第9話
『ねえ…僕も入れ…』
『は?なにお前。』
『きっしょ』
昔田舎に住んでいた頃、近所の子供にそう言われた。何故だろうか。と、当時の僕は疑問に思っていた。気づいていればああはならなかったのだろう。
『……どうしたの?』
『どうしたら…仲良くなれるの?』
僕は母にそう問いかけた。近所の子供と関係を持とうとしたのも、元々母に皆と仲良くしなさい、といったことを言われたのがきっかけだった。
家族とは、母とは仲が良く、父とは殆ど接点なし、と言った感じ。覚えている限りでは、父が僕にその手で触れた事はなかった。
『そうだね…じゃあ困ってるのを助けたらいいんじゃないの?アンタがそうすればきっとほら…見る目変わると思うよ。』
当時の僕には母の言葉が、名のある学者が導き出した法則のように完璧に思えた。実際間違ってなどなかったのだと思う。でもそれは一般的な価値観で見た話だ。
『うわ…あの犬いっつも吠えるんだよな…』
近所の子供たちの会話をふと耳にした。これはチャンスだと思った。だから殺した。何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。犬を殴って殺した。
『ふざけるな!どうしてくれるんだ!』
飼い主のその罵声が僕には理解できなかった。何故?迷惑をかけていたことを棚に上げて何故母を一方的に責めるんだ。ひたすらに頭を下げる母親を見て、初めて僕は罪悪感と言うものを感じた。僕はこうなっても、近所の子供と仲良くなれるなどと考えていた。そんな筈はない。誰もが僕に、僕ら家族に対して嫌悪、恐怖の感情をぶつけていた。
この時点で父と僕に隔たりのようなものが生じていたのだと思う。父は怒鳴ることも殴ることもしなかった。元々犬を殺した一件で、ただでさえ金があるとは言えなかった僕らはさらに厳しくなった。
父は家にいる時間が少なくなり、母も出稼ぎに出るようになった。僕も外に出る事はもう無くなった。
『ねえ…僕も何か…』
『お前は何もするな。良いな?』
父は冷酷に言い放った。もうそれは息子に向ける目ではなかった。
徐々に父は様子がおかしくなっていった。ある日僕に謝り出したと思ったら、なにかを拒絶するかのような行動を取ったり、何かがあったと言うのは誰から見ても分かることだった。
そんなある日突然、そう突然に父親の職場が倒産した。経営が元々芳しくなかったらしいからそうなってもおかしくは無かったが、あまりにも唐突過ぎたのだ。
そして父は僕に暴力を振るうようになった。最初は引っ叩かれる程度だった。その内、髪を引っ張られて腹部を蹴られる。包丁を投げられる。とどんどん酷くなっていった。でもそれだけなら良かった。僕の自業自得なのだから。
いよいよ稼げるのが母だけになったため、母はより一層働くようになった。その間に僕は父から振るわれる暴力に耐えた。当時学校には行っていたが、人と関わる回数など数えるほどしかなかった。関わる気など起きるはずなどなかったのだ。
僕がこうなった決定的な出来事はなんだったっけ。……ああそうだ。父が母に暴力を振るった時だ。その日は何か父親はいつも以上に怒っていた。そしてついに母親に手を出したんだ。それが許せなかった。それで僕は背後から父を刺した。何度も刺した。あの時と同じように何度も何度も。流れる血など気にせずに。溢れる腑など気にせずに。苦しむ顔から目を逸らして淡々と殺したのだ。
結局僕の行動は罪に問われなかった。過剰防衛だの言われるかと思ったが(今思えば状況的に、正当防衛もなにもなかった)、子供で、尚且つ殺さなければいけない理由があったという理由からそうはならなかった。
だが母は違った。母親が原因で息子がおかしくなった。虐待を受ける息子を守ってあげるべきだっただろう。そんな声ばかりが飛んできた。勿論僕に対する物もあったが、結局罪を背負うことになるのは母だった。それが原因でか、母は病気になった。その時僕は初めて、自分が如何に異常かを理解した。だがその時にはもう遅過ぎた。遅すぎたのだ。
ある日病を僕は患い、診断を受けた。それが魔力によるものだと分かり、詳しく検査を受けた。検査の結果、
魔道士としての資質のある人間は専門学校への入学が進められている。というか義務付けられていると言った情報を聞いて、僕は一度行く事を躊躇った。病気の母は誰が見るんだ。学費は免除でかからないにしろ、面倒は一体誰が見るって言うんだ。そんな自分の不安でさえ、僕は既に母に打ち明けられなかった。もしまた僕の言葉で人を傷つけたら?もしまた僕の行動で人の人生を壊したら?そんな疑問が浮かんでしまう。
『ねえ…僕が魔道士になったら…嬉しい?』
専門校のでは魔法資格が取れ、その後でさまざまな魔法関係の資格が取れるが、命の危険がある魔道士が一番稼げる職業だった。勿論魔族と直接戦う方の。…と言うかそもそも僕は自暴自棄だった。死にたいなあ、と思っていた。だけれどもし自殺でもしたら、それこそ母は絶望する。死ぬならせめて金を残して、且つ納得させられる死に方にしたい。
『そりゃもちろん嬉しいよ。…アンタは強いからね。きっと成れる。』
母のその希望を与えるような言葉が嫌いだった。辞めてくれ、もう僕に寄り添わないでくれ。全部僕のせいにしてくれ。殺してくれ。そんな感情が渦巻いてしまうためだ。
学校の学費は筆記の成績である程度免除してもらった。肝心の学校生活はと言うと、クラスメイトとの仲は最悪とも良いとも言えなかった。ただの変な奴、人と関われない奴。と言った感じで誰も関わってこなかった。その方が気楽だった。気楽でいてはダメだと自覚しておきながら、その現状に甘んじる他なかった。
そして遂に、母の容体が悪化した、2年ほど前に入院していた病院で急に容体が悪化し、そして一晩で死んだ。かかってきて電話でその事を知らされた時、普通ならば泣き崩れるかしたのだろう。と言うかするべきだった。しかしそれさえも出来なかった。
『そうですか…わかりました。』
そんな淡白な回答しか僕は持ち合わせていなかったのだ。
いよいよ僕は孤立し、誰のためにどうすればいいのか、まるで分からなくなった。
母はどうやら保険に入っていたらしく、僕が1人になった時に備えていたらしい。結果卒業は出来た。出来はした。だが、あれをきっかけに僕の成績は落ち込んでいき、気づけば筆記においても最下位近くに下がってしまった。故に免除してもらえたら学費も、残りの年月で底を尽きてしまった。
それでも僕は魔道士を選んだ。僕に残されたのは母だけで、それを失ってしまった僕にはそれ以外選択する余地がなかった。
僕が人のために動いたらきっと人を傷つけてしまう。なら何もしないようにしよう。きっとその方が良い。そうでなくてはいけない。そんな思考にいつしか僕はたどり着いていた。
なのに、なのに何故僕はあの時、地下鉄での一件で人を助けようとしたのだろう。なぜあの時子供を助けようとしたのだろう。
そもそもー
何故僕は、魔導士になどなろうとしたのだろう。
目指さなければ、こんなことにはならなかったのに。
分かるはずがなかった。
何故ならフツウじゃないんだから。
フツウの人なら分かった事が、僕には一生分からなかった。
ーーーーーーーーーーーーー
「……今何時だっけ。」
レドはうずくまる姿勢を崩して時計を見た。
「そろそろか。」
細々とした声で独り言を漏らすと、レドはゆっくりと立ち上がり、自身の部屋を出た。
ドラゴンクロウに入ると、やはりケインが寝ていた。
「あの…先輩、僕は何をすれば…」
「…うるせえ。」
「え?」
「うるせえ!いい加減自分で考えろ!」
明らかに普段と違う声色、形相でケインは言い放った。そんな事を言ったって…僕はどうすればいいのか分からない。レドは途方に暮れ、その場に立ちすくんだ。
「あー…すまん…イライラしてた。」
ケインは即座に謝罪する。が、それでも自己嫌悪の感情は、彼から纏わりついて離れなかった。
「あのー…」
玄関口から声が聞こえ、レドのその硬直は溶けた。ケインは跳ね起きると、玄関に早足で向かっていった。
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