旅の供として、そして非常時の助っ人

 若い頃、私は休暇が取れるとクルマで日本の海岸線沿いをめぐる旅を趣味としておりまして、その折にもアマチュア無線は役に立ちました。運転中に会話をするのは少々危険なので、ラジオ代わりに無線機から流れてくる、その土地その土地の人々の世間話に耳を傾けながら旅をしていました。これがですね、実に楽しいのです。


 たとえば広島市内を流していたときのことです。二人の主婦とおぼしき女性たちが他愛もない世間話をしていたのですが、その会話を聞いてびっくりしました。だって本当に「~じゃけん」と言っているからです。それまで広島出身の知り合いがいなかったせいか、あるいはいても彼らが標準語を話していたためか「じゃけん」という言葉は任侠映画の中でしか聞いたことがなかったからです。それまでファンタジーの世界にしか存在しなかった本物の広島弁に接したリアルに、いたく感動したものです。方言が大好きなんですよ、私。


 ところで方言はいいけど、それって盗聴では? なんて思わないでください。アマチュア無線の音声を聴くことは合法なのです、ただその内容を他人に漏らしてはいけないということが電波法の第五十九条に書かれています。会話内容ではなく語尾の話ならエッセイに書いても怒られないでしょ?


 ◇


 先にも書きました通り、スマホが存在しない時代の話です。行楽地にハンディ機と呼ばれる小型の携帯無線機ポータブルトランシーバーを持ち歩くことも流行りました。


 休日ともなると登山の途中に一休みを兼ねて、無線で交信する愛好家が多数いました。なぜならアンテナが高いところにあればあるほど、電波は遠くまで届くからです。出力が弱い小さなハンディ機でも多くの人と会話ができ、また意外なほど遠距離と交信することも出来て、これが実にスリリングな楽しみとなります。


 とある日、自宅で私がなにげなく無線機の電源を入れると、山の上からなにやら切迫した声で交信している人がいました。注意して耳を傾けると、開放骨折とか血だらけで動けないなどと物騒な単語が聞こえてきます。


 すぐに分かりました、いわゆる非常通信(電波法第52条第4号)です。山で足を滑らせて骨折した登山客がいて、地上のアマチュア無線局へ救助要請をしていたのです。しばらく聞いていると、最寄りの組織(警察か消防か忘れました)へ救助要請が行った模様。


 その成り行きを知った私は、アマチュア無線とは便利なものだなぐらいに思っていたのです。そのときは、まだ……。

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