第5話 救いのヒーロー

 さらに一週間が経過した。

 俺の手足は不思議なくらい動かせるようになり、ほとんど回復していた。

 複雑骨折がウソなんじゃないかと思うくらい、痛みもなくて正常に近い。


 試しに歩いてみると、普通に歩行できた。


 まてまて、まずはリハビリとかするものだよな。

 久しぶりに地に足をつけたといはいえ……こうもアッサリ歩けるとは。


「……」

「どうしたの、難しい顔して」


 ちょうど病室に入ってくる清水さん。

 最近は看護師のコスプレ(?)いや、恐らくは本業をしている。


 俺は思った。

 清水さんは俺専属なのかもしれないと。


 あの気難しそうなメガネ医院長が清水さんの行動を自由にさせすぎだ。


「俺、入院してどれくらい経ったかな」

「そうだね。岩谷くんがここにきてちょうど一ヶ月半かな」

「そっか。思えばそれくらいは経っていたんだ」

「うん。大変だったね」


 そうでもなかった。

 なぜか清水さんが積極的に俺を世話してくれたからな。なにも不便はなかった。

 一緒に時間を過ごしてくれたり、体を丁寧に拭いてくれたり、トイレまで……何から何まで。


 ……ああ、そういえば一度だけ抜いてくれたこともあった。


 一週間前の夜。

 突然、清水さんが手でシてくれた。


 あれは夢なんじゃないかと思ったけど、今でも印象強く俺の脳内に記録されている。


 間違いなく現実リアルだった。


 それからだ。

 俺は更に清水さんことが好きになっていた。


 ここまでしてくれる女子は他はいない。


「でもさ、複雑骨折って完治まで半年とか一年、長いと二年掛かるらしいじゃん」

「度合にもよるのかもね。ほら、岩谷くんって悪運はあるし」


 そうだな。今回の事故だって死んでもおかしくはなかった。

 だから清水さんの言うとおり、悪運だけはあるのかもしれない。


「清水さんのおかげで自由に歩けるし、これで散歩もできる」

「まだ無理しちゃダメ」


 俺をベッドに寝かせ、ヒョウのようにベッドに飛び込んでくる清水さん。無理に歩こうとする俺を静止する。

 そんなグイグイと体を近づけられると……すごくドキドキする。


 汚れひとつない清潔感のある純白の白衣。

 清水さんのスリムなボディライン。はち切れそうな胸が目の前に。

 これで興奮するなとか無理だ。


「…………お、おう。悪い。ていうか、近い」

「ねえ、海里くん」

「い、いきなり名前呼び」

「いいじゃん、別に」

「そうだけど……うん、分かった。じゃあ、俺も柑菜さんって呼ぶ」

「ありがと。でも呼び捨てでいいよ。タメだし」


「そ、そか。……柑菜」

「うん」


 このまま柑菜と抱き合いたい。

 でも、まだ手足が完治したわけではない。

 無理はできないし、悪化したら元も子もない。


 けれど、柑菜はゆっくりと顔を近づけてきた。

 まさかそのままキスを……?


 唇が迫ってきていた。

 ……そうか、これが柑菜の気持ち。


 期待を膨らませていると――偶然にも医院長がやってきた。



「お~い、柑菜――って、なんだこりゃあ!?」



 普段は堅物そうな医院長が素っ頓狂な声を上げて驚いていた。そりゃ……そうですよね。柑菜が俺に襲い掛かっているような構図だし。

 傍から見たらとんでもない光景だ。


「……パパ。ノックしてよね」

「…………す、すまないね」



 そうかそうか、医院長がパパね。――って、パパぁ!?



「ちょ、ちょ、ちょっと待て!! パパってどういうことだよ、柑菜」

「ああ~! ごめんね、海里くん。黙っていたけど、ここはパパの病院。あたしはお手伝いで看護師やってるの」


「な、なんだってぇ……!?」


 一ヶ月経過して、初めて知る真実に驚きを隠せなかった。

 マジかよ。


 ずっと俺の知らないところで家族だったのかよ。

 それで白衣を着ていたんだ。

 なぜか包帯で目隠しはしてるけど。


「言わなくて悪かったね、岩谷くん」

「いえ、いいんです。でも、医院長……じゃあ俺は重症じゃなかったんですね?」

「骨折は本当だよ。娘の要望でね、君を長期入院にして欲しいと」

「え……なんで!?」


 思わず柑菜の顔を覗く。

 照れくさそうにする柑菜は、けれど申し訳なさそうにもしていた。


 おいおい、まさか柑菜が俺をこの病院に留めていてたなんて……。


「そ、それはさ……分かるでしょ」

「いや、分からん」

「だよね」


 なんだか諦めたように肩を落とす柑菜。

 これは詳しく事情を聞く必要がありそうだ。


「教えてくれ、なぜ俺だったんだ」

「中学の頃一緒だったでしょ。その時の“恩”があったからさ……」

「恩? 俺なにかしたっけ……」

「してくれたよ。海里くんは救いのヒーロー・・・・・・・なんだから」


 俺がヒーロー?

 いったい、なにをしたっけ。

 まるで覚えていない。


 トラックに轢かれて記憶が飛んだかな。

 でも柑菜がそう言うのなら事実なのだろう。


 詳細を教えてもらうしかない。


「話してくれないか」

「分かった。じゃあ、パパは強制退出ね!」


 ビシッと言われ、医院長は嫌そうな表情で駄々をこねた。


「なぜぇ! 私も娘の過去を聞きたいぞ。あと、万が一があったら困る。だから、いさせてくれ」

「あるわけないでしょ。さっさと帰って。じゃないと、もうパパって呼ばない」

「……ぐっ。仕方あるまい」


 渋々背を向ける医院長。

 あんな若く見えるのに柑菜のパパとはなぁ。

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