第10話



 その話を聞いた時、俺は行きたいと思った。


 なぜだろう。素直にそう感じた。

 危険はある。それどころか、十中八九は死の旅だ。そもそもコールドスポットに向かう時点でトカゲらしい生き方じゃない。

 コウイチローみたいに、自分でヒートスポットを探していく力量がないから一か八かに賭ける必要も、今の俺たちにはそれほどない。

 なのに。

 俺もレザントも、何も言わずに出発の準備をした。その粋な態度に、内心はついてきて欲しかったらしいコウイチローは「それでこそウワサのあやしい二人組だ!」とはしゃいでいた。もうちょっとマシなアダ名でも考えて欲しいところではある。

 道案内のコウイチローを先頭に、俺たちは歩き始めた。俺はレザントに言った。


「いいのか」

「あん?」

「たぶん、帰れない」

「でも、行きたいんだろ」


 レザントは肩をすくめた。


「おまえは変なやつだな。リスクがある、それどころかリスクしかないのがわかっているのに行くっていうんだから」

「おまえは違うのかよ、レザント」

「俺は違う。メリットを考えてる。そもそもおまえは、この探索にどういう得があるか、俺たちにどんな希望があるのか、考えてるか?」

「いや」

「やっぱり、おまえは変だよ、ギグロマ」


 そう言ってレザントは、自分の剣の柄の位置を直した。


「首なしの怪物。もしかしたら熱源を作る能力があるかもしれない生き物。正体不明。わかっているのは、手から熱を吸い取ること。鎧を着ていること。足の怪我。すすり泣き……完全に妄想や創作の世界だ」

「そこにどんな希望があるっていうんだ?」

「そいつはもしかしたら、俺たちを冬眠から起こしたやつかもしれん」


 人を凍死させられるならトカゲを暖めることもできる、とレザントは言った。


「例のヒートポンプってやつか。エアコンだの、冷媒だの。だが、俺たちを起こしたやつは車輌で来てたはずだぜ。その怪物には足があるんだろ?」

「その怪物が、車輌に乗っていたのか。乗せられていたのか、な」

「仮にそいつが、俺たちを起こしたとして、動機はなんだ? 自分自身にヒートポンプの能力があるなら、わざわざそれを試したりしないだろう」

「そうだな。だからやっぱり全然関係なかった、なんてオチもありうる。何もかもデタラメで、コウイチローが俺たちを騙しているとかな」

「騙す? なんで?」

「俺たちはウワサのあやしい二人組なんだぜ。どこかで誰かの恨みを買っているか、あるいは石器村を虐殺して回ってる連中が俺たちが追跡しているのに気づいてこの先で待ち受けているのかもしれん」

「追跡? そんなことしてないぞ」

「おまえはな」


 レザントは顔をしかめた。射るような目で浮き足立っているコウイチローの背中を見ている。


「俺は連中の足取りをずっと追ってる」

「どうして」

「俺にもよくわからん。だが、連中が、優位な立場に立った時に弱いやつを一方的に嬲るのが大好きな連中なのは間違いない。見ればわかるんだ。殺し方を見れば。

 俺はどうしても、それが我慢ならない。

 正義でも倫理でも道徳でもない。気に入らねぇんだ。

 衝動なんだな。頭がカッとして、ブッ殺してやりたくなる。

 わかってるんだけどな。なんの意味もねぇって……」

「お互い難儀だな」

「そんな言葉で片付けられるのは、心外だ」


 ふっ、と薄く。

 レザントはその時、確かに笑ったような気がする。



 結果的に言えば、レザントはコウイチローに謝らないといけない。

 コウイチローの言うとおり。



 やつの案内したコールドスポットに、その怪物は確かにいた。

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