第6話
能ある鷹は爪を隠すという。
逆に言えば、爪が見えている鷹は、それを狙われる。
なにより優れているものは、劣っているものと違って簡単には手放せない。
それが原因で死ぬとわかっていても、捨てられるやつは多くない。
この荒野で俺たちがようやく見つけた動物も、例外なくそうだった。
まず、俺たちトカゲが低体温に陥っていく環境下で、そいつは平気で走り回っていた。肉食らしく、その四足獣は恒温の小動物を鋭利な爪で軽く薙いだだけでバラバラにして吹っ飛ばした。あまり頭はよくないらしい。血塗れの気の毒なウサギをガツガツと貪っていた。吐く息は熱く、獣くさそうだったが、灼熱というには熱気が足りなかった。
クマのように見えた。だが、耳はブタのように捻れていた。
低温下で行動できる理由はいくつか考えられる。
まず、本体の体温が異常に高く代謝が激しいか。もとの体温が高くエネルギー効率も優れているなら、低温下でも行動時間が長くなる。
あるいは、皮膚ないし毛皮の断熱性能が高く、筋肉や内臓の熱を外気に奪われにくいからか。
俺たちは思った。ゴチャゴチャ考えたって分からない。
殺してみればわかる。
おおよそ自分が思いつくことは誰かがすでに考えている。
あの極低温下でも動き回るクマの毛皮を狙っているやつは他にもいて、その中にはトカゲ向けの武器を作る鍛冶屋もいた。人間だったが、自分だけのアトリエを持っていて、石器文明とは距離を置いているらしい。
タカマツという名前の優男だったが、気前よく俺たちに武器を作ってくれた。
「指が九本もあると、まず普通に武器の柄を握らせると滑る。おまえらの手は何か湾曲したものを持つようにできているらしくて、それに合わない形状の武器を持つことは推奨しない」
タカマツはどういう出自かわからないが、高温炉を持っていた。燃料は何かと聞くと「液体」とだけ答えた。
「じゃあ、どういう武器なら俺たちの手に馴染むんだ」
「まず、掴むんじゃなく引っかけるのがいい。特におまえらは爪が長いし、すぐ伸びる。まともに握れば猫みたいに手の平を爪で傷つける。だからと頻繁に爪を手入れしたところで、肝心な時にわずかにでも感覚がずれたら攻撃の重心は空っぽの皿みたいにひっくり返る。それも推奨しない」
「引っかけるって、どういうの?」
「こういうの」
タカマツが差し出してきたのは、レプリカの剣だった。見本用のサンプルだ。刃も潰してある。
使い手の俺たち自身が巨躯であるから当然だが、それは人間の背丈ほどもある長剣だった。日本刀みたいに薄くはなく、どちらかというと分厚い。斬るよりも潰すのが本懐に思えるが、タカマツいわく、『なめるな』らしい。
その剣身よりも特徴的なのは、握りだった。
形状不良で廃棄されそうなパイナップル、あるいは顎の突き出たナスビ顔の男。そんな輪郭の柄が、無数の小さなリングで形取られている。その頂点部から剣身が他太陽を目指す果実のようにすらりと伸びていた。レザントを横目に見ると、顎をしゃくられた。俺が触ってもいいらしい。
手に取ってみる。
やはり、その握りのリングは、トカゲの指を引っかけるためのものだった。空っぽの蜂の巣を潰すように両手で掴んでみる。どの環に指を引っかけても不思議と指が収まった。爪も一つの環に通すと反対側の環から抜けて、それに引っかけておけばラクだった。両手左右、片手ずつポイポイと取り回してみたが、片手でも使える。
「なんでこれが使いやすく感じるのか、わかんねぇな。うっかり爪が折れそうに見えるのに」
「おまえらの爪よりもわずかに柔らかくしてある。ほんの少しだけ金属に不純物を混ぜて」
「折れたらどうすればいい」
「俺がまた作る。いくらでも壊せ」
タカマツはアトリエを案内してくれたが、どういう支援があるのか、あるいは自分で集めたのか、鍛冶に使う鉱石は充分な量の蓄えがあるらしかった。
「本当に報酬はいらないのか?」
「いらない」
「クマの毛皮は?」
「俺が欲しいのは、おまえらが俺の武器をどう使うかだ。使い心地だけ、あとで聞かせてくれればそれでいい」
「じゃあ、また俺が何か欲しくなったら、あんたに頼んでいいか」
タカマツはそこに初めて俺がいることに気づいたような顔をしてから、悪霊のように笑った。
「いつでも来い。受けて立つ」
クラフトマンはいつの時代も、どんな世界でも、変わったやつがやる。
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