第9話



 聞いた話だぜ。


 あんたらは一匹狼、いや二匹狼で好き勝手に放浪しているから知らんだろうが、普通のトカゲは多少は群れる。連携しないとヒートスポットなんか効率的に探索できない。

 だから、これはそんな群れ同士の集会所みたいなところで、定期的に交わされるウワサの一つだと思ってくれ。


 最初は、住民が全員眠ってる村があるって話だった。

 どいつもこいつも眠りこけてて揺すっても反応がしないって。

 あとから、実はそいつらは全員凍死してたって話になった。

 最初に見つけたやつが底抜けのバカだったんだな。気持ちはわかる。

 後出しジャンケンで、ちゃんと確認できただろとか、見ればすぐにわかったはずだとか、言うのは簡単だ。

 でも俺はその最初のトカゲを知ってる。気のいいやつなんだ。危険でも弱ってるトカゲのためならホットスポットを探しにいってくれる。ただ、ちょっとうっかりが多いんだな。焦っちまうというか。みんなバカ扱いするけど、俺はそのトカゲが嫌いじゃなかった。いつの間にか、見かけなくなっちまったけどな。

 この世界にいると、いなくなっちまったやつばかりの話になる。


 で、村人全員が、大寒波があったわけでもないのに全員凍死した。しかも真昼にだ。

 その朝、別のトカゲがその村を通った時にはみんなピンピンしてたっていうんだから。ウワサのトカゲが通った昼にはもう、みんな凍死してた。人間が凍死するような寒波が吹き抜けて、周辺地域にいたはずの俺たちトカゲが生き残れるわけがない。

 人間だけが熱を奪われたんだ。

 俺は最初、そのウワサを聞いた時、ただおっかねぇだけだと思った。また厄介事が増えたな、あのへんには近寄らんとこう、それぐらいの気持ちだった。でも、その集会の中で一人、女のトカゲなんだが、そいつがぼそっと言ったんだ。

「吸った熱はどこにいったんだ」、って。


 俺は高校の時に理系は諦めちまったから、剣と魔法のファンタジーしか知らない。でもそのトカゲ、理系だったのか、頭が回るのか知らねぇが、そいつは言うんだ。奪った熱は必ずどこかに捨てるはずだって。熱を奪うっていうのはそういうことだって。

 俺にはさっぱりわからねぇ。

 だからその話を聞いた時も、雨水を濾して薬草を混ぜたお茶を啜りながら、黙って聞いてた。俺みたいなやつは、頭のいいやつが話し終わるまで黙っておくほうが得なんだ。

 ギグロマ、あんたなら俺の気持ちがわかるだろ? 俺たちがチャチャを入れたって、焼け石に水、ロクなことにならねぇ。世界は、上手に回せるやつが動かしていくんだ。俺たちじゃなくな。

 そして次第に誰かが、それじゃあその熱を奪って住民を皆殺しにしたやつは、ヒートスポットを作れるってことか、って言い出した。ヒートスポット、俺たちトカゲにとっては一発で目が覚める単語だ。

 ヒートスポットを自由に作れるなら、こんなアテのない放浪をしなくても済む。このわけのわからない物語にも、ハッピーエンドが作れるわけだ。

 夢があるだろ。

 で、その集会はそれで終わった。お互いにヒートスポットの噂話だけ交換してな。いくら夢があるったって、その熱を奪っていった怪物が何かもわからない。ただ大勢の凍死者がいたってだけだ。話の詰めようがない。だからみんなそれぞれバラバラに散っていった。

 俺は群れない。昔から、群れるのは苦手だ。

 だけど、こんな俺だから、もしこんな苦労して熱源探しをしなくていいなら、それに越したことはない。

 こんな世界に生まれ変わったって、別に自分から死にたくはない。

 生まれたからには、生きていたいと思う。

 自然なことだろ?


 だから、俺は何日か考えた。

 どうしたら、その怪物、あるいは自然現象かもしれないが、そいつの手がかりが掴めるか。

 あのトカゲの女は――俺が知る限り、どういうわけか、メスのトカゲはあいつだけだ――熱を奪ったなら、必ず捨てると言ってた。とはいえ、どこかにヒートスポットが突如として出現したなんて話は聞かない。まあ、太陽と分厚い雲の流れでヒートスポットは動き続けはするんだが、新しいヒートスポットの話に飛びつくだけで、その怪物を追いかけられるとは思えなかった。

 それよりはむしろ、また凍死者の村や、どこかに新しいコールドスポットができた、って話のほうが、やつに近づけるような気がした。


 そんな時、俺は死にかけの人間を見つけた。

 人間っていうのは、死ぬ時は穏やかなもんなんだな。

 とろんとした目で、俺を見上げていた。ちゃんとした防寒具を着ていたし、装備もどこで整えたのかしっかりしていた。壊れていたが、スマホみたいなものまで持ってた。この世界にも、工業の痕跡はあるんだが、知識があるやつはそれを見つけて復旧できるみたいだな。たぶん、転移者だったんだろう。

 そいつは凍傷でほとんどの指がなくなっていた。半分凍りながら、這いずって逃げてきたらしい。

 大丈夫か、と俺は声をかけた。

 その男は、ニヤッと笑って、「やられた」と言った。

 どこか面白そうだったな。もう死ぬっていうのに。

 誰にやられたんだ、と俺が聞いたら、そいつは、いや、俺は本当にびっくりしたんだが、死にかけで指も全部ないそいつは、掌だけで俺を引き寄せて、「よく聞けよ」と囁いてきた。

 偉そうなやつだったぜ。

 俺が多少のバカなのも織り込んで、わかりやすく、箇条書きみたいに説明してくれたよ。

 そいつは怪物にいきなり攻撃されたらしい。細かい自分自身の事情なんか一切言わなかった。だから俺はそいつの名前すら知らねぇ。

 追いかけるなら覚えとけ、とその男は言った。



 その怪物は、鎧を着ていた。

 その怪物は、首がなかった。

 その怪物は、怪我をして、足を引きずっていた。

 その怪物は、すすり泣いていた。

 そして、その怪物が手で触れたものは一瞬で凍結させられた。



 なんでその男だけ生き残ったのかはわからん。

 聞こうにも、言うだけ言って、そいつの首はダランと落ちた。痛みももうなかったのかもな。

 凍死者が眠るように死ぬってのは本当らしい。

 男が這いずってきた方向は、俺しか知らない。だがそれからしばらくして、その方向で急にコールドスポット化して、うかつにトカゲは近寄れない区域ができたってウワサを聞いた。

 俺は思った。

 別に俺は真実なんか興味が無い。その男の弔い合戦をするつもりもない。

 その怪物の正体がなんなのか。人間やトカゲに転生するみたいに、首なし騎士になったやつもいるのか? そもそも、あの凍死者の村とその首なしに関係があるのか? わからない。

 俺はただ、こんな放浪暮らしを終わらせたい。

 毎日毎日、明日がどうなるかわからない。

 そんな生き方に張り合いを感じるやつもいるんだろうが、俺はゴメンだ。しんどいだけさ。

 どうせ、いつか熱源を見つけられずに冬眠する羽目になる。その前に、希望があるなら乗ってやる。

 止めてくれる仲間もいないしな。

 これが俺の、無茶な旅の理由だよ。

 あんたらは、どうする。

 ついてきたって、いいことなんか、何もないかもしれないぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る