第11話


 最初にコウイチローが吹っ飛ばされた。



 そこは、とてもじゃないが防寒着と代謝キブルなしでトカゲが生存できるような気温ではなかった。

 濡れた土が凍って焼菓子にかける粉糖のような霜が張っている。空気はトカゲが吐く息でさえ白い。

 その中心にやつはいた。


 膝を突き、両腕をだらりと垂らして背骨を丸めていた。噂の通りに首がなく、頭を落とされた罪人のようにも見えた。体格はクマのそれとほぼ同一。すっぽりとトカゲ人間一匹まるごと飲み込めるほど。

 あるいは、トカゲが中に入って動かせる、『着ぐるみ』程度。

 噂になかった点もある。そいつには尻尾が生えていた。金属製の、蛇腹のうねりが可撓性をもたらした配管。そこから白い蒸気が漏れていた。だが俺はそれを見ても逞しさや雄々しさなど感じなかった。その白い放熱は、俺に『青息吐息』という単語を連想させた。

 見ればわかった。

 それは機械だった。

 故障している機械だった。

 こんなコールドスポットになぜやつが留まっているのか。

 動けないのだ。なんらかの理由で。

 そして、もし中にトカゲが入っているなら。

 外に出れば、防寒着も、代謝キブルもなしに生のトカゲが耐えられる気温じゃない。


「あれは……」


 その機械を見たコウイチローが目を見張って何か言いかけた時、『それ』が動いた。

 確かにやつは動けなかった。ここから自力で脱出するほどには。

 だが、突如として現れた『熱源』に襲いかかるくらいには、

 余力を残していたというわけだ。


 俺は間に合わなかった。

 その巨大な鎧がバネ仕掛けで弾かれたように突進してきたとき、その動きに見入ってしまっていた。だから、コウイチローと怪物の間に割って入ったのはレザントだった。

 誰かを守るためにすぐに盾になれるやつは凄いな、と思う。

 いくらトカゲでもあの巨躯の突進をまともに喰らえば全身の骨という骨が砕け散るのは避けられない。

 だからレザントは刀匠タカマツの剣の腹を盾にして、一機と一匹の間に割って入った。激突の瞬間、悲鳴のような金属音と共に銀色の雪化粧が舞った。剣は一欠片も残らないほど粉々に砕け散った。

 作用と反作用の法則はどこへいったのか。激突の瞬間、残心を取ったのか。

 二方向にそれぞれ吹っ飛ばされたコウイチローとレザントがいた位置に、肩を押し出す形で停止した機械が立っていた。足を故障しているにしては俊敏な動きだ。

 どこでどう周囲を検知しているのか知らないが。

 そいつはゆっくり、肩を向かせて俺を見た。

 俺は縄で背に縛っただけの剣を掴む。

 レザントの剣はもうない。

 俺がやるしかなかった。


「助けてやる、俺たちは敵じゃない!」


 そう叫んでみてもよかったのかもしれない。

 実際に、中のトカゲが投降してくれば、予備の防寒着と代謝キブルで全員無事に他のホットスポットまで辿り着ける可能性もなくはなかった。

 だが、俺はそうしなかった。

 観察する。

 その視線を嫌ったのか、機械が俺に突っ込んできた。

 間一髪で俺は横に転んでかわす。さっきは見逃した怪物の足下、その脚部は俺たちトカゲと同じ獣脚だった。だが、踏み込んできたわけじゃない。怪物が削った地面には、俺たちがいつか見たあのタイヤ痕が残っていた。


 俺は自分が得た情報を咀嚼する。

 こいつは瞬間的に踏み込むこともできるし、多少の悪路もタイヤで無理矢理にでも走破できる、いわゆる二種走行型。ずいぶん荒野向きの機械だ。トカゲがいる大地に舗装された道路などない。

 回避されたことに、その機械は動揺していた。

 すぐに振り向き、俺に向かって両手を構えた。おそらく『中にいるやつ』は深呼吸でもしている。こんな風に――落ち着け、今一瞬はかわされて仕留め損なったが、冷静にやれば問題ない。『コレ』に乗っているオレが負ける理由がどこにある? このトカゲどもがどこのどいつなのか知らないが――

 いざとなれば、この『手』で仕留めればいい!



 なるほどな、と思う。

 事前情報があったのもあるが、構えでわかる。

 こいつは自分の『両手』に絶対の自信がある。

 左手を前に緩く出し、右手を深く引いたボクサースタイル。

 知っていてそうしているのか、自然とそういう『解』に辿り着いたのかは知らない。

 だがこいつはこの『手』で全ての状況を打破しようとしている。

 そうでなければ猪突猛進、レザントを吹っ飛ばしたように重量に任せた突進相撲を繰り返していたはずだ。

 構えもクソもない、それ以外に手持ちのカードがないのだから。

 そうしないということは。


 こいつは本当に、『手』から『熱』を奪い取れる。


 そういう機能が内蔵されている。

 だから俺たちを襲ってきたのだ。

 三匹のトカゲから熱を回収し、このコールドスポットを離脱するための『燃料』にするために。

 そうでもなければ、すぐ投降して俺たちに命乞いでもした方がよかったはずだ。

 その代わり、この機械とそのルーツは吐かされることになる……

 それは嫌だというわけだ。


「ギグロマ!」


 俺を呼ぶ声を背で聞いた。

 コウイチローがどうなったのかは知らないが、レザントは生きている。だが、戦力としては期待できない。トカゲの生爪で、この鋼鉄の怪物は倒せない。

 だが、たとえ剣でも、コイツを斬れるのか。

 試してみなければわからない。

 だが、いずれにしても――







 ――ブッ壊し甲斐がありそうだ。

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