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第3話 どうしてこうなった。

 真也が教室から出て行き、あまりの出来事に誰一人言葉を発せなくなった中、これはまずいと思ったのか、千春は、慌てて声を張り上げ。

「一様、アレの幼馴染です。よろしくお願いしますね皆さん」

 声を張り上げたこともあってか、視線がまた転校生の千春に向けられ、場はいったん彼女を受け入れるために、拍手が鳴り響き、いったんの終息を迎えた。

 ただ、そんな中でも、厄介な事になりそうだと、この時すでに和人は内心で思いながら、転校生を見つつ、ため息をついていた。



 かれこれ3時間だろうか、相談という名の過去の出来事を、真也が静流に話してから、それだけの時間がたっていたが、彼女は最初に発した(女心を知るべきかもな)という発言以降、電子タバコを吸ったり、お茶をすすったり、何か作業をしたりとしながら、時折、真也を見て、こいつどうしてやろうか、という視線を投げかけるばかりだった。

「さて、そろそろ俺は帰りますわ」

 流石に居たたまれなくなってきた真也が、席を立ち、部屋を出ようとする。

「誰が帰っていいといった」

「いやぁ、静流さん忙しそうですし。帰ろうかなぁと」

「いやいやぁ、可愛い生徒をないがしろにはしないよぉ」

 踵を返し、出て行こうとする真也の首を、細くしなやかな指が首元を撫でる様につかみ、その動きを制止させる。

「静流さん、手が冷たいのですが」

「麗しの乙女の滑らかな手に、首元を触られて嬉しいだろ?」

「麗しの、30過ぎイタタタ」

 余計な事は言うものではないと、真也は言った後後悔しつつ、締め付けられる首元の痛みを感じながら、今日は何厄日なんだと思った。

 そこからさらに1時間がたち、昼食を知らせるチャイムが鳴る。

 真也はカバンこそ持って気はしたが、あいにく昼食は購買で確保する予定だったので、何も持っていなかった。

 だが、しかし、一度逃げようとした真也がいけなかったのか、静流は司書室唯一の入口に椅子をもってきて座り、本片手に、くつろいでおり、到底強行突破できそうな形ではなかった。

「あの。お昼ですが」

「ああ、昼だな」

「お腹すいたので、購買に買い物に行きたいのですが」

「1食、食わんでも死なんぞ」

「いえ、意味もなく食を放棄したくないんですけど」

「そうか。奇遇だな私もだ」

 私もだといいがらも、入り口から退いてはくれない様子で本を読み続けている。

 さて、どうするかと、本気で突破策を模索し始めた時だった、コンコンと、控えめなノックが部屋に響き、その後には失礼しますという声とともに、ドアが開かれた。

 しめた。このタイミングで突破を、と立ち上がり、慌てて突進する様に、出て行こうとしたが、すぐに真也の動きは入り口に現れた生徒を確認して、その動きを止めた。

「えっとぉ。三条さん?」

「真也先輩、何してるんですか、こんな所で。あの静流さん・・・」

「おお、来た来た。頼んでたもの買ってきてくれた?」

「え、あ、はい」

 ドアを開けて現れたのは、三条 友香だった。

 彼女の腕には、購買で勝ったと思われるお弁当が2つと飲み物が2つ、それから可愛らしい巾着と水筒を抱えており、静流さんはそんな彼女に近寄ると、その手からお弁当と、彼女の持っていた可愛らしい巾着袋をふんだくると、巾着袋を満面の笑みで深夜に差し出した。

「あ、私のお弁当」

「なんだ。手料理を意中の相手に食べてもらうのは嫌か?」

「は?!」

 巾着をふんだくられた時に思わず友香は慌てたが、あいにくと手には購買で勝ったお弁当が未だ一つ残っており、激しい動きなどはできず、されるがままだった。

 真也は手の中に納まっている巾着と、友香がもってるお弁当を交互に見て、どう考えても逆ではないのかと思っていた。

「あの、量、少ないですし」

「愛情が入ってるからいっぱいだろ?」

 どうにかしてお弁当を取り返そうとする友香に、すかさず静流さんは何食わぬ顔でそう言い、自分のお弁当のふたを開けると、一人だけ先に頂まぁす、などと言いながら食べ始まってしまった。

 おいこら生徒指導、導く人間が途中で成り行きを放り投げるな。

 内心で悪態をつきながら、こらどうしたものかと、思っていると、真也の様子をうかがう様にしつつ、少し恥ずかしそうに。

「真也先輩が、嫌じゃなければ。ただ、わ、私の手作りなので、お、美味しくないかもしれませんが」

 最後のほうは蚊の鳴く様なか細い声になってしまい、大変自信の無さそうな、印象をだった。

「頂きます」

 真也は素直に友香の行為を受け取ることにした。

 ただ、半ば静流から強制で渡されたお弁当なので、内心奪う形になってしまってすごく申し訳なかった。

 とはいえ、年頃の、しかも自分を好いてくれている人が作ったお弁当だ。妙なドキドキとワクワクに心躍らせながら、顔には出さないように注意しながら、巾着からお弁当を出し、蓋を開ける。

 ふたを開け、まず初めに目に飛び込んできたのは。

「うん・・・一緒に帰ろうと言う。なんだこうわぁ!」

「きゃぁっ。」

 白米の上に海苔でそう文字が書かれており、何の事なしに口に出したら、友香が慌ててお弁当をふんだくった。

 え?! と驚いていると、白雪のような透明な肌が瞬時に白桃の様染まり、湯気まで出てくるんじゃないかという勢いだった。

 いったい何にそんなに慌てているのか、とも思ったが、すぐにそのお弁当のその文字に思い当たった。

「勘違いだったら悪いんだけど。今日一緒に帰る?」

 真也はおずおずとそう聞くと、友香は顔を真也に向け、目を丸くし硬直する。

 その体制で1分ぐらいだっただろうか、そろそろ声をかけたほうが良いのかもしれないと思い始めたころ、か細い声で。

「ふ、不束者ですが。お願いします」

「嫁にでも行くのか、三条?」

「行きません!」

 二人の甘酸っぱいやり取りをご満悦の表情で眺めつつ、友香の反応を楽しむように静流がそういう。

「静流さん。僻みは・・・す、すみませんでした」

 正直少し面白くなかった真也は、静流にそう言うと、無言で爪楊枝が真也の頬をとんでもないスピードで通り過ぎ、彼の頬が切れたのか、ツーと血が伝う。

 それを見た友香は、制服のポケットから白のレースのハンカチを取り出すと、慌ててお弁当を真也の手に預け、彼の頬に純白のハンカチを押し当てる。

「先生。やりすぎです!」

「え、うぅ。すみませんでした。」

 普段を印象からは全く想像できない剣幕で友香が、決して大声では無いものの、圧倒されるような声音で、手当をされている真也も、驚きを隠せなかった。

「あ、ハンカチよごれちゃ。遅かったかぁ」

「大丈夫です、洗えば落ちますし。痛くないですか?」

「少しヒリヒリはするけど、まぁ浅い傷だと思うし、大丈夫だよ」

 血は出てはいるがそこまで酷い物ではなかった。

 そんな事よりも、真也としては、爪楊枝一つでこんな事が出来てしまうこの教師に戦慄を覚えたのは言うまでもない。

 友香が手にある真紅のシミがついたハンカチを、真也は半ば強引に奪い取り。

「洗って返すわ」

「え、あの、そんな、大丈夫ですし」

 そうは言うが、真也としては汚してしまったのは自分のせいでもあるので、流石に彼女にそのまま奪い取ったハンカチを返すような真似はしたくなかった。

「どうせ一人暮らしで、洗濯はするし。気にしないで」

「え、先輩、一人暮らしなのですか?」

「平塚連れ込んでいけない事するなよぉ」

「誰がするか!」

 この人は先ほどのやり取りで懲りたのかと、そう思っていた真也が甘かったのか、静流はすかさず二人のやり取りに絶妙なタイミングで言葉を挟んでくる。

「だから、あまり気にしないで。それより、お腹すいたから、そろそろ食べて良いかな?」

「え、あ、はい。ど、どうぞ」

 先ほど自分にあてた激励の海苔文字を思い出しているのか、少し恥ずかしそうにしつつ、真也をうかがう。

 た、食べずれぇ。と思いつつ、小さなお弁当に視線をとす。

 お弁当は小さいながらも、綺麗に盛り付けてあり、卵焼き、お浸し、漬物、梅干し、ウインナー、そして、より目を引いたのは。

「これ、もしやチキチキボーンの骨なし?!」

「え、あ、はい。朝は時間が無いので。揚げ物は少し難しくて」

「これ好きなんだよなぁ、うぅ~ん、お、卵焼きぃ。うぉぉ、これよ、この甘さ。卵焼きはこれだよな!」

 お弁当を食べ進めていくと、一口、また一口と食べ進めていくうちに真也のテンションはどんどん上がっていき、それを見た友香は、最初こそ戸惑っていたが、美味しい美味しいと真也が食べてくれるので、とても嬉しく、彼がおいしいというたびに、顔がほころんでいく。

 そんな二人の姿を静流は見ながら、なんやかんやでうまくいきそうじゃん、と内心で思いつつ目の前のお弁当に視線を落としつつ。

「はぁ、味気な」

 二人に聞こえてしまわない様に配慮しながら、独り言をつぶやくのだった。


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