないか。何かご用で?」
「あの男、ハットリという者についてです」
クラウスがその名前を口にすると、アイシャは「ほう」と言いながら、ニヤリと口角を上げて笑う。
「なんだ、あいつが気になるのか?」
「ええ、危険人物として。あの男はみる限り、只者ではありません」
「それはまた、なんで? あの男は確かにおかしいところもあるが、自分から犯すような真似はしないさ」
「その根拠は、なんですか?」
クラウスはアイシャを威嚇するように鋭く睨みつける。
「そうだな。根拠は特にないが、強いて言えば……勘、か?」
「は、勘!? いや、いいです。本気であなたに抗議しようした僕が愚かでした。それでは失礼します」
クラウスは肩の力が抜けるほど、アイシャの言葉に呆れていた。
「クラウス」
アイシャは部屋を出て行こうとするクラウスを呼び止めた。
「…なんでしょうか?」
「あの男なら、君が抱えている問題もなんとかしてくれるかもしれないぞ?」
クラウスは何も言わず黙ったまま、静かに部屋を出て行った。
アイシャはそんなクラウスを見て、しょうがない奴だと言ってため息をつく。
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学園のはずれにある、誰も寄りつかないとある小さな建物の中に灯りが灯っているのがわかる。
建物の中には、様々の殺人現場写真や被害者の顔写真、事件の資料の紙が壁一面に貼りつけられ、さらにその壁に書き込まれた乱雑な文字があった。
その部屋の中心の床に座り、タバコをふかしながら資料を眺める服部がいた。
「この部屋どうしたの?」
「ああ、学園長から空いてる部屋をもらったんだ」
ユウナは腕を組みながら、部屋を見渡していた。
…まさか、学園長が部屋まで用意するとは一体、服部に何かあるとでも言うの?
「それよりもだ。この事件を手短にまとめてみた」
そう言って手渡された数枚の資料を受け取る。
「これは、何?」
「王都で殺された三人の被害者の顧客リストだよ。学園長に頼んで回してもらった」
服部は飄々と言うが、学園長はこの学園のトップであり、貴族の位に等しい人だ。
学園長とは、一体何者かと不審に思いながら渡された資料を目に通す。
その資料には、名前が書かれた名簿のようなもので名前の横に印みたいなものがつけられていた。
「この印みたいなものはなんなの?」
「おお、よく気がついたな。それは目星、要するに容疑者だ」
「確信的、容疑者…。一応、聞いてもいい?」
ユウナの問いに服部の表情はイキイキとし始め「いいだろう」と言って、話始める。
「まず容疑者を絞るには、条件がいる。一つが三人の被害者と面識が多い人物を探すことだ。まあ、それはすぐにわかった。時計職人、薬師、宝石は基本は買取が専門、さらに顧客を見る限り、それなりの金持ちの客ということだ」
「確かに、時計は価格的にそんな気楽に買えるものじゃないし、宝石ともなれば尚更だね。あれ? でも薬とかは安価なものがあるから、金持ちじゃなくても買えるよね」
「そうだな。だが俺が着目したのは買い物をする客ではなく、売りにきた客だ」
「…ということは、業者?」
ユウナがその答えを言った瞬間、服部は「ご名答」と言って指パッチンする。
なぜかユウナの表情は引いていた。
「そこで卸し売り業者のリストだ。買取専門がいるなら、売る専門もいる。だからここ最近、よく出入りしている業者を絞り出した結果、一人の人物が浮上した」
服部から手渡された資料の紙をめくると、人物の顔写真と出身地などの経歴が書かれたページが出てきた。
ユウナがページをめくると同時に服部がその人物の名前を読み上げる。
「エルベーク。なんてことない卸し売り業者だ」
「ねぇ、この男が犯人だとしたらおかしくない? この人、少し前に業者の仕事を辞めてるわよ」
ユウナは疑問を抱きそう言うと、服部はなぜか平然と答えた。
「そりゃそうだよ。だってそいつ死んでるから」
「はあ!? だったらなんで、この人を容疑者にあげたのよ!」
「まあ、落ち着けって。別に犯人に仕立てようとしてあげたわけじゃねぇぞ。根拠はる。次のページをめくってみろ」
服部に言われるままに次のページをめくると、またリストのページが出てきた。
だがそのリストは名前ではなく、日付が書かれた名簿だった。
「これは日付が書かれてあるけど……。ちょっと待って、これって…」
ユウナはその名簿にある名前を見て、驚いた。
そこには少し前に死んだはずの人間の名前が数箇所書かれていたのだ。
「死んだはずの人間がどうして、この名簿に載っている? それは簡単な話だ。死んだ人間が生き返った、違う。誰かが変装してなりすましているんだ」
「…なりすますって。じゃあ、一体誰が成りすましてるの?」
「それもすでに目はつけてある。あとは証拠と、どうやってそいつを炙り出すか、だ」
服部は前屈みの体勢になって、両手を合わせて、目はさらに細めている。
これは服部が考える時にやるポーズなのだろう。
彼の執念深い探究心によって、犯人を特定されたことにより、この不可解な事件の全貌が明らかになっている。
ユウナはその圧倒的な犯罪の知識と知恵に感服するしかなかったのだ。
ユウナは深く息を吸いこみ、深呼吸をしようとしたがその時、自分の鼻の中に入ってくる異臭に思わず鼻をつまみ。
「ていうか、この部屋、タバコ臭い!」
「うるせぇ」
服部は短く、毒を吐いた。
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