第12話 義妹ができた
意味が分からなかった。
助けた少女が俺をお兄ちゃんと呼ぶ。
「そっかぁ! 岩谷のお兄ちゃんだったんだね」
この少女、絶対別人と勘違いしている。
多分、別の岩谷さんだろうなぁ。それか小岩井さんとか。
いやでも、微かに記憶にないこともないような……うーん、分からん。
「すまん。俺じゃないと思う」
「ううん、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」
どうやらこの子の中では、俺で確定らしい。
純粋な笑みで抱きつかれては……困った。
「ちょ、ちょっと海里くん、どういうことー!?」
「俺が知りたいよ」
超絶不幸人生でぼっちな俺に、超絶可愛い妹が出来るとは……。悪くはない。けど、いいのだろうか。
「まさか、助けてくれた人がお兄ちゃんだなんて思わなかったなぁ~」
俺の腕にすっかり抱きついてきている。
こう懐かれては……うん、割とアリかもしれないな。
「ま、まあ……ケガの具合とか詳しく調べるだろうし、しばらく俺の病室にいるといいんじゃないかな」
「わ~い、やった! お兄ちゃんと一緒とか最高!」
しかし、柑菜の視線が恐ろしい。
殺されかねんぞ、俺。
医院長も『これはどういうことだい!?』みたいな顔でこっちを見ている。まずいまずい……。
「い、井中さん。ちょっと悪いけど」
「あ~ん、お兄ちゃん」
俺は井中さんから離れ、柑菜の方へ。
「すまん」
「妹さんがいるとか知らなかった」
「いや、実の妹ではない。本当だ」
「え? そうなの?」
「ほら、苗字が違うし……他人だよ。向こうが勝手に兄と呼んでいるだけさ」
「確かに」
納得する柑菜。
これで安心かなと思っていると――。
今度は医院長が俺の肩を叩いて、耳打ちしてきた。
「娘を泣かせたら……入院料や治療代を全額請求する」
「んなッ!?」
「ちなみに、一ヶ月以上も入院しているからねぇ……。健康保険を使ったとしても、そうだね……百万円は掛かるんじゃないかなぁ」
ひゃ、ひゃくまんえん!?
保険を使ってもそんなに掛かるのかよ。
ていうか、これ脅しじゃないか!?
で、でも……事実、柑菜を悲しませるわけにもいかない。
彼女のおかげで俺はここまで回復したし、
この自称妹を何とかしないとなぁ。
「わ、分かりました。努力します」
「よろしい。私はもう仕事へ戻るので、娘と井中さんのことはよろしく」
医院長は病室から去っていく。
俺と柑菜、そして井中さんだけが残った。
「さあ、お兄ちゃん。まずは連絡先を交換しよ」
「お、おう」
ベッドに座り、俺は井中さんとメッセージアプリの登録をしあった。まさか、また女子が増えるとは。
この入院中、柑菜を真っ先に登録したが――また増える人生があるとは。
冷や汗をかきながらいると、柑菜も隣に座ってきた。
俺……挟まれてる。
「ねえ、海里くん。井中さんは事故に遭ったばかりでケガもしているでしょ。離れた方がいいよ」
大胆に胸を押し付けてくる柑菜。大きくて柔らか……って、これはヤバイほど興奮しちゃうって。
「大丈夫ですよ、清水さん。私、平気ですもん」
「ダメ。見えないところに大きなケガがあるかもしれないから、安静にして」
「え~でも」
「ほら、向こうの空いてるベッドを使って」
「え、でも隣が」
「そこは、わたしのベッド」
「……ど、どういうことです? 看護師がベッドを使っているんですか?」
「そうなの。私は海里くんの専属だから」
「……む、むぅ。怪しい関係!」
ようやく俺から離れる井中さん。
なんか急に距離を取ったな。
俺というか、柑菜を警戒しているようだが。
けど、大人しく向かいのベッドへ向かっていった。
「どうした、素直だな」
「お兄ちゃんに迷惑掛けたくないし、それに……」
それになんだろう。
やっぱり、柑菜を見つめているようだが。
女同士、いろいろあるのかね。
「さあ、海里くん。今日も看病してあげるからね」
「ああ、助かるよ、柑菜」
さっきの事故の件もあり、俺も体を看てもらうことになった。
シャツを脱がしてもらい、体のあちこちを探る柑菜。そんな状況に、井中さんが顔を赤くして声をあげた。
「ちょ……お兄ちゃんと清水さん、な、なんてことを……」
「いや、井中さん。普通に見てもらっているだけだ。勘違いするなって」
「で、でも……手つきとかいやらしいよ」
「そんなことないって」
いったい彼女にはどう見えているんだ……!
「ところでお兄ちゃんは、どれくらい入院してるの?」
「もう一ヶ月以上だな」
「え!? そんなに!? ということは重症だったんだ」
「ま、まあね。トラックに轢かれ、手足の複雑骨折」
「うわ、やば……」
それを聞いて青ざめる井中さん。
さすがにドン引きというか、驚いていた。
けれど、なんだろう。
こうして自然に話せるっていいな。
仲間が増えたみたいで、病室内も明るくなったような気がした。そうだな、少しくらいこういう雰囲気があってもいいかもしれないな。
「はい、オッケー」
「ありがとう、柑菜」
「擦り傷くらいだから問題ないね」
柑菜は俺の体に触れながらも、そう言ってくれた。優しい手つきだ。
「と、ところでお兄ちゃん」
「なんだい、井中さん」
「その呼び方変えて。私も名前で呼んで」
「あ……ああ。
「そ、理早って呼んで」
柑菜と呼ぶのでも、だいぶ苦労したのだが……もうここは勢いでいくしかないか。
「理早」
「うん、お兄ちゃん!」
お兄ちゃんか……。
理早は、どことなく実妹に似ていた。
そうだな。義理の妹ならいいかもしれないな。
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