第7話 隣の席の女子

【岩谷・視点 中学時代】



「――お兄ちゃん、先に行くね!」



 季節は春。

 学校がはじまって妹と共に中学校へ向かおうと玄関を出た矢先だった。


 自動車が猛スピードで駆け抜けてきた。


 妹はその車に轢かれ……帰らぬ人に。


 それが妹の最期の言葉だった。



 大切な妹がいなくなってしまった。

 俺の“不幸”の呪いのせいなのか……?


 昔からそうだ。


 他人すらも不幸にしてしまう。

 だから友達は作らなかったし、極力人を避けていた。


 けど、まさか家族にまで危害が及ぶなんて……俺は死神なのか。だとすれば死んだ方がいいのかもしれない。


 しばらく鬱になり、俺は抜け殻のように生活していた。


 授業なんて受けているフリ。

 知識はすべて右から左へ抜けていった。



 数週間が経過。

 妹のことが未だに頭から離れない。

 何度も身を投げようとも考えたが勇気がなかった。


 俺はこの世界が嫌いだ。

 大嫌いだ。

 そして俺自身のことも嫌いだ。


 でも、それでも世界は変わらなくて……俺はどうしようもなかった。ただ、無気力に生きるしかない。



 ある日。



「岩谷くん、成績が悪化しているね。このままでは高校へ行けないよ」

「……はい」



 担任の吉川が目の前でそう言った。

 気づけば、あれからもう半年が経過していた。

 そうか、そんなに時間が経っていたか。

 知らなかったよ。



「妹さんのことは大変だと思うが……しっかりしなさい」

「……はい」


「まったく、君は! それしか返事ができないのか! ……いい加減にして欲しいものだよ。岩谷くん、君がクラスにいるだけで空気が悪い。みんなそう思っているよ」


 先生としてどうかと思う発言を残し、去っていく。


 そっか、そうだよな。


 分かっていたよ。



 だから俺は屋上へ向かった。



 吉川の発言で俺はついに決心がついた。



 学校の屋上から飛び降りてやる。


 これが唯一できる俺の……人生最後の花火だ。



 屋上へ向かい、扉を開ける。

 こんな放課後の時間帯だ。誰もいないだろう。

 俺は誰にも邪魔されず、誰にも止められることなく、一人寂しく逝くのだ。


 おっと、まてよ。


 教室に妹の形見を忘れていた。


 どうせ飛ぶなら、アレを抱えたまま飛びたい。



 いったん屋上を後にして、俺は教室へ向かった。



 扉を開けようとすると中でゴソゴソと音がした。なんだ……誰かいるのか?

 ドア窓から教室内を覗く。


 すると、そこには吉川先生と……あれは同じクラスの女子だ。名前は確か……清水さん。隣の席・・・だから唯一覚えていた。


 様子を伺っていると、吉川は清水さんのスカートの中に手を入れようとしていた。


 清水さんは明らかに嫌がっていた。



 おい……先生が生徒に手を出すとか、なんだよこれ……!



 恋人関係ではないはずだ。

 念のためと俺は耳を澄ませて情報収集に徹した。


 声が聞こえてきた。



『これ以上は言わせるな、清水。いいから黙ってヤらせろや』

『…………はい』


 強い口調で吉川は、清水さんを脅していた。

 やっぱり……!



『じゃあ、まずは土下座しろ』

『え…………』

『全裸土下座だよ。やったら許してやる』



 女の子に……全裸土下座させるとか鬼畜の所業だ。これはもう犯罪じゃないか……!


 その瞬間、俺の中でしばらく感じなかった“怒り”と“悲しみ”そして“憎しみ”が芽生えた。


 ……俺は……俺にもまだ人間らしい感情があったんだな。


 そして、許せないという思いが強くなった。


 清水さんはどこか妹に似ていたし、他人事とは思えなかった。



 だから。



 助けなきゃって。

 今度こそは……!



 廊下を全力で突っ走って、俺は職員室へ向かった。


 全力疾走して、俺は職員室の扉を無理矢理こじ開けた。勢いが凄かったものだから、ガシャっと音が響いた。そのせいか職員室内にいる先生たちが俺の方へ注目する。


 構わず俺は叫ぶ。



「吉川先生が女生徒を襲っています!!! 助けてくださいッ!!」



 何度も何度も叫びまくる俺。

 こんなに大声を出すのは久しぶりだけど、なんとか上手く出せた。



「なんだって……」「それは本当か!」「今すぐ教室へ向かうぞ!」「吉川先生は前からヘンだと思っていた」「怪しい噂も流れていたよな」「行くぞ!」



 俺の言葉を信じてくれる先生たち。


 こんな俺でも人を動かせる力があったんだな。知らなかったよ。



 それから、五人の先生が教室へ向かった。

 俺も一緒に同行。



 それから間もなく吉川は取り押さえられた。

 やはり清水さんは脅されていた。

 しかも、かなり前から定期的に。


 以前から体を触れられたり、卑猥な言葉を掛けられたりしたようだ。


 今日ははじめて性的な行為を強要されたようで、偶然にも俺が止めることに成功した。


 でも、俺は教室を去った。



 清水さんをこれ以上、不幸にしない為に。

 だから忘れることにした。


 彼女を俺の不幸に巻き込みたくない。



 でも、こんな俺でも人を救うことができた。

 妹の形見である髪飾りに触れて、俺は少し思いとどまった。


 もう少しだけがんばってみよう。

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