第10話 幸か不幸か

 傷はかなり癒えてきたものの、柑菜は変わらず看病してくれた。


「――はい、バンザイして」

「お、おう……。相変わらず慣れないな」


 シャツを剥ぎ取られ、上半身裸になる俺。

 何度も見られているけど……やっぱり女子に見られるのは恥ずかしい。


「今更じゃん。てか、やっぱり海里くんって筋肉すごいよね。鍛えているんだ?」

「暇だからね。リハビリも兼ねてやってる」


 そう最近、俺は手足のリハビリのついでに腹筋や背筋、腕立てなどしていた。主な理由は運動不足だから――だ。

 けど、柑菜に相応しい男にもなれたらいいなぁ……なんて密かな思いもあったりする。


「よーく見ると腹筋すごー」


 指先で触れてこようとする柑菜。

 俺は思わず、身をよじった。



「ちょ、くすぐったいだろっ!」

「触らせてよ~」

「だ、だめだっ!」



 いろんな意味でマズイ。



「ちぇ~、ケチ~」

「そ、それより着替えを……」

「そうだね。ごめんごめん」



 柑菜を丁寧に着替えさせてくれる。

 正直、もう手足はほとんど動かせる。だから自分でやれないこともない。でも、これが習慣化していた。

 それに、俺は幸せだった。

 こうしてもらえるだけで、不幸なんて吹っ飛ぶ。


 着替えを終え、柑菜は俺の手を握る。



「どうした、柑菜」

「お散歩行こっか。多分、はじめてかな」

「ああ、いいよ。そろそろ外へ出てみたい気分だった」



 入院してから、俺は外へ出ていなかった。

 最近ようやく廊下を歩く程度で、外までは出ていない。不幸が襲ってくるのではないかと疑心暗鬼になっている。


 でも、きっと柑菜が一緒なら……。



「じゃ、行こ」

「おう。でも、目は大丈夫なのか?」


「平気。前にも言ったけど、エコーロケーションが最近かなり鍛えられているから見えてるよ。最近は海里くんの心も読める」


「そりゃ凄い! まるで第六感みたいだ」


「この方が逆にいろいろ見えてくることもあるね」



 さっそく柑菜の肩を借りて俺は歩きだす。

 廊下へ出て、ゆっくりとゆっくりと進んでいく。

 足に痛みはない。

 もう普通に歩けるレベルだが、やはり、それなりのダメージと長い入院生活で衰えがあるようだ。運動不足だな。


 リハビリもしているとはいえ、ここまで長距離で歩くのは初めてだ。


 転倒しないよう、慎重に歩く。


 柑菜は、目に包帯を巻いている状態なのにガンガン前へ進んでいく。人が前から来ても回避。その芸当に俺は驚くばかりだ。


 エコーロケーションのスキルが上達しているのは本当らしい。



「どんな世界が見えているんだ?」

「口で説明するのは難しいかな。でも、強いて言えば……昔の白黒テレビみたいな」

「ほー、興味深いな」

「たまにフルカラーになるみたいな」


「難しいな、それ」

「うん。だから説明が難しい」



 どういう理屈なのやら。

 そんなことを思いながらも歩いて外へ。

 一ヶ月以上ぶりに病院を出た。


 太陽がぽかぽかして暖かい。

 空気が美味しい。



 今日は最高の天気だ――――え?



 病院の駐車場に車が突っ込んできていた。物凄いスピードで。



 ちょ……まて。



 なんでこっちに突っ込んでくる!?



 ま、まさか……“不幸”が発動した!?



 くそ、一歩出た瞬間にこれかよ!!



 ふざけるな!!



 せめて、柑菜だけでも守――む?



 車はなぜか別の方角へ走っていく。スピンして丁度歩いていた少女に激突しようとしていた。



「なッ! 女の子が危ない!!」

「え、海里くん……どうしたの?」


「柑菜はここにいてくれ!!」


「あ……車が」



 柑菜もようやく気付いたようだ。

 けど、その前に俺は飛び出していた。



 あの女の子を守らなきゃ!!



「間に合ええええええええええええ!!!」



 手足の痛みなんてもうない。

 せっかく治ったけど、ここでまた重症を負うかもしれない。



 それでも、俺は……防げる事故を見過ごすことはできない。




『ドオオオオオオオオオ…………!!!!』




 物凄い音が響いた。


 車は病院に突っ込み、大破。



 俺は……。



 俺は無事だった。


 女の子をなんとか庇うことに成功した。



 でもなんで助かった?



 ……あぁ。



 車がスピンをし続けてギリギリで病院に激突したんだ。それはタイヤ痕を見れば明らかだった。


 運が……良かった?



「こ……怖かった」



 俺の中でぶるぶと震える女の子。てか、とんでもない美少女だった。まるでアイドルみたいな。



「だ、大丈夫か……」

「……ありがとうございます。あなたは命の恩人です……」


「無事でよかった」



 その後、病院から多数の人が出てきて騒然となった。事故は直ぐに処理され、俺も柑菜も病院へ戻ることに。


 あと女の子も手当を受けることに。


 ちょうど病院で良かったな。

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