10

 昼食が終わり、お昼休みも終わりに差し掛かった時、友香はふと疑問を投げかけた。

「あのぉ、先輩と先生は何を?

 そら気になるだろう、麗しの女性教師と、青春真っただ中の男子高校生が、司書室で一緒に居れば。

 ましては友香からしたら、思い人が、大人の色気のある女性とともに居るのだ、気にならないはずがない。

「あー、こいつ今日は事業全部ぶっちする気だったらしくてなぁ。街中ウロチョロされて、補導されると、出向くのが非常に面倒だから、ここに監禁した」

 そうだよな? という視線をわざと信也に送り、真也はため息をしつつも、この様々な事への配慮に、内心感謝していた。

「ただまぁ。なんでそんな事しようとしたのかについては。本人から聞いてくれ」

 あー、はい。その辺は自分でどうにかしろという事ね。と感謝したのもつかの間、落胆する真也だったが、それでも、生徒を放置してしまったほうが良く分も楽なのにしないというのは、この人の面倒見の良さなのだろうと、改めて思う。

「逃げられないので、放課後までここにいるから。迎え来てくれるとありがたい」

「はい。では、私は授業戻ります・・・先生」

「しないから、何もしないからそんな怖い顔するな。逐一、愛しの彼氏のことも報告してやるからぁ」

「い、いりません!」

 ドン。と少し強めの音を鳴らして扉が閉められた。

 一様まだお友達、だという事はこの際野暮なので言わないほうが良いかなぁと思い、真也はそんなやり取りを見つつ苦笑いを浮かべていた。

「なぁ、平塚ぁ」

「何です」

「あんな良い娘。泣かすなよ」

「はぁ、自信なくなるわぁ」

 さっきの話を聞いてた静流が、感情のこもってない声音でそういうものだから、ついつい真也は本音が口をついて出た。

 そんな彼の背中を思いっきり、音が出るぐらいバシンとぶったたくと、静流は用があるとかで、部屋を後にした。

 これで逃げられる、そう思ったが、すでに授業を告げるチャイムはなり終えており、なおかつ、立ち上がって逃げようとして、先程の友香との約束を思い出した真也は、頭をかきつつ、本当に静流は食えないわぁと悪態をつきながら、椅子に座り直して、近場にあった本を手に取り、読むこととした。

 今日は本当に厄日だと、心の中で嘆きつつも、つい今しがたの至福のひと時をかみしめながら



 放課後、約束通り、少し遅れて友香が現れ、一緒に連れ立って真也は帰る事となった。

 待っている間、どういうわけか、絶対に居なくならないと踏んでなのか、静流が司書室に終ぞ戻ってくることはなかった。

「あの、静流さんに戸締り頼まれたの」

「ああ、何か手伝う? ってかあの人とどうやって連絡とってるの?」

「レイン、一方的に送ってきまして」

「スマホもってたんだ、静流さん」

「自分が教えても良いという人にしか教えない、らしいです。なんか同僚の教師の人たちにもお教えしてないようですよ」

 だろうなぁ、と真也は思っていた。

 いつだっただろうか、担任教師に静流る居所を知らないかと真也は言われたことがあり、なぜ自分に聞くのかと疑問に思い問い返したら「同僚にすら連絡先どころか、飲み会にすら出てくれないし。生徒に問題があると、一切の干渉を私たちにさせないんだよ」などと言いながら泣きそうな顔をしていた担任(女性)の顔が思い返され、珍しい事もあるものだと思った。

「戸締り、終わりました」

「ああ。この後は職員室に鍵返しに・・・」

「行きませんよ」

「ドユコト?」

「静流さんから、スペアを」

 そう言って友香は鍵を真也に見せる。

「そ、それってつまり・・・」

「あ、あまり考えないほうが良いと思います。し、知らないことが幸せな事があるってことだと思いますし」

「ずいぶん静流さんに気に入られてるんだね」

「気に・・・目を付けられただけな気もするのですが」

 彼女の言い分はおそらく正しいと、真也は思わず苦笑する。

 しかし、静流さんの破天荒さというか、気の回しがあったからなのか、昨日の放課後の時に話した時とは明らかに違い、お互いに普通に会話が成立していて、さらには肩の力も全く入っていない自然体であると、今更ながらに気が付き、本当にかなわないよあの人にはと思うのであった。

 連れ立って、一度昇降口まで下り。

 互いに靴を履き替えるため別れ、再度合流し、さぁ、帰るかと、昇降口を出た先に仁王立ちしてる人物が目に入った真也は。

「三条さん・・・走れる?」

「え、あ、はい。でもどうして?」

 もちろん困惑するしいぶかしむだろう事は百も承知だったので、真也は遠めに見ても仁王立ちしているせいだと分かるシルエットを指さした。

「アレに関わりたくない」

「えっとぉ。お知り合いの形なんで・・・」

「あ~! 居たぁ!」

 友香の声は、遠いにもかかわらずよく通る声によって遮られ、最後まで発する事なく終わる。

「誰なんですか?」

 誰なんだろうなぁ、と自問自答したい気分に駆られながら、真也は嬉しそうに走ってくる幼馴染に、なんでこんな事になってるんだろうなぁと、自分でも情けなくなる。

「誰その可愛い娘。彼女?」

 ここで彼女と言ったら千春はいったいどんな反応を示すのだろうか、怒るのか、泣くのか、祝福してくれるのか、そんな事が頭を駆け巡ったが、どう答えようかという問いかけに戻ってきた時だ。

「私、先輩の、彼女候補のお友達です」

 おいおい、と真也は内心でおっかなびっくりという感じで、今の発言をした自分の横にいる小柄な女の子に視線を向け。

 彼女の目は、まっすぐに千春に向けられており、敵意でもなく、だからと言って友好的でもなく、何とも言えない警戒心のようなものが彼女から放たれており、迂闊にこれに割って入ってはいけないと真也は思った。

「か、彼女候補。ふ、ふぅ~ん、も、モテるんだ真也」

「私は一年の三条 友香と申します」

 友香は明らかに動揺している千春をよそに、淡々と感情の読み取れな表情と声音で自己紹介をする。

 あまりに真也や静流と会話していた時の彼女と違い、妙な圧迫感があり、警戒しているのが見て取れるが、普段を知らない千春は、それに気が付くことなく、姿勢を正すと堂々とした表情で。

「あたしは佐藤 千春。そこの朴念仁とは幼馴染で・・・・幼馴染です」

 今何を言おうとしたのか、妙な間があり、こちらを伺うような動作をしたが、真也は気が付かなかったことにした。

 しかし、それを友香が見逃すわけもなく。

「幼馴染・・・ですか」

「そ、そうヨ」

 声が上ずっている千春を無視する様に友香が真也に視線を投げかける。

「今日、いきなり転校してきたんだ」

「いきなりって・・・・そんな事あるんですか?」

 ますます訝しむ様なまなざしになる友香。

 そこで何かに思い当たったのか、手をポンと叩いた後、制服のスカートに手を入れ、スマホを取り出す。

 スマホを少し操作した後、とある画面を真也に見せた。

「え、読んでいいのか?」

「はい」

 真也は困惑しつつも、友香のスマホに目を向ける、そこには静流とのやり取りが記載されており、特段問題の無い様に、見えた。

 よくわからずに小首をかしげていると、友香が、これですと指さすそこには「親御さんの許可なく転校してきたバカ」との記載があった。

「・・・・あーもしもし」

 それを見た瞬間、真也は形態と取り出し、どこかへと通話し始めた。

「(おおお、真也君か。すまないが今君と話している余裕が無くてね、うちの娘が行方をくらませてしまっていて・・・)」

「その様ですね。オイこら待て」

 どこに電話をかけているのかすぐに気が付いたのであろう、千春は回れ右をし、逃げるような仕草をしたが、すかさず距離をつめ、制服の襟首を掴む。

「(どうしたんだい、なんかすごい音がしたが。それよりも娘の事何か知ってるのかい?!)」

「知ってるというよりか。喋れ」

 真也が千春にスマホに話しかけるように促すが、彼女は首を左右に振り拒否をするので。

「ああ千里さん、オタクの娘さん日本に居ますよ」

「あんで言うのよ!」

「はぁ?!」

 千春が慌てて苦言を呈するが、それを一括する様に、一言口にして睨みつけると、久しぶりの幼馴染の本気の怒りが伝わったのか、それ以上の次の言葉を口にすることができず、口をパクパクさせて言葉を詰まらせる。

「(ど、どういうことだい、千春が日本に・・・あ、おぃ)」

 ちょっと貸しなさい、という言葉が聞こえると同時に雑音が混じり、数秒すると、懐かしい声が真也の耳に届く。

「(お久しぶりね真也君。バカ娘がそっちに居るらしいわね)」

「居ますよ。どういうわけかうちの学園の、俺のクラスに転向してきました。それもだいぶ無茶な方法で」

「(無茶って・・・・何したのかしらぁ)」

 明らかに声音が変わり、真也は全身に悪寒を覚え、うぅっと思わず口から声が漏れてしまい、ヤバいと直感で理解した。

 本能的な、危険だと今すぐ逃げろという生命が防衛本能で感じるレベルの警告に、今すぐこの電話を切ってしまいたい衝動にかられたが、今捕まえている幼馴染が後に地獄を見るのも不憫だと思い、ギリギリのところでその衝動に抗う。

「あ、あの。き、キレないでくださいね」

 一様気休めにもならないとは思ってもいても言わずにはいられる、真也はそう前置きをする。

 こちらの緊張と、状況が芳しくないのを察したのか、友香も顔をこわばらせ、こちらの様子を伺っており、千春にいたってはすでに泣きそうな顔をしていた。そんな顔するなら初めからちゃんとしてから来いよ、と内心で幼馴染に本当に世話の焼けると思って一つ溜息を吐く。

「(早く言いなさい!)」

「は、はぃ」

 どうやら思った以上に春奈さんの堪忍袋の緒が切れていたらしく、ついに怒声が飛んできた。



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