第2話 美少女の姉を預かる?!

 頼井陽和たよりいひよりもまた悩まし気に額に手を当てて、

「しかも、まるで猫より姉の方が手がかかりそうな言い方だよね」

「さすが陽和ひよりくん、よく分かったね。頼井たよりいだけに頼りになるなぁ?」

 俺の苗字について、それは言うな。という言葉をぐっと飲み込んで、

「……それなら親戚とか友達とかを頼ったら? 」

 櫻田花歩さくらだかほともあれば、理解者はともかく協力してくれる人間は多いはずだ。


「都合のつく親戚はいないの。それに友達には、迷惑をかけられないよ。(ともだちとか少ないし……)」

 最後の方は、なんだかぼそぼそ喋っていて陽和には聞き取れなかったが、

「俺には迷惑をかけても良い、みたいに聞こえたんだけど?! 」

「だっていろんな人が、陽和くんほど頼める奴はいない。アイツは何でも出来る。って」

(他人の会話を立ち聞きしただけけなんだけど)


「そこはせめて、『頼れる奴』にして欲しかったなぁ。なんだよ頼める奴って…… 」

 悲しい。

「あと、その誰かに聞いてないのかもしれないけど、俺は独り暮らしだぞ? 」

「それも陽和くんを選んだ理由の一つだよ、大人に許可をもらうのは大変だからね。家をめちゃくちゃにした場合の補償も大変だし」

 腰に手を当て胸をそらしながら、なにやら得意げに語る花歩。

 その華奢な体躯には似合わない、その胸元が強調されて、日陽はそっと視線を逸らした。


「そうじゃなくて、いや、それもあるのかもしれないけど、ほら、いろいろ問題あるだろ? 俺は男だし―― 」

 花歩は目を閉じて、少し考えてから

「襲うの? 」

「襲わねぇよ! 」

 さっと自分の体を抱きしめ、一歩後ろへ半身を引いた花歩に、陽和は慌てて否定する。

 腕組みしたような格好になったことで、花歩の胸元が再び強調される。


「あはは、冗談だよ。そういうのには興味が無い、平和で純粋な奴なんでしょ? 」

「えっと、俺いま褒められてる? それとも馬鹿にされてる? 」

いったい誰だ、そんな誤情報を吹き込んだ不届き者は……

陽和は恋愛ごとから縁遠い生活を送ってはいたが、そういうことに全く興味が無い、というわけでは無かった。


「とにかく、陽和くんが適任なんだよ」

「そうは言ってもなぁ…… ん? さっき『家をめちゃくちゃに』とか言わなかった?! 」

 冷静さを取り戻した陽和は、ふと先ほどの発言を振り返った。


「あ~、それね、前に姉を留守番させたことがあったんだけど、帰ったら酷い有様でさ…… 家の中を竜巻の群れが通ったのかと思ったね、あはは」

「竜巻の群れってどんなだよ、姉ちゃん何者なんだよ、俺んちどうなっちゃうんだよ…… 」

もしかしたら、もの凄く怖い人なのかもしれない。

平和を愛する陽和にとって、それは最も避けたい人種だ。


「なぁに、学校一の不良少女を篭絡して改心させた君のことだ、女の扱いには慣れているだろう? 」

「人を遊び人みたく言うんじゃない! それに、不良少女ってのがひなたのことなら、あれは違うぞ、みんなの認識にいろいろと誤解があってだな―― 」 

 陽和の言葉を遮るように、騒がしい声と足音がどよどよと教室に流れてきた。


「あ、昼休み終わっちゃった、まぁ詳しくは放課後に説明するから、これからよろしくね」

じゃあねと小さく手を振り、颯爽と自分のクラスへ立ち去っていく花歩、

「ちょっと待て! まだ引き受けるなんて言ってないから! それに今日は―― 」

 慌てて席を立ち、教室の外まで追いかけたが、陽和の声は届くことなく、花歩はあっという間に廊下の向こうへ消えてしまった。

はぁと大きく嘆息し、肩を落とす日陽、

「また面倒な話がきたな…… 」

 でも、あの櫻田花歩の姉と暮らす。体裁として口では拒絶したものの、そこに若干の楽しいイベント期待をせざるを得ない陽和だった。

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