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 授業中という事もあり、廊下には3つの足音が響き、その音だけが妙に大きく聞こえ、先頭を歩く静流の足音が、後方の二人よりも大きいような気がしてならなかったのは二人は聞き逃していなかった。

 おそらく、相当ご立腹なのだろう、歩き方がとても整ってはいるが、音だけが妙に大きく響いていた。

 そんな静流の久々の静かな激情に、今すぐにでも踵を返して逃げたい真也は、どうにかできないかと周囲に視線を巡らせる。

「おい平塚。手間だけは取らせるなよ」

「な、何の事っすかねぇ」

 一様誤魔化しておくが、どうやら気配で気が付かれてしまったらしく、逃げるという考えはその時点で消えた。

 落胆の色を隠せない真也と、今のやり取りの一部始終を見ていた千春は、内心、私もしかして超やばい? と今更ながらに危機感を募らせていた。

 連れてこられたのは生徒指導室、ではなく、司書室だった。

 生徒指導室の場合、ガチのヤバいやつだと真也は思っていたが、どうやらそういう話ではなく個人的な事、と言う名目で話でも聞くつもりなのだろうと、なんやかんやでお世話になっている静流に、ほんとかなわないわと真也は頭をかいた。

 部屋に入り、椅子に座るよう促され、てきぱきとお茶の用意をし、4人分お茶を入れる。

「あの、4人分?」

「そろそろ来るぞ」

真也の疑問は、がちゃりと空いたドアから現れた。

「静流さん。呼ぶのは構いませんが。授業中ですけど」

「おお、すまんな三条。茶菓子も買ってきてくれたか?」

 まったく、生徒指導が、生徒の大切な勉強を妨害してどうするのかと、友香はその時の授業教師にでも言われたのだろう、チクチクと、嫌味たらしく言っており、静流もまたバツの悪そうに、すまん、すまん、と平謝りをしていた。

「この3人集めたって事は・・・そういう事ですか?」

 どういう事なのかは、あえて濁し、真也は相手の様子をうかがう様に静流に聞く。

「おまえぇ、そういうことろだぞ。慎重なのはいいが、政治家みたいな逃げ道作った言い方するのはやめとけぇ。ろくな大人にゃうぅぅ、もぐぅ」

「食べるか喋るかどっちかにしろや」

「静流さん、食べながら喋るのは、はしたないです」

 真也は注意を、友香は苦言を申した。

 流石に生徒二人に同時に言われてはたつ手が無い静流は、お茶でお菓子を流し込み、三人を見やる。

 ついで、深いため息をして、真也を見た。

「お前は今すぐ帰って寝ろ。寝てないだろ?」

「な、なんですいきなり?」

「言わなきゃわからんほど、頭悪くないだろ」

 しっしと、あからさまに出て行けどいう仕草をする。

「せ、先輩。なんで寝てないんですか?!」

 寝てないんじゃない、寝られなかったんだ。などと口が裂けても言えない真也は、静流に頭を一度だけ下げ。

「バイトの件も含めてすんません。そうさせてもらいます」

「ああ、あの妙に抜け目なさそうな店長さんなぁ。多分気が付いてたろうけど許可してくれたぞ、色々」

「色々が何なのか、あとでじっくり聞くとして。マジすんません、帰ります」

「気を付けて帰れよぉ。オイこら着いてこうとするな」

 これ幸いと、真也がすでに限界に近い眠気を引きずり、部屋を出る。

 その後をすかさず心配なのか友香が追いかけようとするが、静流に制止された。

「せ、先生?」

「あのなぁ三条。年頃の音が、見目麗しい女性を2人も家に泊めて、まともに睡眠取れるわけないだろ」

「そ、それならなおの事、看病を」

「まだわからんか。要は興奮してたんだ。今お前が近くに居たらまたまともに寝れんぞあいつ」

 静流の説明に納得がいったのか、友香は顔を真っ赤にして俯く。

 静流としては、だいぶ真也と親しくなったことで、友香の良さである冷静さとかが少し欠如し始めているのではないかと少し気がかりだった。

 恋は盲目である、などという言葉があるが、まさに昔の偉人の言葉は的を射ているだろう。

「そっちの転校生は、なんとなく察してはいたか?」

「いえ、私もシー君が友達とそんな話をしていて初めて知りましたし」

 やれやれ、二人そろってそれかぁ、と首を左右に振り、呆れた顔をする静流。

「で、無茶してここまでの事して、何か成果は得られたのか美少女博士さん?」

「な、なぜ博士であると?」

 確か、飛び級はしていることなどは転校する際の材料にした気を苦はあるが、自分が博士の資格を取って、さらに学会から研究費用を頂いていることは、誰にも言っていないのだ。

「大人を侮らない事だな。まぁ私じゃないと調べられなかったような箸もあるから、別に君は悪くないぞ」

 何をどうしたのか非常に気になる部分ではあるが、触らぬ神に祟りなしとは言うし、聞かないでおこうと千春は聞き流すことにした。

「静流さん。あまり無茶は」

「無茶させてんのは何処のどなたたちかなぁ?」

「ひ、ひひゃいですぅ」

 窘めるつもりが、逆に窘められてしまい、両頬をグニグニと静流に友香はこねくり回された。

 そんな二人の様子に、なんかいいなぁこういうのもと、ここ3年様々なものを犠牲にしてきた千春はふと思う。

「なぁに黄昏視線送ってるんだ、お・ま・え・は!」

「あいたぁ。あのぉ、私これでも」

「これでもなんだぁ。色々もみ消したり、調整したりと、本当に良くもまぁこれだけ引っ掻き回したものだと、私は涙ちょちょぎれそうだったぞ昨日」

 いったい何をしたのかは語らないが、どうやら相当各方面に根回しをしたらしいことは言葉の端々からにじみ出ており、千春は自分がいかに見切り発車でここに来たのかという事を再度思うがそれをさらに決定ずける一言が放たれた。

「教育員会黙らせるの、大変だったわぁ」

「静流さん。ほどほどにしないと、目付けられますよ」

「手遅れだな」

 はははは、とから元気で笑い出す。

「あ、あの。ごめんなさい」

「まぁ、若いうちの無茶はするもんだ。その無茶のフォローは大人がしてやればいいが、そう甘えられてるんだって事は忘れない事だな」

 なるほど、真也や友香がこの人に頭が上がらないだの、借りを作りたくないだのと話していたのはこういう事かと、千春は自分がその立場になって初めて思い知らされる。

 発言ややっていることはいる事は破天荒だが、そのすべては生徒のためという、今時とても珍しい先生だという事なのだろう。

「ところで二人とも。エロ本は見つけたか?」

 はぁ? 千春と友香は素っ頓狂な声を上げるのだった。

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