第8話 入院を延長したい

 忘れていた記憶が蘇った。

 そうか、そうだった。

 俺と柑菜は中学時代に接点があったんだ。


 あの時は彼女の為と思い、不幸に巻き込まないよう避けた。だから忘れた。


「……すまない」

「なんで謝るの」

「俺は……柑菜を避けてしまったから、不快な思いをさせてしまった」

「ううん、それは違うよ」

「え……」

「海里くん、わたしに不幸を振りまいてしまうと思って避けていたんだよね」


 そうだった。

 今は申し訳ないと思う。

 しかも、ここまで看病してもらっているから尚更に。


「俺が悪かった」

「謝らないで。あの時、助けてもらって本当に嬉しかったから」


 俺の頬にそっと触れる柑菜。

 指先で丁寧に撫でてくる。

 優しい感触に俺は心が安堵した。


「ありがとう……柑菜」

「こちらこそ、あの時は助けてくれてありがと」


 頬にキスされ、俺は固まった。

 頭が真っ白になったというか、理解が追い付かなかった。


 まさか、そんな形でお礼をしてくれるだなんて、思いもしなかった。


 なんて幸せ。

 不幸を感じない日がくるとは。


 柑菜が一緒なら俺は不幸を克服できる気がする。


 けれど、入院生活もあとわずかだろう。

 自身のダメージは思ったよりも深刻ではなく、普通にしていれば退院できそうなレベル。あと一ヶ月もしないうちに、この生活は終わる。


 ……そんなのは嫌だな。


「俺……手足を折ろうかな」

「ちょ! 海里くんってば、いきなり何を言い出すの!?」

「だって治ったらもう、柑菜といられないじゃないか」

「だからって自傷行為はダメ。せっかく治りかけているんだから、自分を大切にして」


 優しい瞳で説得されては、俺は従うしかなかった。……でもどうすればいい。

 まだ俺は柑菜と一緒にいたい。


「学校行きたくないな」

「確かに、同じクラスではないもんね」


 なにか良い方法はないものかと思考を巡らせる俺。

 う~ん……やっぱり自分の手足を粉砕するしか。


「ちょっと飛び降りてくる」

「ダメ~~~!!」


 抱きついて止められた。

 柑菜の……い、良い匂いがする。

 しかも、かなり大胆に抱きつかれたため、胸の感触がっ。


 いやそれより、飛び降りるのはダメだった。

 柑菜に止められるし、ここは五階。手足の粉砕では済まない大怪我どころか――死ぬ。

 いかんいかん、冷静になれ俺よ。


 柑菜を悲しませてどうする。



「なにか良い方法はないものか」

「うーん。そうだね……あ、そうだ!」

「なにか思いついた?」

「パパに頼んで入院期間を伸ばしてもらおうよ。医者が言えば、学校も認めるしかないと思うし」


「それは名案だ! 柑菜が医院長の娘で良かった!」

「じゃあ、さっそく交渉してくるね!」



 希望が見えてきた。

 柑菜のパパである医院長に頼めば、なんとかしてくれるはずだ。


 これできっと上手くいく。


 そう確信していると病室の扉が開いた。


 廊下から見覚えのある顔が現れた。



「聞いちゃった」



 スマホを手に持ち、こちらに歩いてくる……島田さん! ボイスレコーダーの画面を見せてくる。



「な、なぜ……」

「お久しぶりね、岩谷くん。元気にやっているかと思えば、そう。清水さんと仲良くやっていたんだ。へえ……」


「べ、別にいいだろ。誰と仲良くしていようと」



 そうだ。島田さんは同じクラスの茂木くんと……更に別の男とも仲良くしていた。

 俺はただの友達……それ以下だ。

 それに付き合うこともなかった。彼女は関係ない。



「まあね。でもさ、虚偽で入院を延長するのはどうかと思う」

「ぐっ……」

「学校に言いつけちゃうよ?」

「脅しか……!」


 俺は島田さんを睨むが、彼女は清水さんの方に視線を合わせた。


「ねえ、清水さん。このことをバラされたくなければ、岩谷くんを退院させなさい」

「お断りよ。大体、あなたは海里くんを何度裏切っているのよ」


「……? なんのこと?」


「とぼけないでよ。島田さん、あなたが複数の男子と関係を持っているの知っているんだから!」


「な……なんですって……」



 柑菜も島田さんのことを知っていたんだ。

 それもあって俺を守ってくれたのか。

 俺は守られてばかりじゃないか。


 ここは俺がハッキリ言うしかない。



「島田さん、帰ってくれ」

「……岩谷くん。違うの! アレは……違うの!」

「なにがだよ。散々俺に見せつけておいてさ」

「本当なの! 信じて!」


 涙目になって訴えかけてくる島田さん。信じられるはずがない。


 俺が信じられるのは柑菜だけだ。


 だから――。

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