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「マスター!」

「はい、どうしました」

「ボトル」

「あのぉ、静流さん・・・」

「ぼ~と~る~!」

 顔を真っ赤に染め、預か視差を紛らわすためなのだろうか、必要にお酒を要求してくる静流にマスターは深いため息をつく。

「彼に何言われたんです」

「痛いところ付かれた。自分の事は気が付かないくせして、なんで他人の事には目ざといのよぉ、はらたつぅ」

 あなたが言えたことですかと、マスターは思ったが口には出さず、はぁ今日はクローズにしてしまおう、この人が飲み倒すだろうしと思い、カウンターに戻るついでに入口へ向かい、そっとクローズへと看板を戻した。



自宅に帰ると、友香が暖かく向かい入れてくれた。

少し遅くなったとはいえ、彼女は特に何も言わず、またある程度の事情を知っているのか千春との事は、先輩、良かったですね。の一言で済まされ、それ以上追及されることはなかった、

 そんな彼女の気遣いがたまらなくここちよくて、ヤバいこれは駄目人間にされる、気をつけねばと自分に言い聞かせた。

「あのぉ、なぜ?」

 互いに風呂に入り、今日の疲れを癒し、さぁ寝るだけだとなって、寝室に向かうと、昨日と同じ状況が横たわっていた。

 確かに風呂に入る前に布団は敷いたし、流石に理性的な問題でそろそろ限界もあったため、リビングに敷いたのだが、それを友香に却下され、渋々ベットのわきに敷いたはず、なのだがやはり布団が跡形もなく無くなっていた。

「何故だと思います?」

「今日はマジで何もしてないぞ。あと、ごめん頼むからそろそろ一人で寝かせてくださいお願いします」

「私とじゃ嫌ですか?」

「理性の問題がありまして」

「先輩エッチですねぇ」

「あのね、男の子ですので、色々あるんです。お願いなので、今日は勘弁してください」

 流石にそろそろ限界であり、真也自身も、このあれやそれやの解消がここ数日できておらず、さらに言えば、彼女が泊まり込んでいるのでできるわけもない。

 よって、限界が目の前なのを真也は沸々と感じていた。

 「分かりました。今日は我慢します・・・・先輩。大好きです」

 そう言うと、布団を頭までかぶり、身を隠しってしまう友香を見て、頬を赤らめつつ、たくぅ、と悪態をつきながら、しまわれてしまったベットを再度敷き直した。

 久しぶりの解放感に、すぐに意識は遠のき、ゆったりと闇の中に意識が沈んでいくのを心地よい感覚のまま、真也は夢に落ちて行った。



 午前10時20分。

 ホテルのラウンジで、真也の目の前には、友香と千春がそれぞれ、座っており、それを少し離れた席から、千春の母春奈と千里が様子をうかがう。

 どういう事なのか分からないが、立会人に静流さんがおり、というかこの人たまたま今朝がたこのホテルでばったり会ったので、なぜか立ち会う事になったのだ。

 あの後何をしていたのかわからないが、自宅に帰らず、このロビーにあるラウンジバーで飲んでいたようだ。

「静流さん、帰っても良いんですよ」

 気をつかい、真也は帰るように促す。

 別に居られることに恥ずかしさなどがあるという話ではなく、単純に彼女が具合が悪そうだったからだ。

「私の事はその辺に居るアリン事でも思え」

「あの静流さん。これ、どうぞ」

 友香が、どこからか薬のようなものを出し、静流に渡す。

「なにそれ?」

「先生、たまに司書室でもお酒飲みすぎた日はこんな感じで、なので私二日酔いの薬持ってるんです」

 千春が疑問に思い、聞くと、とんでもない答えが返ってきて真也は静流さんをジト目で見る。

 バツが悪そうに視線をそらし、受け取った静流さんを見て、昨日の事は感謝してるが、何やってんだこの人はという感じだった。

 まぁ、こんな状態でもおそらく責任感や結末を知っておきたいのだろう、特に変えるとかのそぶりもなく、辛そうだがそのままそこに居た。

「話を戻すわ、時間もないし。結論を、聞かせてください」

 千春が、真也に視線を向け、背筋をただし、大きく深呼吸した後、そう切り出した。

 真也もまあ、緊張で震える手に力を込めて必死で抑え込み、千春と友香を交互に見て、目を閉じ、ゆっくりと開ける。

「結論だけ言うと、俺は千春、おまえとは付き合えない。あの気持ちは3年前のものだ、今じゃない。だからと言って嫌いになったわけじゃない」

「う、うん」

「好きか嫌いかで言えば好きだけど、それはお前の望む恋人としての好きではなく、家族としてというほうがすごく強い。だから愛してるとかではないと思う」

「分かった・・・」

「三条さん。三条さんの気持ちはうれしい、俺からしたら正直一歩を踏み出すきっかけになったと思う、けど、まだ恋人として好きだとは言えない。けど、少しずつ君の事が気になり始めている。ずるい事言ってると思う、だけど、もう少し時間が欲しい」

「それは、必ず答えをくれると思って良いんですか?」

「それは約束する、もし約束を破るようなら、そこの二日酔いの静流さんでも使ってボコボコにしてくれ」

「私は嫌よ、痛いから。でも、分かったわよ、乗り掛かった舟だもの、最後まで見守るわ」

 なんやかんやで本当にいい人である、普通ならば、こんな事に関わり合いにもなりたくないだろうに、こうやってこの場に居て、ただいるだけじゃなくて、しっかりと見守ってくれている。

「先輩、私は待っていますけど。ずっとは待てません、待てなくて、襲っちゃうかもしれません、それでもいいですか?」

「よ、よくは無いんだけど、そこは俺が解消が無かったという事で」

「せ、先輩は、お、襲うの意味を・・・・」

「待ったぁ、それ以上は言わなくていいよ三条さん。分かってる、分かってるからね」

 流石に彼女の口からそんな事を言わせるわけにいかず、真也は慌てて言葉を遮った。

「じゃっ、返事も聞けたし、私・・・帰るね」

 スッと立ち上がり、笑顔で千春がそう答える、その顔には憂いが無く、清々しささえ感じる綺麗な顔だった。

「おう、また」

「うん、連絡、するね」

 本当に短い挨拶を、真也と千春は交わす。

 千春は友香に近寄り、そっと抱き着いた。

 慌てて立ち上がろうとした友香だったが、そのまま椅子にまた体を預ける形となってしまった。

「千春さん?」

「シー君、ヘタレだから襲っちゃったほうが早いよ」

「ちょっ、何を!」

「私、まだあきらめてないから、もたもたしてると、私がシー君寝取って、旦那様にしちゃうんだからね」

 慌てて反論しようとすると、千春はスッと友香から離れた。

 その瞳に大粒の涙が見え、友香は何も言えなくなる。

 千春はそのまま踵を返すと、両親の元まで走り去り、その顔を伺う事ができない距離まで離れて行ってしまった。

 離れた距離で、何かをポケットからだし、すかさず操作する。

 程なくして、友香のスマホに通知を知らせる音が鳴り、レインを開くと。

「(今回は色々ありがとう、これからも仲良くしてね)」

「まったく、直接言えばいいのに」

 一つ年上の女の子でライバルの彼女は、本当に憶病だったけど、友香にとっては本当にいい刺激になって、むしろ自分が感謝したいぐらいだった。

「おいおい、アイツ危なっかしいなぁ」

「先輩、心配なんですか?」

「いや、心配というか」

「可愛いですものねぇ千春さん。逃した魚は大きいかもしれませんよ」

「いたいや、目の前に居る魚が大きいかもしれんよ」

「言いますね」

「まぁ、色々あったからなぁ」

 思い返せば、ここまで1週間あるかどうかというような時間だったのに、酷く長い1か月ぐらいたったかのような錯覚に襲われるほどに、濃密な時間を過ごした気がしていた。

 こうして、一連の騒動は、幕を閉じた。



 1カ月後、10月も中旬、少し肌寒くなってくるころ合いのこの季節、朝が辛く、朝から机に真也はへばりついていた。

 ホームルームが始まっても、お構いなしに机と頬をくっつけたまま、適当に先生の話を聞き流す。

「あー、これはだなぁ、そのぉなんだ。正式に・・・・」

 何の話をしているんだ?

 まったく要領の得ない、歯切れの悪い担任の言葉に妙な違和感を覚え、そろそろ顔をあげるかぁ、などと思っていた矢先だった。

「具合悪いんですか?」

「は?」

 頭上から声がし、ゆっくりとあげると、そこには見知った顔で、まず間違いなくここに居るはずのない、千春の姿がそこにあった。

「俺はついに頭が壊れたか?」

「春奈お母さんに治してもらう?」

「いいえ結構です。多分死ぬから・・・・なぜ居る?」

「そりゃぁ、転校してきたからかなぁ」

「また不正か?」

「残念だけど正式な手続きで、ちなみに、部屋もシー君の家の隣なので、末永くお願いね」

 もはやふざけるなとか、そんな言葉は出てこなかった。

「えっとぉ・・・」

「お父さんとお母さんなら、許可貰ってるのと。シー君のご両親に口きいてもらって隣、借りれることになったの」

「なんで戻ってきた」

「シー君を、私に振り向かせるためです」

 おおや、キャーなど様々な黄色い声が教室内に上がりもはや収拾がつかない。

 どうやら、まだまだ俺と千春、友香の三角関係は続くのだと思うと、胃に大穴が空きそうであった。

 真也は、眩暈とともに、このまま眠ってしまおうと思い、目を閉じて、闇の中に意識を集中させるのだった。

 頭上では幼馴染がさぞ満足な笑みを浮かべているだろうと思いながら。

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秋桜 第一章 茶色の花びらは、やがて赤く染まりて 藤咲 みつき @mituki735

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