25
理性と葛藤は、昨晩の非ではなかった。
何故って、そりゃぁもう当然だろう、目の前に友香の寝顔がなぜか存在しているのだから。
何故こんな事になったのかといえば、話は数分前に戻る。
互いに意識はしたままではあったが、なんとか寝床、ベットとは別に布団を敷いたのだが。
「先輩、なんでリビングで寝る気になってるんですか?」
ランジェリーの上に部屋着、下はペチコート(ふわっとした薄手の生地のスカート)でとても肌触りが良さそうな滑々していそう布地に、真也はもう心臓が破裂するのではないかというぐらい鼓動が高鳴っていた。
よく、漫画やアニメ、果ては大人の映像系で見る、とても色気のある女性特有の着衣に、思春期真っ盛りの男子高校生がそんなもの目にする機械などあるわけもなく、もはや憧れのような、そんな姿を今目の前にあるともなれば、真也は自然と距離を取るのも無理はない。
だって、理性保てる自身ビタ一ミリも存在しないのだから。
もはや待ったなしで離れるしか、真也としては選択肢が無かったのであるが。
「先輩、私また先輩のベット何ですか?」
「またって・・・もしかして昨日も?」
「ええ、千春さんとじゃんけんで決めまして。勝ったほうがベットという話になったんです」
昼間、学校を早退し、家に帰ってきたときの、甘く包み込む様な香りが脳裏によみがえり、さらに目の前にいる本人の、女の子全開の部屋着に頭がくらくらとしてしまい、真也はヤバいと感じた。
何がそんなにヤバいのか、それはまぁ、男としては正常な反応なのだが、今この状況でそこは反応してはいけないと、切実に思う場所が反応しそうになっていた。
「あの、先輩。お腹痛いんですか?」
「良いか後輩。男には尊厳というものがある・・・・あと、ごめん離れて」
もはや素直に離れてほしい、というほかに真也は助けを求められなかった。
だが、彼女はその言葉が不満だったらしく、離れるどころか近寄ってきた。
「いや、心配ですし」
「いや、だ、だからな・・・」
「あ・・・ご、ごめんなさい。えっとその、わ、私、気が付かなくて」
死にたいと、真也は胸のうちで号泣した。
彼女があまりに真也に近づいたせいで、彼の腹部へと視線を移した時に気が付いてしまった。
男性ならばもはや生理現象で、可愛い女性が魅力的な姿や格好、色気のある仕草をしてしまって、反応してしまう下半身に。
これは別に邪な考えや、彼女をどうこうしたい、とか、裸体を想像したとかではなく、男性が自分が可愛いとか愛おしい、魅力的だと感じたものに、油断すると反応してしまう、いわば素直な反応なのだ。
世の男性はこれが外で起こる事の無い様に、普段から意中の相手が近くに居ても意識的に抑える事はできる、だが、今回の真也の反応は、あまりに、イメージしていた友香の印象と違う、少し乙女チックで色気のある部屋着だったため、油断してなってしまったに過ぎなかった。
「せ、生理現象です・・・・ち、誓って何かするとか想像したとか、そういう話じゃないから!」
「わ、わ、分かってます。じょ、女性誌に色々書いてあるので」
「色々?」
「わぁっ。い、今のは、聞かなかったことにしてください」
友香が言った女性誌、というのは、いわば女性専門の雑誌の事なのだろうと、そこまでは真也もわかった。だが、女性誌に男性の事情の何が乗ってるのか、いまいちわからず小首をかしげる真也。
しかし、実際、女性誌には、割と過激な内容が載っているので、友香としては、今の発言で興味本位で真也が見ないか不安ではあった。
「すぅ~、はぁ~・・・・よし。えっとここで寝ます」
「分かりました。それなら私がソレで寝るので、先輩はベットで寝てください。今日は特にそうしてください。早退して寝てたんですから」
「いや、寝たから平気だし・・・はぁ。分かった。分かりましたそうします」
真也が反論しようとしたが、目が笑ってなかったので、そろそろ潮時だろうと思い、言い合いを止め、素直に従う事にした。
それに、これ以上彼女と言い合いをしていると、先程から身長の位置関係で、上から彼女を見下ろすような形になっており、つまりは胸の谷間が先ほどから真也の視界に入ってきていて、いましがた収まりかけた下半身の奮起がまた起こりそうで、慌ててやめたのだ。
こうして、真也はベットで就寝、友香はベットの横に布団をくっつけるように移動し、そこで寝る事となった。
なぜ、近場にと言いたかったが、彼女がとてもうれしそうにしながら布団を動かしているのを見て、野暮なことなど言えなくなってしまった。
その後、もちろん真也は友香がベット下に居ると思うと眠ることなどできず、2時間ほどが経過した。
布団に入って電気を消し、10分ほどだろうか。
そのころには既に友香の寝息が真也の耳に届き、安堵する。
安堵したのもつかの間、彼女のほのかな甘い香りが鼻を付き、真也は妙な安らぎと安心感を全身で味わいはしたものの、やはり落ち着くわけもなく、必死に目を閉じ、寝てしまわないかと思っていたら、友香が起きだした。
布地がこすれる音が聞こえ、ドキリと心臓が自然と高鳴り、身を固くする真也だったが、幸い、友香はお手洗いだったのか、フラフラとした足取りでリビングのほうへと向かったのだった。
数分後、戻ってきた友香に、少しドキリとしつつも、お手洗いだったのか、自分の布団に潜り込んで来たらどうしようと、妄想を膨らませていた。
そう、妄想ですむはずだったのだ。
しかし、次の瞬間、なぜかベットの掛布団がめくれ、布のこすれる音ともに、少し肌触りの良い、つやつやとした生地が、真也の指先に触れ、ギョッとする。
慌てて寝返りを打ち、モゾモゾと侵入してきた人物に目を向けると、目の前にはとても幸せそうな顔をした友香の寝顔がそこにはあった。
すでに触れられる、どころか一部触れているような感じで、ペチコートの一部に手の甲が触れており、サラサラとした肌触りが真也の理性を破壊するかのように襲い掛かってきていた。
「うぅ・・・」
ヤバイヤバイヤバイ。ちょっとなんでベットにぃ。誘ってんのかこんちくしょぉ。などなど、真也の頭の中はもはやカーニバルの様に大盛況で大盛り上がりを見せており、その壊れそうな理性に必死に耐える様に、うめき声が漏れる。
「すぅ~、すぅ~」
友香の吐息が顔を撫でる。
美人とは言えないが、決して可愛くないというわけではない顔、そしてプルンとした桜色の唇が真也の目の前にあり、少し動けはおそらくキスぐらいは出来てしまう、そういう距離に今彼女は居た。
今まで意識はしないようにしてた。
まともに知り合って、仲良くなって3日、ローマの休日やロミオとジュリエットじゃあるまいし、そんなすぐに進展などしないと、そう思っていた。
でも、今目の前にある彼女の顔を見て、可愛い、触れたい、キス、してみたいと、そう思ってしまった。
決してこのまま彼女を物似たいとかそういう感情ではなく、あくまでも、その桜色の唇に自分の唇を重ねてみたいという衝動に、真也はかられたのだ。
「せんぱぁい、だいすきぃでぇぅ」
寝言に全身が稲妻に打たれてしまったのではないかというぐらい、大きく痙攣した。
寝言だと分かっていても心臓に悪い。
だが、今の寝言で真也は助かった。
あのまま、彼女の寝息が続いていたら、真也自身、その桜色のプルンとした潤いのある唇に吸い込まれるようにキスをしていた気がした。
おそらく、キスをしなかった、という未来はないだろう、確実にしていたと断言できるぐらい、吸い込まれる感覚があった。
「俺は、三条さんの事・・・これじゃぁ、好きになっちゃったみたいじゃないか・・・・」
我ながらチョロすぎて涙が出てきそうだ。
好きだと言われ、多少は意識したし、嬉しくもあった。でも、彼女の気持ちにしっかりと向き合わなきゃと、そういう気持ちにもなっていた。
なのにだ、彼女が無防備で、自分の前に可愛い恰好で横たわっていたからほれてしまったなんて、もはやチョロいで十分なぐらい、単純だろと、真也は自身に悪態をつく。
そっと、寝ている友香の髪に触れる。
透き通るような黒い髪は、サラサラできめ細やか。
指を滑る髪は、触れているこっちが気持ちいいと思ってしまうような、そんな暖かく柔らかみがあり、ずっとこのまま撫でていたくなってしまう、そんな気さえしてしまうほどの魅力が、その髪にはあり、思わず頬が緩んだのを自分でも感じた。
さらに、ふわりとした頬に手をのせた瞬間、もち肌というのだろうか、すごく柔らかく暖かい感触が真也の手を包み、もうそれだけで幸せな気持ちになっていた。
「や、ヤバい」
そう思って、無意識のうちに動いていた手を戻し、目をつむる。
すると、昼間と同じように、柔らかく甘い香りが鼻を付き、全身を包み込んでいき、気が付くと闇の中に意識が自然と奪われて行ったのだった。
マズイと思った。
寝ぼけていたとはいえ、先輩の布団に入り込んでしまっていたことに、肺ってすぐに気が付いた。
というのも、自分とは違う、先輩特有の匂いが鼻を付き、アレ、おかしい。昨晩堪能した匂いがさっきまで寝てたらしなかったのに、今はすぐそばに強く香。
そう思った次の瞬間、髪を撫でられ、思わず体が反応しそうになるが、なんとか耐え、自然に寝ている風にふるまった。
しかし、真也の行動はさらに髪を撫で、頭を撫で、さらには友香の頬をその暖かい手で撫で、包み込むものだから、もはや眠気など完全に吹っ飛んでしまった。
吹っ飛んでしまったがゆえに、最初の夢うつつの状態から覚醒してしまい、よりはっきりと真也の手の温もりを感じる。
しかし次の瞬間、その温もりがスッと消えた。
どうやら、慌てて手を引っ込めたらしく、非常に寂しい気持ちになり、思わず目を開けて、先輩、続き、してください。と言いたくなってしまう。
だが、そんな事をすれば、もはや正当なお付き合いとは程遠いものになってしまうのではないか、自分たちの関係や、中身はまず間違いなく歪んだものになってしまうような、そんな気がして、残念だけど、今は耐えるしかないとそう思った。
程なくして先輩の寝息が聞こえてきて、ほっとする。
「先輩・・・・」
ゆっくりと目を開け、大好きな人の顔を見る、鼻立ちも良く、スッキリした印象で、前髪が短く、よく見える顔。
イケメンというわけではないが、それでも整った顔で、非常に好ましく、おそらくモテるだろうが、彼の良さは顔じゃなく内面だという事を友香は言っている。
ふと、髪の毛を、頭を撫でてみたいという衝動にかられ、先程とは違い、今度は友香がその小さく華奢な腕を伸ばし、そっと頭に触れる。
少しチクチクとする、髪の毛を、愛おしくなでて、先輩の顔に視線を向ける。
キス、してしまいたい。
そう思うけど、キスは互いに了承のもと、するものだと、友香はそう思っていた。
だから胸が高鳴り、愛おしくてどうしようもない今の状況でもしてはいけない、そう自分に言い聞かせる。
「愛してます・・・・真也さん」
彼の名を口にし、そっと目を閉じ、ジワリと暖かくなる胸の鼓動を感じながら、また夢の世界へと旅立っていくのを、意識が薄れていく中感じているのだった。
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