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3年ぶりぐらいに聞いた春奈の怒声に、子供のころから染みついていた体が反応を示し、手足ががくがくと痙攣する。

「な、なんか秀才をと大卒かなんかを縦に、校長に無理やり転校を許可させたとかで。うちの面倒見のいい生徒指導の先生が裏で動いてくれてるみたいです!」

「(ふぅ~ん)」

 関心があるのかないのか、嵐の前の静けさのような不気味さのある一言だけが帰ってきて、真也はもう勘弁してくれぇと千春に視線を向け電話を替わるように促すが。

 無理、無理、絶対無理。どうなるかわかるでしょ?! と必死に小声で訴えてくる。

「え、お、おい!」

「あの、もしもし。初めまして、私、平塚先輩の友達で、この件で動いていただいている先生と親しい、三条 友香と申します」

 あまりに不甲斐ない二人を見かねてなのか、友香が真也から自然な動作でスマホを取り上げると、自分の耳に押し当てた。

「(え、これはどうもご丁寧に。友香さんで良かったかしら、大変な事になってたり色々な人に迷惑かけていたりとか、そんな事になっていないかしら)」

「静流さん。生徒指導の先生なのですが、非常に信頼できる女性ですので、ご心配かもしれませんが、どうにかしていただけるかと思います。すでに動いているみたいなので」

「(あら。あの、親しいとの事ですが・・・・)」

 そこからにさん会話が交わされ、何かの番号を友香が電話越しに春奈さんに伝わり、その直後、スマホを真也に差し出してきた。

「最後に変わってほしいとの事です」

「え、ああ。もしもし」

「(ごめんね、そのバカ娘、しばらく真也君のところで預かっていただけないかしら)」

「無理っす。俺今一人ぐらいしなので」

「(家賃代わりに襲っちゃってもいいから)」

「全力で遠慮いたします」

「(あー、うん。まだ昔の事気にしていないわけないわね。ごめんなさいデリカシーが無かったわ。でもお願い、3日でいいの、泊めてあげて)」

「はぁ。貸一つで」

「(ありがたいわぁ。お母さんたちにも後でお礼を・・・・バカ娘に伝えておいて。3日後覚えておけよ)」

 そう言って、こちらの返事を待たずに通話は切れた。

 最後の一言は、真也の足の力を抜けさせるのに十分だったらしく、足元から崩れ落ちる様に力なく地面に尻もちをついた。

 あまりの出来事に友香は慌ててしゃがみ込み、先輩大丈夫ですか?! と声をかける。

「チー。伝言」

「シー君さぁ、聞かないって選択肢は?」

 伺う様にそういう千春に、真也は睨みを利かせ、言葉ではなく眼で訴えると、観念したのか、首を垂れて力なく口を開いた。

「あ、はいどうぞ」

「3日後、覚えておけよ。だってよ・・・・マジ勘弁してくれ」

「シー君助けて」

「あともう一つ、お前は俺の家で預かれだと」

「え・・・・わ、私年頃の女の子なんだけどぉ」

 それは分かっている、だから拒否していたんだと真也は正直俺が泣きたいわと思っていると。

「3日ですか・・・」

 話を聞いていた友香が、何やら考えを巡らせ、次の瞬間何かを決意したかのように顔をあげ、真也に視線を向ける。

 あ、これロクなやつじゃないやつだと、直感で思った真也は、言わせまいと声をかけようとしたが、それはかなわなかった。

「私も3日間先輩の家に泊ります」

 予想の斜め上の発言が彼女の口から発せられ、真也は頭を抱えたのだった。

 どうしてこうなったのか、真也は今日は厄日だと思いながら、日が暮れる校門前で黄昏る羽目になってしまった。



 4話 それぞれの想いと苦悩。

 なぜこのような事になってしまったのか、真也はソファーを挟んで向かい合う女性2人を見ながら、深いため息をつきつつ、二人にお茶を出していた。

 友香の発言をまさか本気ではないだろうと、そう高をくくって甘くみていた真也だったが、あれよあれよという間に、ご両親への承諾があっさり終わり、なぜかだか、うちの娘をよろしくお願いしますね、と朗らかに挨拶を携帯越しでされ、慌ててまずいでしょと言ったら、娘の好きになった男性ですもの、信頼してますよ、と遠回しにくぎを刺された真也は、もはや逃げ場などなかった。

 幸いなことに、真也が住んでいる部屋は2LDKのそれなりに大きいマンションで、部屋アが1つと、リビング、キッチンもそれなりの広さ、でトイレ浴槽は別の学生が済むには少し贅沢な物件だが、この物件、平塚家の持ち物で、真也が暮らす前は別の方にお貸ししていたらしく、その収入もあったらしいのだが、真也が高校あがると同時に、この部屋に強制送還されたのだった、平塚家母曰く「男が炊事選択家事出来ません。の時代は終わったのよ! 一人暮らしすれば嫌でも覚えるわ。行け」最後は行けの一言で、家を真也は強制的に追い出されたのだった。

 なので、一様は一人暮らしではあるが、流石に3人寝るとなると、一人は寝室とは別の、リビングか台所での就寝となるが、どう考えても俺だよなぁ、と一人納得していた。

「あのぉ、三条さん本気なの?」

 再三確認はしているが、どうしても納得できな真也は、伺うように再度問いかける。

「いくら幼馴染でも、年頃の男女が、1対1で3日間も一緒なんて。飢えた野獣に、新鮮なお肉与えるのと同じぐらい、あっさりガブリンチョです」

 最近聞かないような、妙に古臭い言葉が出てきて、図書館通いはすごいなぁなどと真也は現実逃避を始めた。

「待って。いくら私でも、そんなん・・・襲うの?!」

「期待に満ちた顔で聞くんじゃねぇよ。お前ら親子は何考えとんだ!」

「なので、私もいれば、変な事にはならないと思うのですが」

「ごめん、なんか巻き込んだかも」

 流石に申し訳なさから、真也は友香に頭を下げるが、彼女は彼女で、はっきりと。「それに、納得いかないので」と言葉をつづけた。

 突然フッてわいてきた幼馴染が、意中の相手の部屋に泊るなどと、そら昨日勇気を出して告白したばかりの女の子としては、冗談ではない、となるのは当たり前だろう。

 そこで、真也のスマホにレインの通知が届いたので、何気なしに誰だこんな忙しいときにと、愚痴をこぼしながら開くと(おお、両手に花か? 避妊具は付けろよ男の子)静流からのありがたいお言葉だった。

 おそらく解釈はこうだろう、(両手に花とは良いご身分だなぁ。なんかあって見ろ、分かるよなぁ)という解釈であっているだろう、と思いそのまま返信をせずに放置した。

 というかなぜこの人はいつの間に俺のレインを知ったのかと思ったが、友香がごめんなさいと、誤ってきたので、おそらくそういう事なのだろう。

「あの、夕飯どうしますか?」

 友香のその一言により、夕飯の準備が女子二人で、華やかに行われようとして、真也は慌てて、千春の首根っこを摑まえた。

「ちょっと何するの!」

「お前はこっちだ。火事でも誘発するつもりか」

「わ、私だってここ数年で・・・・」

「勉強しかしてなかったのは、千里さんから聞いてるが?」

「何か問題なのですか?」

 真也と千春のやり取りに、特に疑問をもたず友香がそう聞いてきたので。

「三条さん。まともな夕食にならなくなるのを覚悟できるなら、こいつを台所に立たせてもいいけど」

「いえ、分かりましたなんとなく。私のお料理で良いですか?」

「むしろお願いしていいかな? お昼のお弁当美味しかったし」

「は、はい!」

 千春とのドタバタから永遠、友香はあまり感情を表には出していなかったが、ここに来て初めて、満面の笑みでそう答えたので、不意打ちの取り繕う事のない笑顔に、真也は心が揺らめく。

「恋人候補ね・・・」

 そんな二人の、仲睦まじそうな姿を見て、千春は独り言を二人に聞こえない声でつぶやいた。


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