24
もはやなすすべなどなかった。
気が付けばドロップキックをかまされ、寝技をかけられ、体力を限界まで使わされ、千春自身が動く元気がなくなるぐらい、それぐらいに痛めつけられていた。
だから、最後のほうはもう逆らう事すらできず、反論はしたが、連行される事には逆らえなかった。
車中、道すがら何かお小言の一つでもあるのだろう、そう身構えていた千春だったが、横に座る母は、過ぎ去る夜景に目を向けるばかりで、特に千春に何かを言おう、という感じではなく、ただただ、夜景に目を向けていた。
運転する父は、チラチラと後部座席の母と千春を見ては、こちらもまた、何か言う事はなく、表情一つ変えることなく、走行し続けていた。
千春からしたら気味が悪かった。
先ほどまであれ程までに激昂していたとは思えないほどに、今は穏やかで、何が何だかわからないという感じだった。
ホテルにつき、エントランスを超え、部屋につく。
「そこ、座って」
促されるままに、ソファーに腰かけた瞬間、春奈は千春を抱きしめた。
「えっと、お母さん?」
「黙り・・なさい」
泣いている、そう感じた。
けれどそれを確認する術はなく、千春は何がどうなってるのかいまいちわからないまま、それでもだいぶ心配をかけてしまったという事は理解できた。
「千春。まぁ、お母さんも昔これと似たようなことやって、皆を困らせたことがあったから、あまり強く言えないんだろうけど。それでも俺たちが、気が狂いそうなほど心配したのは分かるよね?」
「えっと。ご、ごめんなさいお父さん」
「向こうは外国だ、日本じゃない。銃もあるし、犯罪は日本の非じゃないぐらい凶悪なものもある、そんな中、娘が突然姿を消した。後は言わなくてもわかるね?」
「本当にごめんなさい」
やっと自分のしでかした事がどれだけこの二人を苦しめたのか、そう思い至ると、自然と申し訳ない気持ちが酷く強いものとなった。
私は、3年前も今も永遠間違え続けている。
間違えまいと努力し、研鑽を積み、地位を得て、誰に文句の言えない自分になって、自身をつければ、彼に自信をもって好きだと言える、そう思っていた。
でも、実際には間違えだらけで、真也にも迷惑をかけ、静流という教師にも迷惑をかけ、気が付けば恋敵になってた友香にも、少なからず迷惑をかけていた。
「これと似たようなこと?」
ふと、引っ掛かりを覚え、先程千里が言った言葉を復唱する千春、すると抱きしめていた春奈の体がびくりと反応した。
「あ、アー、父さんまだお仕事のこってるん・・・」
「待ちなさい、千里さん」
「いやぁ、俺仕事がだねぇ」
「何で昔から詰めが甘いのよアナタはぁ!」
「痛い、痛い、関節技だから、それダメなやつだから!」
その場から逃げ出そうとする千里をすかさずとらえると、その勢いのまま春奈は関節技を決めた。
「イチャついてないで・・・・教えて」
「なんで私の娘なのに、こんなに恋愛下手なってしまったのかしら」
「な、悩むか技かけるかどっちかに、イタタタ」
余計な事を言ったせいで、千里はまた締め上げられた。
一通り締め上げを終えた春奈は、えーと何をどう話したものかと思ったのだが、千里が痛みに耐えながら口を開いた。
「そのなんだ。昔、俺は春奈さんが嫌いだったんだ」
「は? いやいやぁ、お父さん嘘は・・・」
「本当です。私が悪いんだけど」
ものすごく恥ずかしそうに、春奈は視線を逸らす。
千春からしたら、今の両親は娘から見ても非常に仲睦まじく、たまに娘からしても嫌になるぐらいイチャイチャしているときがあるぐらい、それぐらい見ていて愛にあふれていると思っていたが、それがどういうわけか、仲が悪かった。などと聞いても一切信じられないだろう。
「この人、学級委員でねぇ。私は遅刻常習犯の、不良です。っていえば何となく冊子はつくかしら」
「え、誰が不良だって?」
「私。えっとぉ、どれだっけ?・・・・ああ、コレコレ」
そう言ってスマホから、妙に画質の悪い写真が一枚出てきた。
そこには、ルーズソックスに、真っ黒な見た目、おまけに謎の装飾品の数々を着た女子高生?でよいのか非常に謎な人物が、ピースなのだろうか、というポーズで写っていた。
「え、春奈さん、まだそれもってるの?」
何を見せているのかと、千里が覗き見ると、非常に嫌そうな顔をしながら、春奈を見て言った。
「ほらその、何だ。戒めです、バカやってたなぁっていう。それにどこからどう見ても私じゃないでしょ?」
「けば過ぎて、誰だか分らなすぎるんだけど。えっとそれで、どういう事?」
話が進まなそうだったので、促すと。
「簡単な話、何かミスしたらしくて、ハブ・・・今でいういじめ見たいのを春奈さんに始めたんで、俺が注意したら、リンチされそうになってね。で、春奈さんが乱闘騒ぎを起こして、一様は解決・・・したんだけど。それから関わり合いになりたくないのに、この人と来たら、毎日絡んできて」
「そうそう、で、私が髪を黒に戻して。おまけに化粧して投稿した時のあの顔。もぉうねぇ最高だったわぁ!」
「笑い事じゃないよぉ。あの時みんな天変地異でも起きるんじゃないかって。怖がってたんだよ」
「それで私が猛アタックしたのに。ぎゃ、ギャルとは付き合わないぃって言ってねぇ。最後には、破れかぶれで押し倒したのよ私」
「そういう事も・・・あったなぁ」
あまりに父千里が遠い目をしてるので、相当とんでもない事になったことはもう語るまでもなさそうだった。
どうやら、私の破天荒さとか、計画性の無さと、妙に抜けてる部分は母譲りらしい、と千春は喜べばいいのか、悲しめばいいのか、よくわからない複雑な心境になった。
「計画性の無さと抜けてるところは、本当に当時の君にそっくりだよね」
「さぁ、私、ホテルのシャワーでも堪能しよぉ~」
逃げる様に、その場を後にする春奈だったが、ふと何かを思い出したように振り返り、千春のかを見て。
「ここまでしたのよ。覚悟、決めなさい」
「・・・・」
何も言い返せない千春に、本当にどうしてこうと言いたげに視線を千里に向ける。
「俺に似てると言いたげだね」
「言いたいこと言えないのは、どう考えて昔のアナタでしょ!」
それだけを言い残し、春奈は脱衣所へと消えて行った。
「千春。心配したよ。でも無事でよかった」
「ごめんなさい。でも私、どうしてもシー君に・・・・」
分かってるよ、といいながら頭をなでる父に、感謝しつつ、これからどうしたものかと頭を悩ませた。
そう、事態はどちらかといえば自分にとって最悪の方向に傾いているのだ。
今だ勇気も出ず、肝心の昔の返事もできていない。
それどころか、彼には彼女候補のお友達、という一風変わってはいるが、あきらかに自分から見たら恋敵がおり、しかも、しかも。
そこでハタと気が付いた。彼と彼女が今夜二人きりだという事に。
「ああああああああ」
「うわぁ、な、何いきなり?!」
千春は地獄の底からの断末魔のような叫びをあげ、頭を抱える。
あまりに唐突な反応だったので、千里は心臓を押さえながら、何事なのかと娘に問いかけると。
「ね、ねぇ。あの二人、今夜どうにかなったりしないよね?!」
「あ、あー。えっと。年頃の男の子だからねぇ。ごめんよ父さん保証できないわ」
千里は心の中で、真也君、君を信じるよ。とほぼ投げやりな感じで祈るのだった。
千春はといえば、なぜあの時母に命がけで抵抗しなかったのかと思い、泣くに泣けない状況となってしまった。
「真也君、据え膳しないでくれよ・・・」
つい、千里は無意識のうちに口にしていることに気が付き、慌てて口を押え娘を見る。
どうやら他人のつぶやきに耳を貸せるほどの余裕などすでに無いらしく、ひたすら頭を抱えていた。
我が娘ながら、本当にどうしてこんな変な娘に育ってしまったのかと、ため息しか出なかったのだった。
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