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7話 心が自然と求める行動。

 ドアの修理が迅速に行われ、嵐も嵐がやっと収束し、一段落付いたところで、友香と真也はテーブルをはさんで向かい合わせに座り、お茶を楽しみながら、お互いに見合う。

「あの、先輩。ごめんなさい」

「いきなりなんだよ」

「いや、さっきのデートの話です。先輩にもおそらく千春さんにもお互いに事情があって、今の非常に面倒くさそうな状況になってるはずなのに、答えを急がせるようなことをしてしまって」

 どうやら自分の行為が、2人の負担になっているのではないか、そんな不安でもあるのか、友香は心配そうに真也を見ている。

「う~ん。事情はねあるよ。でもね、それは気にしなくても良いと思う、どこかでケリはつけなきゃいけなかった話だし」

「ケリをつける、ですか?」

「そう、3年放置してしまった事にね」

 真也は遠い目をしてそういう。

 友香は聞いて良いのかわからなかったが、あえて聞いてみる事にした。

「何があったんですか?」

「告白をねしたんだよ、アイツが向こうに行く直前に」

 その言葉を聞いた瞬間、友香は胸が苦しくなり、いたたまれない気持ちになったが、自分から聴いた手前、聞かないわけにはいかなかった。

 それに、千春の言動からも、そんなものが垣間見えていたのだから、この言葉がどこからか出てきてもおかしくないとは覚悟をしていた。

 ただ、覚悟をしていても、痛いものは痛いし、傷つきもする。

「でもね。あいつに突き飛ばされて、気絶して、返事は聞けずにあいつは俺の前から消えた」

「はぁ?! えっと、何かのギャグかなんかですか」

 あまりの無い様に、友香は聞き返すが、真也からは乾いた笑いが返事として帰ってきたため、どうやら笑い話とかそういう事ではないとすぐに気が付いた。

「じゃ、じゃぁ、先輩はまだ・・・・まだ千春さんの事好きなんですか」

 聞いてはいけない、その答えはデートの後だと、自分でも先ほど春奈に言ったばかりではないかと、友香は分かっていたが、気が付けば口が勝手にその言葉を紡ぎだしていた。

 歯止めが利かなかったと言えば、まぁそうい事もあるだろうと納得もされるかもしれないが、友香は慌てて自分のしたことが彼の心に土足で踏み入る行為であることに気が付き、慌てて自分の口を押える。

「あ、そ、そんなに気にしなくていいよ。俺もね、分からなくなってたんだよ」

「わからない?」

「まぁなんだ、情けない話だけど。告白して、返事が無くて、そのまま姿消されて3年、いきなり姿現して、付きまとわれて。正直、こいつふざけるなよ、とは思ったし、あの時の返事はどうしたとも言いたかったし、なんで今更・・・そうだな、なんで今更現れたんだっていうのが一番強かったよ」

 友香は黙って真也の言葉を聞くことに徹する。

「しかも、三条さんから告白された次の日だよ。タイミング悪いにもほどがあるだろ、って思った」

「わた・・・」

「三条さんのせいじゃないよ。あのバカのタイミングの悪さが極まっただけだよ、これは」

 本当に困っているのか、非常に表現しがたい、複雑な表情を浮かべ、笑えてもいない笑みを向けてくることに、友香はびっくりする。

 それがどれだけ複雑な心境なのか、友香は想像のしようがなかったが、一つ分かる事は私が告白したタイミングは、ある意味ではよかったし、ある意味では最悪のタイミングだったのやもしれなかったという事実だった。

 色々な不運が重なった結果、この三角関係のような変な状況が出来上がってしまったのだ。

「あの、先輩は、私との関係・・・こ、後悔してますか?」

 怖い、聞くのが怖い、聞いちゃいけないし、もし彼が自分の求めてる言葉とは真逆の、後悔してるとか、知り合いにならなければよかった、などといわれた日には立ち直れる自信なんてなかった。

 しかし先程と同じく、話の流れから自然に言葉が出てきていた。

「それは無いかな。むしろ良い切っ掛けだったんだ。このままじゃ、行けないとは思ってたし」

「そ、うなんですね」

 言葉が詰まる。

 正直自分が思っていたのとは少し違った答えに、かなり安堵している事に気が付き、自分でもびっくりする。

「むしろごめんね。俺、君の告白に対して真剣に向き合えてないし。利用するような真似してる」

「それは違います!」

 突然の大声に真也はびくりと体を震わせ、目を見開き、友香を見る。

「私が勝手に告白したんです。それに、先輩は私の気持ちを汲んでくれて、ロクに話したこともない女の事を知ろうとして、彼女候補のお友達にしてくれました。そんなの、私の気持ちを利用したなんて違います。私の気持ちにしっかり向き合いたいから、そうしたんじゃないんですか?」

 まくしたてる様に言う友香に、まいったなぁとバツの悪そうに頭をかきながら、笑う真也。

「三条さんは本当によく見てるね。はぁ、今言ったことでだいたいあってるかな。告白する勇気も、それを聞く方の気持ちも、俺は知っている。だからね、君の告白に対して曖昧な返事はできないと思った。

 でもね、俺は君を知らなすぎる。

 だから、知る必要があると思ったから、彼女候補のお友達からっていう人によっては怒られそうな内容を提示したんだ」

 確かに、真也のおこなった提案は、告白の返答には非常に失礼に近い事で、正直褒められた行為ではけっしてないだろう。

 相手が求めているのは、イエスかノー、この二択なのだから。

 しかし、友香はその提案を受け入れた。怒る事もなく、悲しむこともなく、ただ自分を知ってもらうために。

「先輩。私嬉しかったんです。変わってないなぁって思って」

「変わってない? そう言えば、俺の事、以前から知ってる感じだけど、いったいどこで?」

「新学期早々に、っていうのはお話したと思いますが、それ以前に私と先輩はお会いしてるんですよ」

 やはり心当たりはないのか、真也は小首をかしげ、眉間にしわを寄せ考えを巡らせる。

「ヒントは、静流さんです」

「は? なんであの人?」

 ヒントの意図が全く分からず、混乱する真也の姿を見て、非常に楽しそうにクスリと笑う友香。

「先輩。答え合わせは、デートの時にしましょう。その時に、先輩の今の気持ちも聞かせてください」

「え、ああ。まぁそうだな。ところで、その気持ちっていうのは、デート終わりに即答しないと駄目なのか?」

「どういうことですか?」

「チー、千春ともデートするんだよな。2人とのデートが終わった後。2人同時に答えを聞くとかじゃ駄目か」

 何故そんな、もしかしたら誰かが傷つくかもしれない、と思って思いとどまる。

 そもそも、好きだ嫌いだ、付き合う、付き合わない、そんな三角関係みたいなこの状況である、誰もが無傷なんてそんな都合のいい結末なんて存在はしない、誰かは泣くことになるのは間違いないのだ。

 ただ、それが自分が好きな相手からの拒絶の言葉ともなれば、想像に耐えない。

「私は・・・それでも構いません。か、覚悟はできてます」

 想像するだけで、身震いし、肩や足が少し震え、怖いと感じる。

 でも、だからこそ、彼の出す答えを真正面から受け止める必要がある気がした。

 真也は、ごめん、といいつつも、覚悟を秘めた目で友香を見つめ。ああ、私はこの人のこういう所に惚れてしまったんだなぁと、改めて思い知らされる。

 一通りの話が済み、夜も10時である、そろそろ就寝のためにお風呂をと、真也が友香に進めてきた。

 そこでふと友香は思った。

「あ、あの。わ、私、泊まっても良いんですか?」

「え、ああそういや、千春が泊まるとか言ったからこうなってたんだっけ」

 失念していたのだろう、真也も言われて初めて気が付いたらしく、疲れ切った顔でそうつぶやいたが。

「今日は疲れたでしょ、嵐みたいだったし。こんな時間から帰せないし、泊まってたら? もともとその予定だったし・・・ってまぁ、そのなんだ、俺が無害とは言い切れないし、三条さんさえ問題なければだけど」

「問題は無いです! せ、せ、先輩が大丈夫なら!」

 佐藤家の嵐のようなごたごたで、すっかり泊まるとかの件を2人そろって忘れていたため、今居なって思いだしたが、2人とも疲れていたこともあり、お互いにソレでいいやという気にはなったのだが、それでも意識するなというのはさすがに難しく、互いに伺うような態様になっていた。

 友香にいたっては、興奮と疲れから、慌てふためいており、声もいつもより上擦っていた。

 先ほどまで鬼のような春奈に、淡々と言葉を投げかけていた人物とは思えないほど、動揺し、取り乱していた。

 その姿があまりに可愛く、慌てて真也は視線を外した。

 やばい、ナニコレ、俺はどうした。年下の女の子にこんなにときめいてどうすんだ。

 と内心では色々葛藤してはいるが、表情に出すまいと、見られまいとして、視線を無理やり逸らす。

「と、とりあえず私。お風呂頂きまひゅ」

「おう」

 友香も真也も限界だったのだろう、お互いにお互いの顔を見ない様にしながら、一人はそのままで、もう一人はバックを開け入浴の用意をしようとして、どたばたとカバンをあさっていた。

 ゴト、という何か重い物が落ちたかのような音がし、真也の視線の先に綺麗な刺繍のはいった巾着袋が落ちた。

「なんだ・・・」

「ひゃ、ひゃめです。ダメダメ。これは、これは駄目です!」

 真也が手に取った瞬間、ひったくる様にとてつもない力で真也の手の中にあった巾着が奪われた。

 思わず何事なのかと視線を向けると、今にも泣きだしてしまうのではないかというぐらい、顔を真っ赤にし、瞳一杯に雫をため、プルプルと震える小鹿のような友香がそこにはおり、威嚇する様に真也を見ていた。

 どうやら相当見られてはいけない、女子として恥ずかしいものでも入っているのだろう、そう察した真也は、悪かったと頭を下げる。

 すると、にゃんでもないです、と露越の回らない口でそう言い放つと、洋服を抱え、制服のスカートを翻しながら、慌てて風呂場へと友香が向かった。

 あまりに慌てていたのと、勢い余って立ち上がり翻したので、真也の眼前には友香のスカートの中身がちらりと見えてしまい、やべぇっと思って目をそらしたが、しっかりと瞼の裏に焼き付いてしまった。

「なんで・・・ピンク」

 そこは白じゃねぇのかよ、とツッコミを入れたかった真也だが、いろいろ聞こえてないかと焦るが、幸い、周りが全く見えなくなっていた友香の耳に真也の独り言が拾われることはなかった。

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