39
足早に道行く人たちが家路へ問い速ぐ中、真也は、ぼんやりとしつつ、歩いていた。
千春の気持ちも聞けた。
過去の清算も一様出来たような気はする。
でも、今自分の気持ちがどこへ向いているのか、それがいまいちわからなかった。
分からないなりの答えを出さないといけない、そう思うと。
「オイこら、何しけたつらしてんだ?」
不意に声をかけられ、ヤバい変なのに絡まれたかも、と顔をあげると。
「静流さん?」
「何だおめかしして。デートの帰りか? って事はアレか、どっちかとデートして失敗でもしたか?」
少し茶化すような口調でそう言ってくる静流だったが、真也はこの人が意味もなくこういった事をしないのをよく知っていたので、特に不快には感じなかった。
「2人とデートしたんです」
「え、何それ・・・・お前ぇ、なんかまた変な事になってるんじゃ」
「いえ、どちらかと言うと、ある程度はっきりさせるためと言いますか・・・」
要点がつかめないためか、静流は一言ため息をつくと、コイやバカとどこかに連行されていく。
抗おうにも、その力は強く、気が付けば、裏路地にある、すごく薄暗いお店の前に立っていて、あきらかにバーではないかと思われるところに、そのまま来店させられた。
中はバーというよりかは喫茶店、のイメージに近く、とても大人な静かな雰囲気だ。
「マスター、置く借りる。あと、私コーヒーとパフェ、おまえは?」
「え、あの、ここはいったい」
「マスター、適当にお勧めのドリンクで良いから」
「かしこまりました」
こちらの質問には一切答える気が無いのか、マスタと言われた紳士的な風貌をした長身の男性も、特に気分を害したりせず、静流さんの荒々しい注文にも、とても堂に入った動作でお辞儀をすると、すぐに注文の品に取り掛かり始めていた。
お配ったとこにある席は、入り口からは見えず、また、ほかの客からも少し見えにくい、いわば個室に近いような、そんな一席だった。
静流さんは奥側に、真也は手前のそれぞれソファーに腰かける。
たいして待つことなく、先ほどの注文の品が届けられ、また洗礼されたお辞儀をされ、真也は委縮するが、そんな真也を見て、とてもや若い笑みを浮かべ、マスターと言われた人は、静流さんのお相手は大変ですよ、と冗談の様に言うので、つい吹き出してしまう。
「マスター・・・勘弁して」
「はいはい、それではごゆっくり」
そう言い、真也の前に、紅茶をティーカップとポットごとおいていくと、マスターは下がっていった。
自分で次ぐのが良いだろうと思い、ティーカップに紅茶を注ぐと、ダージリン独特のにおいが鼻を付くが、あまりにも香りが強く、えっとなる。
「先生・・ちょっ、ここ高いんじゃ!」
まだ飲んではいなが、あきらかに普段自分が飲んでいるものとはグレードが違う事に気が付き、慌てふためく真也に、とても誇らしげになる静流。
「まぁ、子供の来る店じゃないよ。お金のことは気にするな。私は大人だからな」
「子供みたいな大人ですよね」
「ここ割り勘で良いか?」
「いえ、嘘です。美人の司書様」
馬鹿なやり取りをしつつ、静流が本気でないのもわかりつつも、真也はそれにのっかた。
静流はと言えば、来たばかりのパフェにかぶりつき、とても幸せそうな笑みを浮かべている。
この人、こうしてれば普通に可愛いしモテそうなのに、なんで浮いた話なんだろう、などと思ったのが筒抜けだったのか。
「おいクソガキ、今何考えた」
「嫌だなぁ、なんか不快な事でもありました?」
真也は身の危険を感じ、ごまかす。何この人、なんで今分かったの、というのを面に出さないように必死にこらえながら。
「さて、一体何がどうなってんだ? 前みたいな辛気臭い顔はしてないようだが、それとは別の厄介ごとができたって顔しながら歩いてたぞ」
「何です、エスパーですか?」
「一様教師してるからねぇ、司書だけど。生徒指導もしてるし、分かるんだよ」
「静流さんて、面倒見良いですよね」
「限定的だから、それは面倒見が良いとは言わん。三条と佐藤がらみか?」
的確過ぎて、もはや見ていたんじゃなかろうかと、言いたくなる真也だった。
確かに彼女の言うとうり、その二人の件だが、これは俺の問題で、静流さんには関係ない、と思いつつ、この人なら何か助言をくれるのではという甘い期待が脳裏をよぎる。
「私に恋愛うんぬんの助言は期待しないでくれ」
「まだ何も言ってないんですが」
「顔が言ってた。まぁ、あきらかに佐藤はお前を追ってあんなむちゃくちな入学してきたんだし、好きでもない相手にそこまでせんだろ。で、数日前にお前は三条に告白されてる。これで悩まんほうがどうかしてるよ」
確かに、事情を少しでも知っていれば、これぐらいすぐに思い至るだろう。
「大方、昔の女と、今の女、どっちにしたらいいか分かんなくなってしまいました。とかそんなところだろ?」
「あの、ほんと人の心読むのやめてくれません?」
「顔に出すぎだ。もうちょっと隠せよ」
指摘され、そんなに顔に出やすいのかと、自分の顔をグニグニとこねくり回す。
「何があったのかは知らんが。三条がお前の事を好きな理由・・・・」
「聞きました。あの事件に関わってたことも。それを抜きにしても、すごく良い事で、優しくて、一緒にいるとすごく暖かい良い人です」
「・・・」
「千春はその。好きでしたし、一緒に居たいと思えた相手です。でも今もそうかと聞かれる正直わからない。付き合いたいかと問われても、一緒に居たいのと恋人として一緒に居たいは少し違う気がするんです」
「・・・・」
「その、贅沢な悩みではあると思います。けど、彼女たちの想いには答えなくちゃいけない気がして」
「答えないというのも、選択肢にはあるぞ」
「それは!」
「クズ野郎のすることだな。分かるだろ。でも時にはクズになることも必要な時がある」
この人は、何を言っているんだと、一瞬腹が立ったが、確かに答えないという選択肢は存在した。
今の状態を保てば、どっちつかずだがこれ以上は誰もきづつかない。
そんな気はしたけれど、それをするのが最終的に自分もあいても破滅していくことをこの3年間で身をもって知っている、だから静流の言うクズには、真也は決してなれないと自覚していた。
「なるほどぉねぇ。これぐらい男前ならまぁ、あの二人がほれるのもわかるかぁ」
「な、何ですいきなり気持ち悪い」
「褒めてんだぞ。ちったぁ喜びなさいよ」
「静流さん。さっきからわざと口調荒くしてません。俺が話しやすい様に」
「ナンノコトカナァ」
はぁと真也はため息をついた。
どうにもこの人には、一生かかっても頭があがらなそうだと、真也は思いながらため答えを探す。
「なぁ、過去は過去、未来は今しかない、自分が最初にどうしたかったのか、そこに立ち戻って考えてみたらどうだ?」
「俺がどうしたかったのか、ですか?」
「そう、全部いっぺんに一色たんにするからいけないんだ。三条に告白された時どうだった? 佐藤に思いを寄せられた時は?」
そこでふと考える、思いもしなかった。
この一連の流れがすべて一緒で、同時に考えていたから、どうするのが正しいかを永遠と考えていて、どっちかを選ばないとという事に意識が向きすぎていて、その瞬間自分が何を想ったのかを忘れていた。
そこでふとさっきの出来事が浮かぶ、千春に俺は何て言った。
好きだった・・・だったんだよ、それって今は好きじゃないという事か?
そう問いかけ、自分の心に聞くが、特に反応は無い、好きでも嫌いでもない、おそらくそういう感じに近い感覚なのだろう。
次に友香の事を考える、ここ数日の出来事が非常に濃密で、色々な事が呼び起こされる、好きだと言われた放課後の図書室。寝ぼけて、布団に潜り込んできた彼女の寝顔、そしてサラサラ中身と、女性特有のあの優しい匂い。
胸が高鳴る、心が震える、失いたくないと感じる。
この感覚を真也はよく知っていた。恋だ。
だが、告白されたから恋をしたのか? そんなの不誠実では? そんな事が頭をよぎる。
「静流さん。告白されたから、好きになる。それってありなんですか?」
「ありかなしかじゃないと思うぞ。それに、告白されて、何でもなかったのに意識した時点でおまえの負けだ」
「でもそれじゃぁ、都合のいい女って感じいなりません?」
「お前はアレか、言い寄ってくる女を手籠めにして、散々甘い蜜をすったら捨てるのクズやろうか?」
「しませんしあり得ませんが。先生言い方」
あまりに言い方がキツク、何かそんなクズ野郎にでも恨みがあるのかと聞きたくなるような口調だったが、それだけ、そういうことはするなよという静流なりの気遣いなのだろうと、真也は思った。
「なら、今の気持ちに従え。ってかなんだ、まさか本当に三条に骨抜きにされてるのか?」
「え、あー、ナンノ話ですかねぇ」
「凄いな三条、ここ数日で一気に落とすとは」
「いや、オトサレテマセンヨ」
自分の気持ちに気が付いてしまった真也としては、もはや否定をするも心がその否定の言葉を拒否して、うまく喋る事ができない。
静流はそんな真也を見て、ニヤニヤを満足げに微笑んでいた。
「し、静流さんこそ。そういう話は・・・・」
「私があると思うか?」
「ええ、和也がありえそうなんですよねぇ」
前々から思っていた、静流の疑惑。
真也にはなんやかんや接触するのに、2年前の事件で関わった和也には、どういうわけか静流さんは声を頑なに掛けない、和也もまた、何というか静流さんに苦手意識の様な、よそよそしさをいつも出している。
出しているのだが、彼女の話をすると、よそよそしさはあるものの妙に嬉しそうなそぶりを見せる事が時々あるのだ。
「・・・・・」
「静流さん。和也となんかあったんですか」
「・・・・」
黙々と、目の前のパフェにむしゃぶりつく教師に、何というか普段とは違う違和感のようなものを感じる。
さらに、この話題になったとたん、一言もしゃべらなくなってしまった。
明らかに何かある。
「そっかぁ、静流さんがそういう態度なら、和也に聞くしかないかなぁ。まぁあいつも答えるか分かりませんけどぉ」
ぴたりと、パフェを食べ進めていたスプーンが動きを止める。
しかし、静流は何も言わない。
「や、やめて」
「え、何て?」
あまりにか細く、静流さんのイメージとはかけ離れた女性特有の声音だったので、びっくりして聞き返す。
「あ、あの子には、余計な事、言わないでほしい」
「あ、あのぉ、いったい・・・」
聞いておいてなんだが、あまりにも別人になってしまった静流に、真也の頭は追い付かず、ますます混乱していく中、とても乙女な恥じらった声音でそう訴えてきた。
流石にそれ以上はこたえたくないのか、頑なに口を閉ざし、ひたすらに、パフェを食べ進め、コーヒーを飲んだ。
コーヒーを飲み終えるころには、先ほどの乙女静流さんはすっかりいなくなっており、大変聞きたい気持ちを抱えながらも、真也はこれ以上は良くないし、自分の問題をだいぶ解決してもらっている恩人に失礼だろうと思い、問いただすのをやめた。
「お帰りですか?」
「ええ、何か先帰れって。紅茶非常においしかったです。あんな良い茶葉、俺なんかに出してよかったんですか」
「おや、分かるのですか?」
「ええ、少しだけ。この時期だから新茶か何かではあると思うのですが、それ以上に安物ではな決して出ない奥深い香りがありましたから」
「静流さんのお客様ですし。彼女が人を連れてくることは基本ないので、それなりの形だとは思っておりましたが、なるほど・・・・またいらしてください。今度はまた、別のお茶をご用意してお待ちしております」
「えっとぉ、はい。また」
そういってお店を出て、家路を目指す。
おそらく帰れば彼女が出迎えてくれるだろう、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で、真也は足早に家路へと急いだ。
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