第7話
それから俺たちはしばらくクマ狩りをして過ごした。悪くない日々だったと思う。
剣に関してはレザントが経験者だったらしく(人間だった頃、いろいろ手を出しては飽きるを繰り返していたのだとか)、見よう見まねでどうにかなった。
クマの毛皮を加工して防寒具も作り、そのおかげでヒートスポットを探すまでの継続行動時間も延びた。科学の勝利だ。
すり潰した野草とたまに岩棚で拾える卵に混ぜて食べると体温が上昇する果実も見つけて、俺はその携帯食の練り込みに夢中になっていた。
人間関係というのは不思議なもので、その間にもレザントは俺への不満を募らせていたらしい。
あるとき、クマ狩りを終えて刀鍛冶に持って行ってやるために肉を解体していると、とうとう耐えかねたというふうに口を開いた。俺は黙って聞いていたが、要約するとこういうことらしい。
俺はレザントを模倣して剣を使っている。
当たり前だ、俺は剣の経験なんかない。生き物を殺して解体した経験もない。
経験者のやり方を真似するのが効率的なやり方だ。だが、レザントにとってそれは『逃げ』らしい。
そう言われて、何言ってんだコイツ、と思うやつもいるだろうし、いやいや自分はそんなつもりではなくこれこれこうで、と話し合おうとするやつもいるだろう。だが、俺はレザントに真っ向から見つめられてはっきりそう言われた時、こう思った。
ああ、バレた、と。
自分でも、そんなふうに思っていたわけじゃないのに、言われて俺はレンズの曇りを拭ったようにはっきりとそれを自覚した。
そう、俺は逃げていた。考えるのが面倒だったから。
誰かにタダ乗りしていればラクだったから。
レザントは、それを敏感に感じ取れるトカゲらしい。
「おまえは本当は『自分ならこうする』というやり方があるのに、そうしない。チラチラ俺を窺って、俺に気に入られそうなやり方を取る」
人に好かれてどうする、とレザントは言う。
「剣に技術なんか必要ない。いや、どんなものにも技術なんか必要ない。訓練なんかで身につくものはタカが知れてる。そんなものを身につけて、時間をかけて、上手くなった気になる。
そうしてやがて、考えなくなるんだ。
自分の知っている技術では、ここはこう対応する。こっちは対応できないことが多いから、避けてしまおう。そうしてやがて、ここだけは逃げられないという一瞬からも、逃げるようになる」
「ずいぶんな暴論だな。いや、俺が逃げてたのは認める。だが、それも努力の形の一つなんじゃないか。まるっきり無駄ってことはないだろ?」
「無駄だね」
「おいおい」
「何もかも無駄だ。努力? 人の猿真似して脳みそを使うのをやめちまったことがか。まあ、確かに俺の真似をしていれば、おまえは上手に剣を使えるようになるだろう。基本もしっかりするだろう。
それになんの意味がある?
努力なんていうのは、現実を書き換える卑しい行為だ。弱い自分を受け入れずに、ただ強くなろうとすることこそ毒だ。
弱者なら弱者のまま死ねばいい。マイナスを強引にプラスに書き換えるくらいなら」
「つまり俺は、剣を上手くならなくていいって? 一応、気に入ってるんだけどな、これ」
「上手い上手くない、効率の善し悪し、そんなことよりも、まず、好きに使え。
柄を握った時にどう思うか、振った時に動く重心に何を感じるか。
肉を斬った時の滑る感触、切断できない岩盤に刀身を当てちまった時の腕の痺れ。
技術なんてものは、自分自身の経験からしか生まれない。
剣を気に入ったなら、自分が気に入り続けられるようにしろ。
もし努力というものがあるなら、それがすべてだ」
俺が握った果実と卵と野草を混ぜた携行食を、渡されたら渡されたで素直に受け取り囓りながらレザントは、最後にぽつりと言った。
「この世界には見たくもないものがたくさんある。その一つに、おまえはなるな」
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