第2話 目覚めたら頭脳は大人、見た目は小学生の娘……って俺の娘ってなんじゃい!?

 ――ピッ……ピッ……ピッ……


 規則正しい定期音。

 目の前に男性が寝かせられているベッドと真っ白なカーテン。

 一目で病院だと理解できる光景だった。


『病院で目覚めたってことは俺は助かったのか?』


『ざんねん。まだ助かってないの』


「誰だ!?」


 頭の中に直接響く舌っ足らずな否定に驚きの声をあげる。

 けれど士道は自分の声に違和感を覚えた。

 子供。それも女児の声だからだ。

 目覚めた場所もおかしい。

 トラックに引かれたならばベッドの上で目覚めるはずだ。

 どうして病室の椅子に座っているのか。

 男性が寝ているベッド脇のサイドテーブルにある鏡を覗きこむ。

 鏡の中にはどこか美空に似ている幼い少女がいた。


「これが……俺?」


「レイハちゃん。急に声をあげてどうかしたの?」


 声の方に顔を向ける。

 美空だ。

 生きていた。無事だった。あのトラックから美空を助けられたのだ。

 士道の目から涙が出そうになる。


 美空は心配そうにこちらをうかがっている。

 記憶よりもずいぶんと大人っぽく綺麗になっているが、士道が義妹を見間違えるはずがない。

 状況は理解できていない。

 それでも義妹の生存が確認できた喜びがあった。


「待ちくたびれて怖い夢でも見ちゃった?」


「美空! 生きていたんだな! ……本当によかった」


 美空の身体に飛びついてしがみつく。

 身長が足りなくて、胸に顔を埋める形になってしまった。

 士道は本能的にヤバいと気づく。

 しかし美空から抱き返されてしまったので逃げられない。


「もうレイハちゃん。美空じゃなくてママでしょ。急にどうしたの?」


「レイハ? ママ? 美空はなにを言っているんだ? 俺は士道だぞ」


 名前を言った途端、ガバっと引き剥がされた。

 先ほどまでの自愛に溢れた瞳が一転して暗く淀んでいる。ぐるぐると回っている気がする。


「レイハの悪ふざけ……はない。そんな子じゃないし、パパになりすまそうとなんて悪趣味なことをするはずがない。そういえば……今朝『私が変なことを言い始めても信じて』って言っていたわね」


「美空? パパってなんのことだ?」


「ねえレイハちゃん……いえお兄ちゃん。質問に答えてくれる? 私達のファーストキスの場所は?」


 美空が変な質問をしてきた。

 士道と美空は義理でも兄妹だ。

 キスするような関係ではない。

 それなのに再び頭の中で女の子の声がした。


『これは簡単なの。第二次性徴が始まった頃、お互いに異性の意識がなく、まだ一緒にお風呂に入っていた二人は、興味本位で口づけをかわし――』


「――美空と一緒に風呂に入った想い出からしてねぇよ! 互いに連れ子で出会ったの十二歳のときだぞ! 一緒に風呂に入っていたらヤバいだろ!」


『えっ!? 嘘なの!? ママにそう教わったの!』


「だからママって誰だよ!?」


 存在しない想い出を語られてしまい、つい頭の中の声に対してツッコミを入れてしまった。

 これでは一人芝居。

 けれど無視された形になった美空は士道の言葉に瞳を大きく見開き、涙を流し始めた。


「お兄ちゃんだ! その鋭いツッコミは間違いなくお兄ちゃんだ!」


「まさかのツッコミ判定!?」


「レイハちゃんにはお兄ちゃんとの一緒に入浴捏造エピソードを刷り込んでいたし、十三歳のときリビングで寝ているお兄ちゃんの唇を私が奪ったのは二人だけの秘密のはず」


「一緒に入浴捏造エピソードってなに!? それにそのファーストキスを俺知らないんだけど!?」


「無防備なお兄ちゃんが悪い!」


『えっ!? ママとパパの馴れ初めに嘘が含まれていたの!? 赤ん坊から始まる義妹しか勝たんラブコメ全十六巻。全て感動の実話として漫画化もされているのに!?』


「俺が悪いの!? まさかの商業出版済み!? だからママとパパって!? あぁーーー! ツッコミが追いつかねぇっ!」


「おにいちゃん……ようやく会えた。十一年待ったんだよ」


「ま、待て! 色々とムギュ」


 状況の理解が追いつかず叫んでいると、感極まった美空に抱きしめられる。

 今回は全力の包容だった。

 その力に小学生女児の身体に耐えられる強度はなく。

 士道は大人になった義妹の胸に包まれて意識を失った。

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