大団円……のはずが予想外の事態に。山はオソロシイ
青年からのお誘いをなんとかはぐらかせてみたものの、会話が続きません。なにしろ、相手は遭難中なのですから、気軽な笑い話をするわけにもいきません。
いや、ヨットの青年は気さくな人だったので笑い話でも問題なさそうでしたが、交信しながら気配を感じていたのですよ。少なからずいる声をひそめたリスナーたちの存在を。
前にも書きましたとおり、アマチュア無線の交信を傍受することはマナー違反でも法律違反でもありません。私がいるところは電波が遠くまで届く高い山の上。しかも、交信内容が遭難救助じゃないですか。以前、自分が山での滑落救助の様子を固唾をのんで聞き入っていたときの記憶がよみがえります。
そういった事情もあってウカツなことは話せません。困った私はこんな話題を振ってみました。
私:「ところで、他にもCQを出している無線局がいると思うんですが、なぜ私をコール(呼びかけること)したのでしょうか。どうぞ」
青年:「電波が強かったことと、交信が手馴れていてスムーズだったからです。どうぞ」
奥さん、聞きました? ほめられちゃいましたよ私。
社交辞令とは思いつつも、無線の交信スキルをほめられて嬉しくない人はいないでしょう。たぶん、パイルアップをテキパキとさばいていたのが良かったのかもしれません。
それから2,3回やり取りがあって、ヨットの青年からこんな申し出がありました。
青年:「待機局がまだいるようですし、他局との交信を続けてください。どうぞ」
それを聞いた私は心を打たれました。待っている無線局の状況を想像しての気配りでしょう、実に心根の優しい人ではないですか。
とはいえ、救助を待つ青年の状況を鑑みると、不測の事態が起こった際の中継局として、私は辺鄙な山の上に留まるべきです。ただ問題があって、そのときの時刻は夕暮れ時、太陽が西の山に沈もうとしています。陽が落ちた山の上は真の闇となります。
一瞬考えたのち、心を決めて、こう伝えました。
私:「このままCQを続けますので、救助艇が到着したらブレークしてください。どうぞ」
それが私が取れるベストな行動でしたし、後から考えても正しかったと思います。その後、災厄が襲ってくるとは知らなかったものですから……。
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