21

「大変、ご迷惑をお掛けいたしました」

 春奈は、正座をし、姿勢を正すと、真也に向かい土下座した。

「あ、あのぉ、春奈さん。頭上げて」

 真也が慌てて制止するが、その姿勢のまま微動だにしない。

 あまりの出来事に、流石に長い付き合いの真也も、いやまて待て、この人がこういう事するときは、アレだ、本気の謝罪だ。

 長い付き合いの深夜からしたらたまったものではない、そう思わず泣き言を言いたくなるぐらいの出来事で、慌てふためく。

「お、おかあさんそれぐぅ・・・うぅ」

「お前は黙れ」

 隣に正座させられていた娘、千春が母を制止したが、みぞおちに一発受けて呻く。

 これは相当お冠だと察し、流石にそろそろと真也は思ったのだが、やらかした数々を思い浮かべ、どうしてか許してあげてくださいの言葉を飲み込んだ。

「この娘は、このまま連れ帰ります」

「ちょっと。勝手に・・・・はい・・・」

 流石に納得できず、反論をしようと痛みに耐えながら声を出す千春だっあが、喋るな、殺すぞ、と言わんばかりの殺気のこもった目で睨みつけ黙らせる。

 その場にいた全員が、今の睨みで人が殺せるんじゃないかと戦慄するほどの怖さがあり、黙らざるおえなかった。

「それ、困ります」

「はぁ?」

「困るので」

 まだ殺気の籠った目つきのままだった春奈の目が、声の主、友香をとらえる。

 これには、慌てて口を挟もうと真也が止める間もなく、再度聞こえる様に、友香は春奈にそう告げた。

「アナタは誰?」

「申し遅れました。三条 友香と言います。先輩、真也さんの彼女候補のお友達です」

「彼女候補? 友達?」

 意味わからんという様に、春奈は真也に説明しろという様に視線を投げかける。

 その後、真也の口からではなく、友香から事の流れと、なぜここにこうしているのかも含めすべての説明がおこなわれた。

 その間、何度か怖い顔をした春奈に一切動揺するそぶりすらなく、友香は淡々と話し続け。最後に再度。

「千春さんと私で、午前と午後でそれぞれ先輩とデートする予定があるんです」

「デートなんてして、何の意味があるんだい。しかも午前と午後、別々って事かい?」

「ええ、別々です」

 聞いてないんですけど。いつそんな話になったんだと真也は思ったが、春奈が突入してくる直前、デートの話が出ていて、何か説明をしようとしていたところ、この人の乱入により、話が頓挫していたのだったと思い至。

「そのデートで、一度先輩に、今の気持ちを確認してもらうんです」

「はぁ! わ、私まだやるなんて言ってない」

「アナタがいつまでもヘタレでグズグズしてて、開けくのは手に引っ掻き回すからでしょ。いい加減、何しに来たかぐらい、先輩に言ってみたらどうなんですか!」

「ぅ、そ、それはぁ」

 はぁとため息が漏れる友香。

「え、あのね、友香さんだったかしら。うちのバカ娘まさか・・・」

「はい、そのまさかであってると思いますよ」

 もはや自分の娘ながら情けない、そう言わんばかりに、涙目で千里に春奈は視線を向け、千里は苦笑いをした。

「あ、アンタ本当に、本当にもぉ。3年前といい、今回も。どうして感じなところで肝心な・・・・」

 アー、と叫びながら頭を抱える春奈に、もはや真也も友香も同情の色を隠せなかった。

 当の本人千春はといえば、だ、だって私・・・だ、だからここに来たんだし、とかなんとか言い訳をぶつぶつと聞こえるかどうかの声量でつぶやいており、あいも変わらず煮え切らない。

「なので、いったんの区切りとして。お互いの気持ちを再確認するために。先輩も、自分の気持ちが今どこにあるのか確かめてもらうために、その際に、もし私の事が迷惑だというのなら、言ってくださいね」

「おいまて、俺は・・・」

 と言葉を紡ごうとして、千里さんがいつの間に真也近づき、その後の言葉を黙って静止した。

 真也自身、今ここで勢いのまま言ってしまえればという思いはあったが、それと同時に、俺は何を言えばよかったんだ今。と分からなくなってしまった。

「なので、あと3日お時間頂けませんか」

 そう言って、友香は深々と頭を下げた。

 本来一番この件では被害者といってもいい人間が、こうして頭を下げている、その事に、事の発端を作った娘を持つ春奈さんは、非常に居たたまれない気持ちになり。

「ごめんなさい。アナタにそこまで気を使させてしまって。分かりました。その申し出ありがたく受けさせていただきます。良いわね?」

「え、良いの?」

 春奈が非常に申し訳なさそうに友香の提案を受け、千春に促すが、とうの感じんな本人は実感が無いのか、呆けたようにそういう。

「次はないわ。失敗しようが、成功しようが、連れ帰る。い・い・わ・ね?!」

 はいしか言えないだろう、と真也は思いつつも、余計な事を今言うと藪蛇になりそうだったので、黙っていた。

「ともかく、今日はホテルまで連行よ」

「え、いやぁ。私ここでお世話になろうかなぁと」

「うん、なんて?」

「はい、そちらに行かせていただきます」

 それ以上逆らってはいけないと、長年の経験から理解したのだろう、千春は諦めて首を垂れた。

「真也君、あわただしくて悪いんだけど、そろそろ帰るわね。この娘をこの後こってり絞らないといけないから」

「春奈さん、お手柔らかに」

「それと、一つ気になってることがあるんだけど」

「何です?」

「うちの娘が無茶した割に、ここに来る前に、色々調べたのだけれど、なんかあまり騒ぎになってなかったみたいなんだけど、なんで?」

「それは静流さんが・・・」

「静流って?」

「生活指導の。紅 静流という人なので・・・」

「あー、ルイルイ、そうなのね。うわぁ、迷惑かけたぁ。ち~は~る~」

 真也が説明して、名前を出した途端、どうやら顔見知りだったのか、嬉しそうにしたのもつかの間、また鬼の形相になり、千春を睨んだ。

「は、春奈さん、どういう知り合い?」

「師匠で、アレは弟子。覚えてない、一時期アンタたちと一緒に護身術習ってた大人のお姉さん居たじゃない」

 言われて見て、そう言えばなんかギャルっぽい少し派手目の人がいたような気がするが、今の静流さんと似ても似つかず首をかしげると。

「ギャルよギャル。居たでしょ」

「え、いやいやぁ、春奈さんそれはないですよぉ、静流さんどっちかというと、黒髪ロングが似合う美人ですよ」

 そう真也が言うと、横で聞いていた友香も頷くが。

「紅、何て苗字忘れないわよ。多分あってるわよ。しかしそうかぁ、って事はあなたたち二人、たぶん彼女気が付いてるわよ」

 そこでようやく、真也は妙に静流さんが自分に絡んでくる理由の一つが何となく合点が良き、マジかぁと、思わず声が漏れる。

「あのギャル、見た目は出なく背にへんに恥ずかしがるから面白かったのよねぇ。それにあんたらより弱くてねぇ」

「え、静流さんめっちゃ強いみたいですよ」

 ふぅ~んと、非常に嬉しそうな声音になり、後で顔出すって伝えといてぇ、という言葉を残して、千春を引きずるようにして部屋を後にした。

 嵐が去ったと言えなくもないぐらい、気が付けば部屋の中はぐちゃぐちゃだになっていた。

「は、はぁ。び、びっくりしました」

「た、確かにビビったわ。大丈夫三条さん」

「あ、は、はい・・・あ、あれぇ。こ、腰抜けちゃったみたいです」

 乾いた声で笑う友香を見て、真也もまた、そりゃぁまぁあんなおっかない人相手に一歩も引かない何てことすればそうもなるだろう。

 そう思いながら、彼女をねぎらう様にお茶の準備を真也は始めるのだった。

 その後、千里が手配した業者さんが到着し、破壊されていたらしい、ドアの修理に取り掛かったのだが。

 真也もびっくりなぐらいドアをうまい具合に、関節でもはずしたのかというぐらい、綺麗にネジの部分だけが歪んでとれていた。

 いったい何をどうすればこうなるのかと、業者さんと一緒に小首をかしげた真也だった。


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